欲求不満  3




俺は不貞腐れたまま、皇紀さんの部屋の前に座り込んだ。
あれからメールをしても忙しいのか見てもいないのか返事はない。
でも、どうしても俺には誤魔化されたくない問題だ。
だから、もうストーカーだと言われようともここで待つことにした。
帰ってこないかと思ったけど、10時を回る頃にエレベータから皇紀さんが降りてくる。以外に今日は早い。
ドアの前に座り込んだ俺を見るなり、立ち止まって溜息を吐かれた。
それって、どうゆう態度?!
俺の前まで疲れた足取りで来て、
「・・・何をしてる?」
皇紀さんは俺を足蹴にしてドアの前からどかせてそのドアの鍵を開けた。俺は表情をむすっとさせたまま大人しくどいて、皇紀さんが入った後に続けて入る。
「皇紀さん」
皇紀さんは疲れているのを隠しもせず、俺の相手なんかしていられないと言うように鞄を放り投げてジャケットを脱ぎ始める。その背中に睨みつけても皇紀さんには通じない。
それでも振り返りはしてくれる。でもかなり顔を顰めてるけど。
「・・・だからなんだよ」
「俺、誤魔化そうとしただろ」
「・・・・・なにを?」
視線を外した皇紀さんを追いかけて、俺はその正面に立って睨みつける。
「同居のことだよ! なんかすっかり忘れてたけど! ベッドで誤魔化されたけど!」
「・・・・誤魔化してなんかない」
皇紀さんは舌打ちしそうな顔で、俯いた。
誤魔化してるじゃん!
「お前が忘れてただけだ」
そうだよ! 勝手に俺が忘れてたんだよ! それでも許せない。
「思い出した! ベッドなんかで誤魔化されないだろ!」
「だから、勝手にお前が誤魔化されたんだ」
「俺と住んで」
「嫌だ」
即答された。相変わらずだ。
「却下」
「・・・却下ってなに」
「嫌ってのを却下」
「・・・・・・お前な、」
皇紀さんは呆れた顔を隠さない。
「どうしたら、お前の気が済むんだ? 一緒に暮らしたところで何が変わる?僕はこの生活を改めるつもりはないし、今だって住んでるようなものじゃないか」
その通りだ。
皇紀さんが帰ってくると俺は確実に皇紀さんの部屋に押しかける。
だってそうでもしないと皇紀さんは会ってもくれない。
「でも、違うだろ・・・」
俺は声が小さくなった。
どう言ったら解るのかな。
初めて俺は弱気になる。
だって、どうしたら皇紀さんは俺のものになる? 俺を受け入れてくれる?
俺は皇紀さんを好きだけど、皇紀さんも俺を好きなはずなんだけど。
俺はずっと皇紀さんを好きだ。けど、皇紀さんはそうじゃない。好きなものを当たり前に好きで傍に居続ける俺と違って、皇紀さんは好きだから離れようとする。それが、怖い。
皇紀さんは隙を見つけて俺から離れていってしまいそうで、怖い。
だから嫌なんだ。
少しでも、離れているのが。
俺になにがあれば、皇紀さんは俺のことに自信を持ってくれるんだろう。
皇紀さんが好きだって言う俺の気持ちを信じていられるんだろう。
俺は情けない顔をしているんだろう。俺を見た皇紀さんが少し動揺している。俺はそれに付け込んで、皇紀さんに抱きついた。
「皇紀さん・・・」
「・・・なに」
「俺、今日カムアウトした・・・」
「・・・・・なに?」
皇紀さんは俺の言葉が理解できなかったのか、いや、したくなかったのかすごく顔を歪めて俺を見上げた。
「友達に、男と付き合ってるって言った」
俺は誤魔化すつもりはない。皇紀さんを正面から見つめて、その顔が歪んで怒りに変わるのを見た。
「おま・・え! 何考えてる?!」
「皇紀さんのこと」
俺はそれしか考えてない。これからどうするかなんてまったく解らないけど、皇紀さんの傍にいたい。
「俺、真剣だし、後悔もしてない。ただ、皇紀さんが好きで好きで仕方ないだけだ」
「・・・この世の中、好きだけじゃどうしようもないだろ!」
「なんで? それ以外にどうしろっての? 好き以外のなにで、人と付き合うんだよ?」
「そんなもの・・・子供には解らないだろうけど、いろいろある!」
「子供子供ってさ、聞き飽きた」
「お前は理解してないから何度でも言ってやる、子供は嫌いだ!」
「うそつき」
「う・・・・そ、じゃない」
皇紀さんの視線が揺らぐ。
嘘だ。皇紀さんは、俺が好きだ。てか、そうでも思ってなきゃ、思い込んでなきゃこんなこと言えるはずねぇだろ。
「一緒に居てよ・・・俺を切り離そうとするなよ・・・そしたら、俺、もう我が儘言わないから」
「・・・・・・」
考え込んだ皇紀さんを俺はもう一度抱きしめる。
腕の中にすっぽり納まるのに。今は腕の中に居るのに。
ちっとも安心できない。いつか皇紀さんは俺を捨てていってしまうんじゃないかって、不安でしょうがない。
抱いても抱いても、俺の欲求は尽きない。
何度泣かせても、皇紀さんはすぐに冷静に戻る。俺と一緒に夢を見ない。
それが大人だって言うのなら、俺は大人になんか一生なれない。
あと10年生きて、皇紀さんの隣に居ても、俺の欲求は尽きていない。
皇紀さんが、今の俺くらい想ってるって解ったら・・・・・だめだ。想像出来ねぇ。
俺を好きで好きで、離れたいくらい好きな皇紀さん。
その皇紀さんが俺は、胸が苦しくなるくらい、好きだ。
腕の中ので皇紀さんが震えている。
・・・・泣いてるのか?
なんで?
「こ・・・皇紀さん?」
皇紀さんの視線は強い。
俺を射抜くくらいの強い目だ。それは涙に潤んでても、変わらない。
やべ・・・これに、俺すげぇ弱いんだけど・・・
俺はその目を嘗めて、口付ける。
目を閉じた皇紀さんが扇情的で・・・止めれるほど俺は大人じゃないって、皇紀さん解ってるよな?
「ん・・・恭、司・・・っ」
すぐに快楽に溺れる皇紀さんは、このときだけは一番素直だ。
可愛くてかわいくて、俺のほうがどうにかなりそう・・・
俺は強く腰を押して、皇紀さんの中に何度も突き上げながら、
「皇紀さん・・・言って?」
「あ、やぁ・・・っ恭司、きょう・・・っ」
「言って、なぁ・・・俺を好きだって、言えよ・・・」
「や・・ああぁっ」
「皇紀さん・・・頼むから」
卑怯だとは思うけど、でも聴きたい。言葉で聴きたい。
「皇紀さん・・・」
「あ・・・っす、き・・・っ」
「なに? もいっかい」
「好き、だから・・・っあぁっ! 恭司・・・!」
「俺も・・・俺も、すげぇ好き・・・皇紀さん・・・っ」
柔らかなベッドは不快な音を上げない。
あれも・・・結構好きだったんだけど。動いた分だけ揺らぐこれも・・・でもまぁ、いいかな。
どうあったって、皇紀さんに変わりはない。
やってもやっても終わらない。俺の欲求は尽きない。
皇紀さん俺、焦がれるって意味、今初めて解った気がする。
絶対、手放すつもりねぇから。
だから皇紀さんも、そろそろ覚悟決めてくんねぇかな?


fin



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