不器用に交叉するだけで  12






俺は今、何を言った?
この感情は何だ?
レキフミは自分の言葉に呆然とした。
目の前で、レキフミを睨んでいた柘植すら、驚いている。
どういう意味だ?
壊してしまいたかったはずだ。
泣かせて失意に沈めてしまいたかったはずだ。
汚れて堕ちてゆくところを見たかったはずだ。
他人の手の中の幸せなど、壊し砕いてしまいたい。
本音は、レキフミは自分に素直だ。
ミチルの隣で、ミチルの視線のその先が、ミチルの柔らかく微笑むことが。
全て他人であることが。
許せなかった。
それだけだ。
自分に向けられないなら、壊してしまえ。
レキフミは心が震えた。
自分の本心を、行動の本音を、漸く理解し、納得した。
初めて見たとき、ミチルを汚してしまいたかった。
壊してしまいたかった。
ボロボロになるまで打ち砕いてしまいたかった。
そのすぐ隣にいるのが、自分ではないから。
ミチルが欲しい。
あの人が欲しい。
全てを支配して、世界を独りだけで埋めて。
誰にも邪魔などさせない。
これは、なんだ。
「好きになってしまったのね」
レキフミを本人以上に知る、姉の声が聞こえた。
ミチルが好き?
こんなにも苦しいことが?
傷つけて泣かせてしまいたいことが?
否。
笑って欲しい。
レキフミに、笑って欲しい。
深淵にいるレキフミの側まで、堕ちてきて欲しい。
その世界でずっと一緒に居て欲しい。
ミチルの全てを支配したい。
レキフミの全てを、ミチルに支配されているように。
ミチルが欲しい。
全てが欲しい。
誰か俺にあの人をください。
どうか俺に、あの人をください。
一瞬で全ての感情に塗れ、崩れそうになったレキフミは視界にある柘植を睨むようにじっと見つめた。
「・・・貴方の選択が何でも構わない。ただ、ミチルさんを解放してくれ」
「・・・君が、ミチルを助けてくれるのか?」
柘植の低い声は、暖かい。
ミチルもこれが、好きだったのだろうか。
安心して側にいられたのだろうか。
助けてくれる?
それを、お前が言うのか?
レキフミは訝しんだ柘植に目を細めて、
「俺が助ける? ミチルさんを?」
表情にうっすらと笑みが差したのが判った。
「もっと、ぐずぐずにしてあげますよ」
立ち直れないほどに。
眉を顰めて、口を開こうとした柘植を制し、
「他の男で泣くことなど、見たくないんですよ」
「・・・・・」
「ミチルさんの悲しみも憎しみも、全て俺のものです。貴方はさっさとミチルさんの手を振り払うだけで良い。壊れたあの人を、もっと壊すのは俺です」
「そんなことをして」
「何?」
「それで、ミチルが手に入ると思うか? ミチルが君に笑うと思うか?」
ミチルが笑う?
俺に?
レキフミは愛情を信じない。
そんなものは気の迷い。
弱い人間が縋るもの。
レキフミには必要のないもの。
きつい視線を向けてきた柘植に、レキフミは嗤った。
柘植はミチルの手を振り払う。
確実に。
ミチルは独りだ。
誰のものでもなくなる。
「ミチルさんの全ては俺のものです。それだけで良い」
世界をレキフミで埋めてしまえば良い。
暗い深淵の中で、動けないでいれば良い。
動かない四肢を投げ出して、壊れた心を放り出して、誰も見つめないその視界に、レキフミだけ映していればば良い。
ミチルが笑う? 
有り得ないだろう。
柘植がなんと言おうと、もう関係なかった。
事実が変わらなければ良い。
そして、変わるはずもない。
ミチルは、振られるのだ。
柘植はあの男娼を選んだのだ。
ミチルが確実に独りになったとき、いったいミチルはどうなるのだろう?
レキフミは感情が高揚するのがはっきりと判った。
やはり、レキフミはどこかおかしいのだろう。
壊れたミチルを、見たいだなんて。
この感情が、正常でないなんて、自分が一番知り尽くしている。
けれど、それでミチルが手に入るなら、どこまでだって堕ちる。
どこまでだって、引きずりこんでみせる。
バイトを終えて、レキフミの前に姿を見せたミチルはいつもとははっきりと違いを感じさせた。
レキフミは歓喜した。
あとは、手を広げて待つだけで良い。
堕ちてしまえ。
ここまで、堕ちて来い。
抱き殺して、砕いてやりたい。
ミチルはレキフミを待っていたようだった。
わざわざ、堕ちることを言いに来たのだろう。
独りになったその身体を、存分に抱きたい。
これからはレキフミだけに染めてやりたい。
その失意の声で、口を開いて欲しい。
さあ、壊れたと言えばいい。
レキフミは顔が嗤うのが判った。
ミチルが俯いてしまっているのにも気付いているが、感情が抑えられない。
嬉しくて、仕方ないのだ。
「・・・ありがとう」
なに?
ミチルの声は、戸惑っていた。
態度にも、少し躊躇いが見えた。
しかし、レキフミの澄まされた耳には、はっきりと言葉が届いた。
今、なんと言った?


fin.

BACK ・ INDEX