夢じゃない 1




夏休みに入って、八月。
かねてからの予定通り、砕たちは軽井沢の別荘に行くことになった。
早くから決めていたこともあって、総勢20人のクラスメイトが集まった。
電車で行くことになったのは砕の希望である。
常に送迎のある身は、電車の旅に憧れていたらしい。
よって、電車の中でも朝から砕は元気だった。
みずきははしゃぐ砕を見ながら、今朝を思い出した。
出発前の、電話だった。
「・・・笙子さん?」
家を出たところで砕の母親である笙子からの電話がかかった。
珍しいことだ。
「もう、家を出たところかしら」
「はい・・・砕は」
「あの子も駅に向かったわ」
言って、笙子は少し間を置いた。
らしくない間だったので、みずきは不思議に思いながらも続きを待った。
「・・・あの別荘に行ったら、あの子に飲ませるのは止めておいてくれるかしら」
「・・・・?」
みずきはそこそこにアルコールを飲む。
その友達も然り、だ。
引率もない旅行に、少しくらい羽目を外すことがあってもいいはずだ。
別荘を貸す笙子も承知していることであろうが、みずきは思わず訊いた。
「・・・どうしてです?」
「・・・・・未成年でしょ」
あまりな答えに、みずきは苦笑した。
どの口からそんなことが言えるのだ。
家でも外に出ても平気で自ら勧める親であるにも関わらずだ。
しかし、それ以上突っ込んだことは訊かなかった。
あの別荘は笙子の持ち物であるし、その笙子が溺愛している息子に関することなのだ。
それに逆らうことはない。
今、砕は女子たちに囲まれて笑っている。
みずきは違う座席に座ってそれを見ながらそっと笑った。
みずきの周りにはいつも屯う友人たちが談笑している。
その一人がふと、声のトーンを抑えてみずきを呼んだ。
「・・・なぁ、正直、お前と砕ってどうなってんの?」
成り行きで愁にはばれたものの、至ってみずきも砕も公言はしていない。
一見は親密な友人の程度だった。
「どうって、」
「最近お前、遊んでないもんな、だから決めたのかなー・・・と」
「はっきり言っといてくれたら、扱いも分かるだろ?」
みずきはその視線を受けて平然と、
「・・・見たまんまだと思うが」
「いやだから・・・」
困惑しながらも聞き出そうとする友人に笑った。
「別に気にすんなよ、今まで通りでいいだろう?」
納得したような複雑なような顔をしたけれど、それ以上は誰も訊かなかった。
確かに、何があるわけではないのだ。
「それに、付き合ってるかそうでないか以前に、集団で来ている場合には集団でいる。それがルールだろ?」
みずきが正面にいる愁に対して、にやりと笑って見せたのは、彼の密かに思っている相手も一緒に来ているからだ。
彼女は今、砕と楽しそうに話している。
愁はなんとも言えない顔でみずきを睨んだ。
それしか、出来なかった。






軽井沢の駅に着いて、そこからバスに乗り換えた。
砕は山の中だ、と言ったけれど、それに30分ほど揺られて、そのバス停から5分ほど歩いただけで到着した。
もし車で来ていたら、程よい場所であるに違いない。
市外に出るにもざわめく喧騒からも程よい距離だ。
そして、その別荘に着いた彼らは、違わず、口を開けて見上げた。
2、30人泊まれる、と言ったのは嘘でも誇大でもない。
これは別荘ではない。豪邸だ。
そこに立ちすくんだ全員――砕以外は、そう思った。
三階建ての正面から見える窓は、一見では数え切れない。
「? 何で立ってるの? 早く入ろう?」
疲れたよね、と言って動く砕に、どうにかついて行った。
正面の玄関は両開きのドアになっていて、近づくと中から開いた。
そこから中年の男女が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
深々と頭を下げられて、慌ててこちらも礼を返す。
「ここの管理をしてくれてる、中沢さん夫妻」
砕がその場で紹介をした。
「お疲れでしょう、どうぞ中へ」
勧められて入って、また見上げてしまった。
目の前には広いホールがあり、天井までの吹き抜けになっている。
床や壁の美しい柄、階段や柱の恐ろしいまでの細かなデザイン。
一流のホテルのようだった。
「坊ちゃん、一応掃除はしておきましたが・・・」
「それだけで良かったんですか? 一応、冷蔵庫もいっぱいにしておいたんですけど」
管理人の夫婦は不安そうに砕に尋ねた。
「うん、自分たちでするよ、ね?」
砕は周りのクラスメイトに同意を求めると、真っ先に我に返ったまとめ役でもある室長の成瀬が答えた。
「あ・・・はい、もちろんです。こちらを貸して頂くだけで充分です」
「分からないとこがあったら、連絡するよ」
砕が付け加えて、成瀬がもう一度頭を下げる。
「挨拶が遅れまして、砕くんのクラスメイトの成瀬です。四日間、お世話になります」
しっかりした成瀬を見て、夫妻も安心したように頷いた。
「はい、こちらこそ。楽しんで帰ってください」
礼儀正しい成瀬に好感を持って、夫妻は笑って帰って行った。
その豪邸のような別荘は、一階には食堂や居間というには広すぎるリビングがある。
客室は二、三階で、二階の端に広い和室がある。
そこに女子が入り、後は二人部屋の洋室に男子が納まることになった。
早い時間に出発したので、まだ日は高い。
今日は周りの散策と、川原でバーベキューの予定だった。
全員は早速準備に取り掛かる。
川原に行って、そこに大きな石の段があるのをみずきは先に降りて、後ろに続く成瀬たちを振り返り手を出した。
その自然な仕草に笑いながら、しかし、苦笑した。
「・・・みずきくん、いいけど、砕くんもいるんだから」
成瀬が言うと、その後ろから砕が見える。
成瀬に手を貸して降ろして、次の子にも手を出しながらみずきは首を傾げる。
「・・・だから?」
「もう、だって、砕くんを優先するべきじゃないの?」
女子の間ではすでに二人は出来上がっているものらしい。
みずきが砕を見ると、一人ですでに飛び降りている。
「・・・・砕は男なんだけど?」
「そうだけど・・・」
「こういう場合は、男より女の子に手を貸すのが当然だろ?」
砕が笑って会話に入る。
「みずきがいなかったら、俺もちゃんとエスコートするよ?」
自分より可愛い相手にされることを想像して、なんとも複雑な顔になった面々である。
付き合っていると確信を持っていたのだが、それを男女の定義にいれて扱うのはどうやら違うようだ、と全員考え直した。






遊びながら自分たちの夕飯の用意をすると、ほぼ完成したのはもう夕日になったころだった。
ひと段落したので、みずきはキャンプ用の机と椅子が一緒になった折りたたみしきのそれに座って一息ついた。
それに愁も便乗する。
「ほら、」
差し出された冷えた炭酸に、笑って受け取る。
「サンキュ」
「しかしまぁ、砕は私服だとほんと、どっちか判んねーな」
今日の砕はノースリーブのさらりとした生地のカットソーに膝下の白いパンツだった。
細い手足が元気に動いている。
その二人の視線に気付いて、砕もそのテーブルに座る。
「なんの話?」
「いや、別に・・・」
「そういや砕、みんなに言わなくていいのか?」
愁の台詞に、砕は首を傾げる。
「こいつが自分のもんだって、さ」
愁はからかったつもりだった。
しかし、砕は押し黙ってしまった。
「・・・・・砕?」
「・・・そうなの?」
砕はみずきに伺いを立てる。
みずきはその砕を見て、ため息を吐いた。
「でなかったら、俺は何のためにお前の親に宣言したんだろうな」
「・・・でもみずき、女の子好きだし、はっきり言って、嫌われちゃったりしたら嫌じゃない?」
それには、みずきも愁も黙り込んでしまった。
 愁はそれでも友人のために、恐る恐る口を開く。
「・・・晴れて、恋人になったんじゃないのか・・・前世から時間かけてさ」
「そうなのかな」
またみずきに答えを求められて、みずきはため息と共に言った。
「そうでなきゃ、俺がこんなもんに参加するかよ」
呆れたような口調だった。
砕は俯いて、しばらく考えるような素振りで再びみずきを見る。
「・・・・それって、俺のこと、好きってことなのかな」
みずきは盛大に息を吐いた。
愁は顔を背けてしまった。
「・・・昨今、付き合うってのは、それが前提だと思ったけどな」
みずきは言って、立ち上がった。
バーベキューの火のほうでもない。
誰もいない林のほうへ、川原を上がって独り、歩いて行った。
その背中を見ながら、砕は残った愁に尋ねた。
「・・・今の、怒ったのかな」
愁はがっくりと肩を落とすことで答えた。


to be continued...



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