誕生日  ―皇紀―




「誕生日おめでとー!」
家のドアを開けると、内側からパァーン、と響いたクラッカーに負けない声で出迎えられた。
クラッカーから飛び出したリボンテープや紙くずを頭から被り、皇紀はドアノブを掴んだまま一瞬で怒りが沸点に達したのを感じた。そのまま震えた身体で顔を顰め自分の部屋に身体を入れ、その細い身体からは想像も出来ないほどの速さと強さで目の前の男の頭を殴った。

  ガツッ

拳の骨が、痛むくらいの音がした。
殴られた男、思わずクラッカーを床に落としそのまま頭を抑えてしゃがみ込んだのはもうこの部屋の主のような態度でいる恭司である。
「ってええぇぇ!! 皇紀さん! ちょっと手加減とかしてよ!!」
「煩い! 追い出されないだけましと思え!」
皇紀はその横をもう視界にも入れず通り過ぎ、奥の部屋へと移動した。
そして、入ってまた足を止める。
「・・・・・・・・」
そこに無言で立ち尽くしてしまった。
別に必要がないから、とやはり皇紀の部屋に大きなテーブルはなく、未だ小さな折り畳みの出来る机だけだ。その上と周囲に置かれた料理。
そして机のど真ん中に置かれているのはどうみても、ケーキだった。しかもホールサイズのケーキ。上に乗っているチョコレートの板にはお祝いと自分の名前―――皇紀は立ち尽くしながら身体の力が抜けるのを感じた。
背後からさっきまで本気で痛がっていた男が早すぎる復活をして明るすぎる声を皇紀にかける。
「あっ! 見てみて! 俺が注文したの、作れないからさ、全部デリバリーなんだけど、美味そうだろ?!」
皇紀が自分の部屋を見て声も無くしているのを、歓喜していると思っているのか恭司はさらに嬉しそうだ。
「ろうそくはオッキイのが一本十年らしいんだよ、で、ちっさいのが一年」
嬉しそうにケーキに刺さったろうそくの説明までしてくれる。
刺さったろうそくは八本。恭司の言う、オッキイのが三本とちっさいのが五本だ。確かに、皇紀の歳の数と一致していた。
皇紀は今年、今日で35になったのだ。
火をつけるから座って、とまるで自分の部屋のように恭司は皇紀の脇をすり抜けその机の前に座る。ライターでその用意までして、
「皇紀さん? 座ってよ、主役だぜ?」
皇紀は立ち尽くしているのを不思議そうに覗き込んだ恭司にやっと視線を向け、すうっと大きく息を吸い込んだ。
「・・・っこの馬鹿!! どこに35にもなって誕生日が嬉しい男がいる!」
怒声はきっと隣の部屋まで響いただろう。けれど、相変わらず隣は恭司の部屋でその本人は目の前にいた。
恭司はもうそれには慣れているのか皇紀の怒鳴り声に驚きもせず、ただ少し口を尖らせて、
「えー・・・だって、俺24だけど、してもらったら嬉しいし、35になっても皇紀さんにしてもらったすげぇ嬉しいと思う・・・」
「そんなものお前だけだ! いつまでたっても成長しないヤツだな・・・!」
皇紀は頭が痛い、と実際額を押さえた。
この三年で、変わったことはあまりない。
変わらないことに、皇紀自身が一番驚いているのだが、すぐに来ると予想していた終わりは未だ気配を見せず、とうとう三年という月日が流れてしまった。
一番の変化は恭司が就職して今は出版社に勤めていることだが、何処に行っても基本的に恭司は好かれる体質なのだ。会社勤めなど出来ない、と泣きそうになりながら就職活動をしていたけれど、実際勤め始めれば結構楽しそうに毎日を過ごしているようだ。
つまり、恭司の人格にとって変わるような出来事は一切起こっていない。
だから恭司は恭司のまま、相変わらず皇紀の癇に触れてくる。
「俺、すげぇ考えてプレゼントまで用意したのに・・・」
「・・・・・・・」
皇紀はネクタイを緩めて解き、ベッドの上に放り投げてその上にジャケットも投げ重ねた。それから恭司の向かいに座り込んだのだ。
「・・・・喰ってくれるの、皇紀さん」
落ち込んだ顔でむっつりとしたままの皇紀を覗き込む恭司に、仕方ない、とため息を吐く。
「食い物に罪はない。あるなら食べる」
結局、皇紀も甘いのだ。
嬉しそうに取り分け始めた恭司に、こんな相手だから三年も続いたのかもしれない、と皇紀は思わざるを得ない。しぶとく続いたのは、いくら皇紀が止めようと差し向けても絶対に恭司がうんと言わなかったおかげだ。
それに救われている自分がいる以上、どれだけ悪態を吐いても皇紀も今の場所から動けずにいるのだ。
差し出された料理を受け取りながら、きっとその用意されたプレゼントも受け取ることになるんだろう、と皇紀はため息をもう一度吐いて段々と逆らえなくなってきた自分に戸惑うのだった。
皇紀はそれが、恭司の最近見につけた子供攻めのテクニックとはまだ気付かないままだった。


to be continued...



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