愛して欲しいと言えばいい  4




ホストと知り合ったのは、初めてではなかった。
しかし、巧いと思ったのは二人目だった。今まではあの男を好きだからかもしれない、と思っていたケイタだが、人間には二通りいるのだ、と知った。
「巧い」人間とそうでない人間。
抱かれることに慣れた身体は、ちょっとやそっとじゃもう傷つきはしないけれど、痛いとは思うし自分から快楽を求めて動くのは疲れる。
愛されたいと渇望するケイタは受身でいることが多い。自分から行動しないことが、望んでも手に入らない原因なのだろうが、どこか淡白なのだ。
どこか、諦めてしまっている。
諦めきってしまえないのは、好きな男がまだ抱いてくれるからかもしれなかった。
ケイタは時間が空いたとき、ホストの男に連絡を入れた。運良く、捕まえることが出来た。
仕事帰りなのか、スーツ姿なのに色気を振りまいてケイタの部屋に訪れた男に、ケイタはその気になった。
初めて会ったホテルで、散々抱かれたことを思い出した。
もう一度、気持ち良くしてもらえる、と嬉しくなった。だからすぐにベッドに移動して、そのまま押し倒した。
「本当に・・・スキなんだな」
男の低い声が、艶を含んでいた。ケイタはその上に跨ってシャツを開きながら、
「お前、巧いもん」
鍛えられた胸板に口付けた。
気が急いて、男のベルトも勝手に取ってズボンを開く。ケイタのよりも大きなそれを手に取って、身体を屈めた。
「積極的だな・・・」
揶揄うような声を聴きながらも、ケイタはそれを口に含んだ。裏からも丹念に嘗め上げ、先の窪みも舌を使ってなぞる。下の膨らみまで吸い上げて、男をその気にさせようと真剣に銜えた。
「・・・商売でしているわけじゃないんだろう? 巧いな」
ケイタの銜えるそれは、完全に立ち上がっているのに男の声は冷静に聞こえた。ケイタは一度口を離して、
「だって、この前気持ち良かったもん・・・だから、お礼」
「・・・また、良くして欲しいのか?」
「うん・・・欲しい」
ケイタは欲望を隠さない。濡れた唇が、どれだけ男を誘うか充分解っている。だからその唇を嘗めた。男に見えるように、男を見つめたまま、嘗めた。
ふっ、と笑った男に、ケイタも笑った。
ケイタが思った通りに、男はすぐにケイタの中に埋めた。それまでケイタが充分濡らしていたそれは、何の抵抗も無くケイタを犯す。
それで良かった。身体だけの付き合いなら、巧いほうがいい。
ケイタがそのホストの男と始めたのは、そんな理由だった。
男のセックスは巧くても、好きな男に抱かれる喜びには敵わない。
仕事を終えてからかかってくる電話を、ケイタは何より待っていた。適当なローテーションでもあるのかもしれない。
それでも、回ってくるならそれで良かった。
抱かれるならそれで良かった。
その気持ちが揺らいだのは、抱き方が変わってからだ。
性欲処理、が正しいセックスは、それでもケイタには気持ち良いものだった。しかし、焦燥感にとらわれたようなセックスに、相手の男の変化を感じた。
欲しいものが、手に入らない焦燥感。それが解ったとき、ケイタは終わりに気付いた。
ケイタが淡白なのは、その焦燥感が自分で自覚できないからかもしれない。そのおかげで、相手の男には自分の気持ちを悟られないですむのだが。
ケイタの中で何度も突き上げながら、男はケイタを見ていなかった。今までだって見てはいなかった。しかし、他の誰かを見ている訳でもなかった。
連絡が無くなったとき、やっぱり、と思い諦めに似た感情が自分を取り巻いた。
この気持ちを告白していれば、何か変わっていただろうか?
しかし、そのときに確実に関係は終わる。その勇気は、ケイタにはなかった。
その勇気も無いケイタには告白する権利など、なかった。





             *





抱いた分だけ反応を返してくれる、セックスに慣れた身体。譲二はケイタを気に入った。
子供のような仕草で、しかし時折見せる妖艶な色気は娼婦のようだ。
頻繁にかかってくるケイタと、お互いの家を行き来するようになるまでそう時間は要らなかった。
譲二の仕事はホストである。
相手の感情や行動には、誰よりも察知する能力が高い。気持ちよく譲二に抱かれているケイタが、誰かを隠しているのは気付かないはずがない。
しかし口には出さなかった。
相変わらず譲二以外の男にも抱かれているようだし、その誰かにも抱かれているのかもしれない。それでも譲二を求めてくるなら、譲二は相手をしてやるだけだった。
譲二を好きなわけではないようだ。しかし、譲二をその誰かに代えて抱かれているようでもない。だから関係だけが続いた。
変化の無かった関係が、崩れ始めたのはケイタの行動からだった。
一日に、何人もの男に抱かれているようだった。
ずっと、抱かれ続けているようだった。その身体で譲二の下に来るケイタを、譲二は追い返したりはしない。
「抱いて」とせがまれれば、いつでも抱いた。譲二の部屋に来るのは、確実に抱かれたいからだ。だから譲二は何を言われなくても抱いた。
ケイタは相変わらず、良い声で啼いていたからだ。
季節が冬に入り、街中のイルミネーションがクリスマスに染まり始めた頃、譲二は待ち合わせをしている友人を見かけた。益々色気を出している友人は、指に指輪があった。いつものデザインリングには見えない。本気になった相手から貰ったのだろう。
「羨ましいね」
指輪を指して言ってやると、照れた顔を隠そうと必死の友人に、思わず笑ってしまう。昔、成り行きで身体を重ねたことのある友人は、相変わらずベッドの中で色気を撒いているのだろうか。
「相手は苦労するだろ」
言った譲二に、友人は首を傾げた。
「なんで、あいつが苦労するんだ?」
「解らないか」
「解るかよ、俺のが苦労してるぜ、絶対」
「ああ、そう、ごちそーさん」
言外にのろけられて、譲二は笑った。友人は自分の言葉の意味に気付いたのか、赤くなりながらも黙ってしまう。
待ち合わせだという友人のもとに、いつまでも居る訳にはいかない。
「また、やきもちをやかれない程度に、付き合ってくれよ」
「やくはずねぇだろ・・・」
照れを隠し切れない友人と、手を上げて別れた。
携帯にメールが入ったのはそのときだ。
内容は簡潔だった。
「早く帰れ」
帰れば、ドアの前で待っているのだろう。
譲二はそれを思って、すぐにタクシーを拾った。
最近ケイタは、誰かに抱かれた後で譲二の部屋に帰って来るようになった。


to be continued...



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