媚薬効果 <前編> 





「・・・・どうしよっか」
教室で一つの机を囲むように座った四人の女子生徒。
視点はただ一つ、その机の上の―――紙コップに注がれている。
夏休みが明けたばかりの放課後は、まだ西日がきつく教室が蒸し暑い。
そんな中にいつまでも生徒は残っていない。
すでに教室はその四人だけだ。
いや、四人になったから、こうして考えこんでいるのだ。
シュワシュワと気持ち良さそうに炭酸の音をさせている紙コップ。
いつもなら、戸惑うことなく手が伸びるものである。
しかし、誰もが躊躇した。
一人が決意して、
「よし、」
他の三人の視線を集めると、
「やっぱ、捨てよう」
結論を言った。
「そ・・・・でも、でも・・・」
「それが、いいかも・・・・けどなー」
「そうしたほうが、いいと思う、けど・・・?」
同意しながらも、完全に受け入れられないようだった。
捨てる、と決めた女子生徒、成瀬はいつものはっきりとした口調で、
「これが、本物だとは思わないけど・・・試してみたいけど、本物だと困るし・・・仮に、偽者だとしても、身体にいいものとは限らないわ」
「・・・・・」
頷きかけて、頭が止まる。
納得出来るのだが、しかし好奇心旺盛な年頃だ。
そこに、ひょっこりと第三者が入ってくる。
「何してるの?」
「きゃあ!!」
「・・・・っ」
声を掛けられたほうも驚いたが、掛けたほう――砕も驚いた。
そこまで驚かれるとは思わなかったのである。
「な・・・なんだ、砕くんかぁ」
「脅かさないでー」
「びっくりしたー」
砕は苦笑して、
「え? なんでそんなに驚くの?」
その質問には誰もはっきりと答えれない。
砕は首を傾げて、四人の中心にある紙コップを見つけた。
「凄く咽乾いてたんだ、貰ってい?」
制する前に、声を上げる前に砕はその冷たい紙コップを手にしていた。
そしてそのまま口に傾け――――
「・・・あ!」
「あ、あ!」
ごくり、と飲んだところでその驚愕の声に砕はきょとん、と目を瞬かせる。
「え・・・、なに、駄目だった? ごめん、飲んじゃった・・・」
戸惑うように視線を合わせた女子生徒たちは、それでもやはり代表して成瀬が、
「あの・・・なんともない?」
「え? なにが?」
「それ・・・どんな味?」
「これ?」
砕は示された手の中の紙コップを見て、
「普通の、炭酸グレープの味・・・だったけど?」
「ほんとに?」
「・・・・・うん?」
「砕くん、なんともない?」
「はい?」
「その・・・どっか、気分悪かったり・・・その・・・変な気持ちになったり」
「はぁ?」
砕は綺麗な顔を顰めて、改めて四人を見る。
「ちょっと待って? これ、何が入ってたの?」
「えーっと・・・」
「答えて」
躊躇した女子生徒に、飲んでしまった砕は答えるまで視線を外さなかった。
仕方なく、しぶしぶと話したのは。
一人が、夏休み中に親戚から遊び心で貰った薬を溶かしたのだ。
もちろん信じてはなかったし、ただ好奇心で、しかしやはり品物が品物だけに用心深く、人気がなくなってからだ。
そして、先ほどの光景になるわけだが。
気持ちよくなる、薬、だという。
砕は思いきり顔を顰めて、
「・・・・催淫剤?!」
はっきりとその名を口にした。
どうしてそんなものが手に入るのか、訝しんだ顔だった。
砕はもちろん、実家の仕事柄それを見たことがないわけではない。
手に入らないわけでもない。
しかし、こういった類に限らず、薬は砕の組ではご法度だ。
砕は頭を抱えて、ため息を吐いた。
「どーしてそんなものが・・・」
一般の女子高生の手に入るのか。
しかし、今は手に入らないものなどない時代である。
それでも砕は仲のいいクラスメイトを見て、
「・・・あんまり、こういうものは信用しないほうがいいよ? 一歩間違えば取り返しのつかないものだってあるんだよ?」
「・・・・・」
いつもは可愛いだけの砕にきっぱりと言われて、その視線の厳しさに四人は素直に頭を下げた。
「ごめんなさい・・・」
そう言われれば、砕はいつまでも怒ってはいられない。
「もう、持ってないよね?」
「うん、それだけ・・・ねえ、砕くん、ほんとになんともない?」
「身体、大丈夫?」
好奇心ではなく、心配そうに訊かれて砕はすぐ笑みを浮かべる。
「平気みたい。プセラボだったみたいだね」
「そっか、よかった」
落ち着いたところで、今度は戸口から声がかかる。
「砕? 帰るぞ」
ひょい、とみずきが顔を出した。
そこで固まっているクラスメイトに気付いて、
「なにしてんだ? こんな暑いとこで・・・」
「う、ううん、別に・・・」
「もう、帰るよ」
砕は手に紙コップを持ったまま、
「これ、捨てとくね」
と笑顔を向けてみずきと一緒に教室を後にした。
残された女子生徒はとても、複雑な顔だった。
そんな心境だったのだ。






砕は廊下の端にある水道で持っていた紙コップの中身を流した。
「なんだ、それ?」
みずきが首を傾げると砕は苦笑して振り返り、
「催淫剤入りジュース」
「は?」
あからさまに顔を顰めたみずきに、砕はゴミ箱にその紙コップを捨てながら、
「偽モノだけど・・・本物かどうか、迷って悩んでたみたいだったよ」
砕は先ほどのことを簡単に話し、みずきは眉を顰めて、
「お前・・・飲んだのか?」
「うん、でもなんともないよ・・・催淫剤なんて、そんなに簡単に手に入るものじゃないよ」
みずきは本当に? と訝しんだ顔だったけれど、砕は至って普通だ。
大人しくそのままにして帰ることにした。
その、途中だった。
砕は駅までの道のりで、熱い、と思った。
夕日の時間帯だ。
熱くて当たり前なのだが、外からの熱ではない。
身体が、内側から乾くように熱い。
柔らかなカットソーの襟元をぱたぱたと仰ぎ、風を入れてみる。
しかし火照ってくるのは内側だ。
外から微かな風を送っても効果はない。
顔がとても熱い。
隣りを歩くみずきに気付かれたくなくても、思わずため息を零した。
「・・・・っは、ぁ・・・」
それに気付かないみずきではない。
「砕?」
足を止めて、覗き込んだ。
砕は視線を迷わせて、しかし力なく笑った。
誤魔化しきれはしない。
苦笑に近かった。
「・・・・即効性じゃ、なかったみたい・・・」
しかし、時間をかければ効く。
つまり―――本物だ。
みずきはすぐにその意味に気付いて、困った顔で笑う砕に正直動揺した。
「な・・・に、」
「・・・・どうしようかな・・・熱い、すごく・・・」
「・・・・・・」
言われても、みずきが答えれるはずはない。
「多分・・・数時間もしないうちに、治まると思うんだけど・・・」
呼吸するのも辛そうな砕に、みずきは声が止まる。
上気した頬と、気だるそうな動き。
そして、自然に潤んだ瞳。
誘っているわけではないと解っていても、これではあまりに―――酷い。
「電車は、ちょっと無理かも・・・タクシー、拾って、帰るから・・・」
吐息のような声に、みずきは舌打ちを隠さない。
それに気付いて砕はみずきを見上げて、
「みずき・・・?」
「帰るって、お前な・・・!」
イラつきを隠さず、みずきは髪をかきあげる。
「・・・え? だって・・・え?」
このままここに居たとしてもどうなるわけでもない。
とりあえず、帰って寝ていればいつかは治まるのだ。
永遠に続くものではない。
それが解っているから、砕はそう決断したのだが。
「だってもくそもねぇだろ・・・、人を煽りやがって・・・!」
みずきはその手を乱暴に掴むと、そのまま駅の奥に向かって歩き始めた。
明るく商店街も並ぶ駅前だが、一歩奥に入り横にずれると―――ホテルが並ぶ。
シティホテルではない。
ご休憩、一泊、その値段の看板を見て砕は手を引かれながらも躊躇する。
「み、みずき・・・っ? え、あの・・・!」
しかしみずきの足は止まらない。
夕方のこの時間は人気がなく、学生服の二人連れを気にする人間はいない。
そしてみずきは知っているのか一つのホテルに入り、慣れたように部屋を指定して鍵を取った。
砕はもちろん、慣れてはいない。
客として入るのも初めてだったのだ。
システムは解らないが誰にも会うことはなく、部屋まで行くことが出来た。
「みずき・・・っ」
あの夏の別荘から、実はそんなに身体を重ねているわけではない。
ただするだけのために、こういったホテルを使うことをみずき自身が嫌っていたからだ。
砕の家では、もちろんそんなことは出来るはずもなく、結果自然とみずきの部屋になってしまう。
しかしみずきは独りなわけではない。
いつでも出来るはずもなく、自然と回数は重ねられなかった。
砕は本当にみずきに任せていた。
みずきがするときは絶対に断らないが、自らしようとは言ったことはない。
だから砕自身もみずきが淡白なのか、と思ってしまうのも無理はない。
そんな砕はみずきの中の葛藤を全く気付いていなかった。
部屋に入り、ドアを閉めるなりみずきは砕を抱え込むように唇を重ねた。
「ん・・・・っ!」
背中に腕を回されて、思わず身体を引いた砕を逃がさないとばかりに深く口付ける。
性急な荒いキスに、すでに身体が熱い砕は目眩がした。
「ん・・っふ、ぁ・・・んっ」
口腔を探られ、舌を絡められて砕はただ崩れ落ちそうな身体を支えるのにみずきのシャツを握りしめる。
みずきは唇を離すとその身体を抱えて、数歩先のベッドの上に降ろした。
砕はそこに来て初めて室内をちゃんを見渡した。
明かりの落ちたライトに照らされた中は、それでもはっきりと見えた。
壁に備え付けられた大きなテレビと向こうの透けたガラスのドア、その向こうのバスルーム。
そして自分の乗っている大きなベッドとその周囲に張られた鏡。
熱い身体の体温が、また上がった気がした。
その砕に気付いているのか、みずきは素早く自分のシャツを脱ぎ捨てる。
上半身だけを露にして、ベッドに乗りあがる。
ぎしり、と揺れた音に砕は羞恥に襲われながらも内側から来る熱に逆らうことなど出来なかった。


to be continued...



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