暴露  ―コクハク―





「あ、」
視線が合ったのは一瞬で、しかし思わず足を止めた。
その行動がお互い一緒だったものだから、ますます動けなく見つめ合ってしまったのだ。
春則は戸惑いながらも先に会釈した。知らない仲ではない。ちゃんと紹介はされていないけれど、一度は顔を合わせたことはあるし共通の友人がいることは確かだ。
相手も一度瞬きをして軽く頭を下げた。
改めて、こうしてまじまじと見ると本当に人形のような顔立ちだった。造りが人工的なのだ。そして表情が感じられないものだから、より一層造りもののように見えるのかもしれない。
それでも声をかけてしまったのは、半分以上、好奇心からだ。
この相手に何か、興味を覚えた。
「・・・ケイタ、だったよな?」
まだ冬の最中で、温かそうなコートに包まれた人形のような男、ケイタはこくり、と頷いた。





      *





「そのへん、座ってて」
春則は友達もよく集まるキッチンから続いたリビングを指し、自分はそのキッチンに入った。買ってきたものを置くのとグラスなどを用意するためだ。
思わず部屋に誘ったのはその辺で出来る会話ではない、と判断したからだった。
呑む? とまるで友人に対するように訊いたけれど、了承が取れるとは思っていなかった。キッチンから部屋を見渡したあとにすとん、とソファに座るケイタをちらりと見て、聞きたいことの順番を頭で整理した。
「何呑む? ビール? 酒? 甘いほうがいいか?」
帰り道に買ってきたつまみをお皿に開けながら声をかけた。ケイタは振り向き瞬きをする。表情の変化は、そだけだ。だからより人形のように見える。
「・・・・何でもあるの?」
その質問に春則は苦笑して、
「まぁな、うち、よく飲み会に使うから・・・残ったモンがそのまま、置いていかれる」
酒飲みの友人達は毎回様々なアルコールを持ってきては、いつも人数以上の量を持ち込むため残して帰っていく。
「じゃ、甘いほうがいい」
「リョーカイ。炭酸は?」
「飲める」
春則はお盆に何種類かのリキュールと炭酸、そして自分用に焼酎のビンとグラスに氷を載せてソファの前のテーブルに下ろした。もう一度キッチンに戻って用意したつまみのお皿を持って、やっと自分もケイタの向かいに床にそのまま腰を下ろす。
ケイタもそれを見て、自分もソファから降りて床に座った。春則が手早く作ったカクテルを受け取って、
「有難う」
「うん、じゃ、乾杯」
「・・・なんに?」
訊かれて、春則は言葉を詰まらせた。けれど少し考えてから、
「えーっと・・・俺、仕事上がりだから、それに、かな?」
「そうか、お疲れ様」
言ってグラスを合わせた。
細長いタンブラーのケイタに対し、春則は焼酎用のロックグラスだ。春則はまるで水のようにそれを呑んでつまみに手を伸ばす。そして、先に口を開いた。
「今日、譲二は?」
ケイタは一口呑んでから、
「夕方まで仕事」
「・・・・ホストの?」
「うん、それ以外、してないと思うけど」
「だよな・・・?」
首を捻った春則に、ケイタも首を傾げる。
「なに?」
「あ、うん・・・あのな、嫌じゃねぇ?」
「なにが?」
幾分、躊躇して訊いたのだがケイタはただ首を傾げる。春則は困惑して頭をかきながら、
「うーん・・・譲二の、仕事がかな? だって、ホストだぜ?」
「天職だよな」
「確かに、て、そうじゃなくて、」
春則も頷いて、慌てて首を振った。
ケイタも春則の言いたいことが少し解って、
「別に、嫌じゃないけど」
「・・・・そっか、そういうもんなのか・・・?」
「だって、譲二は俺の願いは叶えてくれる」
それで充分だ、と言わんばかりの答えに春則は目を見開いて、しかし苦笑した。素直さに春則のほうが照れを感じて、誤魔化すのにグラスに手を伸ばした。
「そう・・・なのか? どんな願い?」
「愛してくれる」
「っご、ほっ・・・!」
その答えに春則は口に含んだ焼酎を喉に詰まらせるという器用なことをしてしまった。
「ごほっごっ・・・っ」
「大丈夫?」
どうしてそうなったのか不思議そうなケイタに、春則は自分の顔が赤いのを自覚する。
大丈夫、と断ってから呼吸を整える。顔の赤いのは苦しかったせいにできたが、すぐには引きそうにはない。
不思議そうに春則を覗き込むケイタに、春則はこれは自分とは違う生き物だ、と理解した。
春則には、とてもじゃないがそんなことを口には出来ない。高すぎるプライドと今まで培ってきた自分の中の常識がそれを許さない。その春則にケイタが今度は口を開く。
「あの・・・訊いていいか?」
「・・・・なに」
「繕と知り合ったの、って、去年の秋くらい・・・?」
言われて、春則は夏の終わりのシーズンを思い出す。そのくらいだな、と思って素直に頷いた。
「ああ、そうかな・・・よく判るな?」
「うん・・・まぁね」
繕だけを想っていたころだ。その変化は一番良く解っていた。
「ケイタって、譲二の客じゃないって言ってたけど・・・どうゆう知り合いだったんだ?」
言われて、ケイタは少し考えてから素直に口を開いた。
「・・・俺の相手と譲二の客が寝たから、譲二に俺の相手をしてもらった」
「・・・・・・・」
春則はその素直すぎる答えにすぐには反応出来なかった。
春則も遊んでいないわけではない。女が相手でも男が相手でも楽しければそれでいいとも思っていた。気がのれば友人とでも寝れる。それこそ、譲二とだって寝たことがあるのだ。だけれど、それにしてもその状況は春則でも抵抗がある。しかし当たり前のように口にするケイタにはその辺の感覚が春則とは違うのだろう。
春則は少し考えて、眉を顰めた。しかし混乱する頭を抱えて、
「あー、もう、やめ!」
急に何もかも振り切った。
「なにが?」
「もう、腹を探るのはやめる、建前はなし」
「・・・・?」
春則はグラスの焼酎を一気に飲み干して、
「正直に言うけど、俺は譲二と寝たことがある」
「・・・・・うん」
「譲二がホストだって、本気で天職だとも思う」
「・・・うん?」
「だけど、ケイタはそれでいいのか? 本気で、譲二とは付き合ってるのか、どうなんだ?」
「・・・・んん?」
ケイタは首を傾げて、少し考えた。そのケイタにさらに春則は思っていたことを吐き出す。
「やっぱ、ちょっと突っ込んだこと訊きすぎかなって思うんだが・・・気になるんだよ、だってあの譲二だぜ?騙されたりしてないとは思うんだけど、どうもお前見てると・・・危なっかしい」
ほぼ初対面の春則にさえ、そう思わせるほどケイタには自分というものが感じられない。ただ流されるままになっているような雰囲気があるのだ。そしてその人形のような幼さを感じる顔が、実年齢を分かっていてもなお心配してしまう理由の一つでもある。
ケイタは少し考えてから、やはり表情は人形のようで、
「・・・別に騙されたりはしてない・・・けど? だって譲二のホストは仕事だろ? 仕事しなきゃ生きていけないし・・・それが好きでしてるんなら、なおさら俺が口出すことじゃない。譲二はそれでも、俺の願いをちゃんと叶えてくれるし・・・」
不満も疑問もない、とケイタははっきりと言う。
こうまできっぱりと言われては、春則は気にしている自分のほうがおかしいのか、と頭を抱える。
「ケイタは・・・譲二が好きなのか?」
「好き?」
きょとんとされて、聞き返されると思っていなかった春則が驚く。
「好きじゃ・・・・ない?」
「よくわからない」
「はい?」
「好きとか、その気持ちがよく解らない」
「・・・・・・なんで?」
「どうなったら、好きなんだ?」
真面目に訊かれて、春則は言葉に詰まる。
そんなことを口にしたことなど、一度だってないのだ。遊んでいる春則だが、その辺が照れが抜けないのが未だ譲二にもかわいい、と思われるところだった。
ケイタの視線は純粋な興味だ。意地悪く訊いているわけでもなく、ただ判らないから訊いたに過ぎない。春則は困惑しながらも、他意はないとはっきりわかったから重い口を開いた。
「えっ・・・と、その、他のやつと居るのが嫌だとか、自分だけ見てて欲しいとか、他人に見せたくないとか・・・・・・」
言葉にして、春則は顔を真っ赤にして俯かせた。
言っていて恥ずかしくなったのである。ケイタだからまだしも、本人にはとても言えない言葉だった。ケイタはそれを素直に受け入れて、
「そう・・・なのか? 別に、譲二がほかの誰と寝ても気にしないけど・・・なら、俺は譲二を好きじゃないのかな」
「ああ、いや! 待て、そう決まったわけでは、」
「繕のときも、別に誰と寝てても気にならなかったけどな・・・」
ケイタは独り言のように呟いた。
繕を好きだと思っていたけれど、繕が誰かを抱いていても気にはならなかったのは事実だ。自分も抱いてくれるなら、文句は無かったのだから。
それに眉を寄せたのは春則だ。
「・・・・繕と?」
その事実を、春則は今知ったのである。ケイタは素直に頷いた。
「うん、抱いてもらっていた」
「・・・そ、そう、か・・・」
動揺を隠し切れない春則にケイタは首を傾げて、
「もうしていないけど?」
「あ、うん・・・それは、判ってるけど」
釈然としないものを感じてしまうのだ。好きだから他の人間と一緒に居るのが嫌だと言う春則にとってみれば、過去に寝ていた男も素直に受け入れは出来ないのかもしれない。
そういう感情がわからないケイタには理解できないことだったけれど、テーブルから身を乗り出して鼻先を春則に近づけた。
「・・・ケイタ?」
「これ、春則の香水?」
「え? ・・・ああ、そうだけど」
きょとんとする春則に、
「・・・この匂いをさせて、抱かれたくらいから、もうしていない」
春則を抱いたあと、ケイタのところに行っていたのだ。その事実をゆっくりと理解して、春則は顔を熱くした。
「あ・・・そう、か」
「繕は巧いから、もっと抱いていて欲しかったんだけど・・・でも譲二がもっと欲しいものをくれたから」
だからもう繕に未練はない、と告げたつもりだった。
春則は動物のようなことをされて少し驚いたけれど、その気持ちは充分に解った。
「うん・・・で、譲二がいいんだよな、ケイタは」
「うん」
「ほかに、いらないのか?」
「いらない」
「譲二だけ?」
「うん」
春則は少し考え込んだ。その状況で、何故譲二を好きじゃないのかが解らないのだ。
「この間・・・合ったとき、譲二が欲しいって言ってたよな」
「うん」
「あれって・・・・なんで?」
「なんで?」
その質問の意味が解らず、鸚鵡返しにケイタは返す。
「どうしても、譲二が欲しかったんだろ?」
「うん」
「なら・・・・」
その結果は「好き」に繋がると思うのだが、ケイタの中でイコールはない。しかし「愛してくれる」とケイタが言った以上、譲二はその通りに「愛して」いるのだろう。欲しいと願う「愛情」をくれるのだろう。
その表現方法は春則には理解できないが。
「・・・今の状態に、満足してるんだな?」
春則はそれでも、確認を取るように訊いた。
ケイタは一度気持ちを思い直してみて、笑って頷いた。
「・・・うん」
「・・・・・・・」
その向かいで、春則は大きくため息を吐いた。
春則が見る、初めての表情の変化だった。人形がいきなり生気を伴って微笑んだのだ。額を押さえて、「なんだこの可愛さ・・・」と心の中で唸る。少しケイタを抱いたという繕の気持ちが解った気がした。
春則はアルコールを注ぎ足して、
「・・・よし、飲もう! な、酒だけはいくらでもあるから!」
邪な自分の思いを打ち切るように明るく笑った。


to be continued...



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