視線が重なることはなく ―プロローグ― 雨のカフェは、休日ということもあってかいつもより混んでいた。 GパンにTシャツというラフな格好をすれば、ミチルは実年齢より若く見える。 小物にも気を使うほうで、その日も革のブレスに首から下がるのは金のチェーンの先に赤い石のついたメダルだ。 いつもは後ろに撫で付けている髪も下ろしてしまって、まるで学生のようだった。 しかし、視線は落ち着いている。どちらかと言えばどこか冷めたものだ。 テーブルに置かれた携帯をじっと見つめ、にぎやかになってきた店内のことなど一切見えてはいないようだった。 かかってこない、な。 ミチルは諦めている自覚がありながら、しかしどこかそれでも期待してしまっている自分に気付く。 ふ、と零れる笑みは自嘲だ。 五年という月日は、ミチルに期待を持たせるには充分のものだ。 でも、こんなものか。 鳴らない携帯を見つめて、終わりを実感した。 はっきりと言われたわけではない。 けれど、もうミチルと目を合わせてもその視線に熱はない。戸惑いと憂い。 気遣われ、同情などミチルは必要なかった。 休日、何も用がなければ一緒にいるのが当たり前だった。 用があったとしても、会えるときは無理をしてでも会った。 それも叶わないなら、電話だけでもして声を聴いた。 社会人として仕事を始めて、すれ違いもあったけれどそれでも想い合う気持ちは一緒だった。 逢えば、いつも嬉しかった。 身体を重ねて、子供のようにじゃれあい、それがミチルには幸せだった。 けれど、恋愛に永遠はない。 特に、ミチルはゲイだ。異性にはまったく興味がない。 だから恋愛はいつか終わるものだ、と思っていた。 長かったな。 出会ってからを考えれば、九年だ。 そう思えば、自分は実は一途なのではないだろうか、と感心してしまう。 しかしその間、身体を重ねたのはひとりではないのだ。 純情でもないくせに、とミチルは乾いた笑みを浮かべた。 ミチルは美散。 美しいままで散ってしまえ、と皮肉な母親が付けたのだ。 綺麗に、散ってしまおう。 しかし、ミチルの視線は携帯から離れなかった。 鳴るはずはないと解かっているけれど、片隅に残る純粋で幼い心が、痛いと泣いているからだ。 やがてこの痛みが、全身を襲って泣き叫びたい衝動に駆られる。 しかしそれを表に出せるほど、ミチルはもう純粋で綺麗ではなかった。 押し込めて、沈めてしまえばいい。 そうして、またいつか散ってしまう次の相手を探せばいいのだ。 散るまでは、ミチルは幸せなのだから。 束の間と知りながらも、その幸せをミチルはいつも探していた。 テーブルの上の携帯は、やはり、鳴らなかった。 |
to be continued...