離せない温度  1






嫌いじゃないなら、誰でも良かった。
男だろうとも構わなかった。
けれど、節操がない、と言われたことがない。
優しい。
暖かい。
安心する。
何故かよく言われるのがこれだ。
おおよそ、自分がそんな人間ではないと理解しているつもりだが、敢えて否定もしない。
ただ、礼を言うだけだ。
この顔が、悪人には見えないのだろうか。
本当に?
困っているなら手を差し伸べるけれど、それはその流れに乗っているだけだ。
決して善意など持っていない。
優しい言葉で。
暖かい笑顔で。
安心させる腕であれば、誰でも手に入る。
自分を敵に回さない。
それだけだ。
したいからではない。
なんとなく、が大きい。
けれど誰もが良いように取るなら、やはり否定もしない。
世の中、上手く渡っていきたいだろう。
シチロウは周囲から大人だと言われるようになった。
けれどそれは上手く生きるために常識を踏み外していないだけだと知っている。
本当に、俺は良い大人か?
自問したところで答えは解っている。
俺が良い人間なら、誰も傷つけたりなどしないはずだ。
泣かせたくない人間を、自ら泣かせなどしないはずだ。
最低だな。
シチロウは誰も言ってくれない言葉を、自分で言うしかなかった。
初めてミチルを見たとき、それまで出会った誰より綺麗だと思った。
お互い遊びだと言いながら抱くと、ミチルは震えながら泣いた。
それが、普段とのギャップがあまりにありすぎてすぐに嵌った。
整った顔は、その視線は感情を含まなければかなりキツイ。
冷静。冷徹。
周囲からのミチルのイメージはそれで通っていたし、ミチル自身それを否定しないように、いや、壊さないようにしていた。
それが気になって。
ベッドの上で、俺の腕の中にいるときだけ崩れる顔が、どうしようもなく気になって。
プライドの高いミチル。
泣かないミチル。
崩れないミチル。
けれど、セックスのときにだけ、感情を見せるミチル。
「セオリーと逆だな」
そう言ったのは何度目に身体を重ねたときだっただろう。
「なに?」
ベッドにぐったりとした身体を丸めるようにする仕草は、癖なのだろうか。
力なく成っているのなら、四肢を投げ出してその身体を顕わにしても良いものなのに、ミチルはその姿すら自分に良しとしないように出来るだけ隠そうとする。
その姿が、ますます男を煽るのを、知らないのだろうか。
その状態でとろり、とした視線を、ベッドに肘をついて身体を起こし煙草に火を付けたシチロウへと向ける。
シーツの上からそんな視線で見上げられて、落ち着こうとして火をつけたはずの煙草を、ミチルはあっさりと無碍にする。
苦笑して枕元に上げた灰皿に灰を落とし、
「昼間は淑女、夜は娼婦ってのに、男は弱い」
「・・・だから?」
きょとん、と目を瞬かせるミチルは本当に解っていないようだ。
自覚がないのか。
「昼間はプライドの高い隙のない人間のくせに、ベッドの上だとどうしていつも処女のようなんだ?」
真っ赤になって否定するだろうと思った。
抱かれていないときのミチルは、プライドが高すぎる。
「・・・ッな、にを、言って・・・ッ」
やはり、赤くなって向こうをむいてしまった。
「事実だろ?」
シチロウは自分が楽しんでいる、と自覚した。
抱いている腕の中だけ、こんなに可愛くなるミチル。
羞恥に染まって、泣き出すミチル。
冷たいほどのその容姿が、幻のように蕩けるミチル。
シチロウは火をつけた煙草をやはり意味がなかったな、と灰皿へと押し付けた。
そのまま床へ置いて、背中を向けたミチルの身体へ手を伸ばす。
「何回やっても、バージンみたいだ。俺以外にも、そんななのか?」
だとしたら、妬けるな。
処女のようでも、ミチルは初めてではない。
シチロウとしたときにはすでに、男を知っていたのだ。
だから、遊びで身体を合わせる。
びくり、と揺れた身体を、強引に抱き寄せた。
「ミチル?」
赤い顔が、強張って震えている。
「・・・そんなこと言うのは、柘植くらいだ」
「そうか?」
そのときは、ミチルの全てを理解していなかった。
だから、ミチルのその震えの意味を正確に感じれなかった。
知っていたなら、いくらシチロウでもそんな言葉は言えなかった。
泣かせたくないと、そう思ったのは出会ったときから変わらないのだ。
シチロウと発音のしにくい名前に、周囲は親しみを込めて愛称で呼ぶ。
ミチルもそう呼んでもいいほどの仲だというのに、決してミチルはそれを変えなかった。
呼べないのだ。
プライドだけは、誰よりも高いミチルは、呼ぶことすら出来ない。
「ナナ」
とその一言だけが。
けれどシチロウを呼ぶのなら、シチロウ自身も気にはしない。
結局、一度も呼ぶことはなかったけれど、そのときのシチロウはいつか呼んでくれる日がくるだろう、と簡単に考えていたのだ。
綺麗なミチルを、友人というポジションから外すつもりはまったくなかったのだ。
ミチルのその綺麗な顔には儚さがある。
その影に、より一層美しさが増す。
その意味を、シチロウが知ったのはもっと深くミチルを知ってからだった。
プライドが邪魔をして素直になれない、ただ愛情が欲しいと只管に願うミチルに気付くのは。


to be continued...

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