欲求不満  1





柔らかいベッドは凄く気持ちがいい。
今まで寝てきたどのベッドより、これが気持ち良い。おまけに腕の中には皇紀さんがいてくれる。これってすげぇ幸せなことなんじゃねぇの?
俺はこのまままどろんでずっと寝ていたかったのに、腕の中で動き始めたのは、絶対年上なんか嘘だってくらい綺麗で可愛い皇紀さん。
言ったら鉄拳が飛んでくるから言わないけど。
おんなじ野郎のはずなんだけど、すげぇ華奢。そりゃ女ほどじゃないとは思うし、女に見間違えたりはしないけど、俺に比べたら全然細い。しかも男とか女とか関係なく、すげぇ綺麗だ。
抱ける、とあの時思ったし、嵌ると感じた。それは今も変わらない。
皇紀さんは俺の腕を押し上げてベッドから這い出ようとする。俺をきつい目で睨みつけて、
「・・・いい加減に離しなさい!」
んなこと言われても。そんな顔すらそそるのはどうしたらいいわけ?
「・・・今日日曜じゃん・・・もっとゆっくりしてようぜ」
「昨日から! 仕事から帰ってきてからずっとしてるだろう! 僕は疲れてるんだよ、ちゃんと休ませろ」
「だって皇紀さんが全然帰ってこないからじゃん」
「仕事が忙しいんだ、学生とは違う」
「そんな仕事辞めれば?」
皇紀さんはいつも忙しそうだ。グラフィックデザイナーらしいけど、実際どんなことやってんのか俺には全然分からない。家で仕事をしているところなんか見たことないし。
平日残業当たり前、泊り込みすら日常茶飯事。週末だって休日出勤を当然のようにしている。
綺麗な顔が、日に日にやつれていって益々扇情的に・・・て、だから嫌なんだよ! そんな顔、会社で皆に見せてんだろ? ぜってーやばい。
俺、ただ待ってるだけしか出来ないでいいのか?
会社に乗り込んで行きたい・・・
でもそんなことしたら・・・・考えたくないな。
皇紀さんはじろり、と俺を睨みつけて、
「どうしてお前にそんなこと言われなきゃならないんだ?」
「だってどう見たって、おかしいじゃん、働きすぎだろ? 労働基準法無視してるって!」
「・・・お前にその法律の意味が解っているとは思えないけど、確かにそうだろうな」
「なら! 辞めればいいだろ!」
「いやだ」
きっぱりと言われて、へこむ。
なんで!
「僕が好きでしてる仕事だからだ」
そう言われて、綺麗な顔が一層綺麗で。
俺に何が言えるはずもない。確かに俺はまだ気楽な学生でやりたいことなんかなくて、就職もどうしようかとか未だ決めていない。
好きで好きでやりたいことなんか、ない。
皇紀さんのように出来ないかもしれない。今の俺に言えるのは、皇紀さんが好きってことだけだ。
皇紀さんはどうしても、諦め悪く俺を離そうとする。
抱かれて泣いて喘ぎながらも俺を振り切ろうとする。そんなこと、出来るはずがないのに。
どうなったって、俺が皇紀さんを忘れるはずも離れられるはずもないのに。
確かに、男の身体は新鮮には思うけど。でも、それでも野郎なんか普通抱きたいなんて思わないだろ。皇紀さんだから、こんなに欲情してるのに。
綺麗なくせに性格悪くて手が早くて怒りっぽくて、でも泣き虫で寂しがりやで怖がりな皇紀さんだから、俺こんなに嵌ってるんだけど。
一生嵌ってる自信があります。
だから、もう俺を切り離そうとか思うなよ?
つまんない嫉妬だって、俺は何度もしてしまうだろうけど、その度に皇紀さんを困らせるかもしれないけど。
でも、この新しいベッドが来たとき、俺本気で嬉しかった。
誤魔化してても、俺のこと考えてくれてる皇紀さんが、本気で嬉しかった。
ベッドからさっさと降りた皇紀さんはシャワーへと向かう。付いて行きたかったけど、絶対怒られるから止めた。
一緒にお風呂に入ったのは、最初の一度きりだ。あれ以降、何が何でも皇紀さんは了承してくれない。嫌われたくないから、大人しくしているけどでも、ちょっとキレたらすっとんで行きそう・・・
「恭司、シーツかえておけよ」
シャワーから出て来た皇紀さんはシャツにジーンズの格好でキッチンに向かう。そういえば、腹が減った。
用意してくれるのはいつも皇紀さん。俺に料理は期待するだけ無駄だと知っているからだ。俺が出来るのはたまにデリバリーを取るくらい。仕方なく俺は汚れたシーツを剥がして、新しいものにかえた。
汚れたものを抱えて洗面所に向かい、シャワーを浴びるついでに洗濯機に放り込む。俺が出来るのはこれくらいだ。
シャワーを浴びながら食事を作ってくれる皇紀さんを考える。
「・・・・どうして作れるんだろうな」
昨日まで、散々に抱き続けたはずだ。
もう体力が無い、と言い張る皇紀さんが翌日立てなかったことなどあまりない。最近はとくに俺も自粛しよう、と考えているから・・・それにしたって平然としすぎだ。
初めのあの立てない、って言って怒ってた皇紀さんは・・・・酔ってたからか? 二日酔いのせい?
あれもすげぇ可愛くて・・・・やべ、考えたら反応してきた。
平然として何もないようにキッチンに立って、まったく三十超えてるように見えない皇紀さん。
今まで、マジでどんな相手とどんなセックスしてきたんだろう。
どんな体位をさせても、皇紀さんは恥ずかしそうだけど初めてじゃない。
・・・・むかついてきた。
俺はシャワーを終えるとキッチンに立つ皇紀さんに思い切り抱きついた。
「うわ!!」
包丁を持っていた皇紀さんを後ろから抱きしめる。どうしようもなくなって抱擁したつもりだったのに、聞こえてきたのは皇紀さんの低い声。
「お前・・・刺し殺されたいのか?」
「・・・皇紀さんにならいいよ」
「なら、二度とオイタが出来ないように切り落とされたいのか?」
「・・・・・・・」
その声が真剣に聞こえて、俺はしぶしぶと手を離した。
どうしてそんな酷いことが言えるんだよ・・・・
想像して俺はなんだかそこを切り落とされたように痛くなってきた。
1DKのこのマンションで、皇紀さんの部屋にはテーブルはない。床に小さめの机があるだけで、皇紀さんはここで何もかもをしてしまう。もちろん食事もそこでだ。
俺は出来立てのパスタとガーリックトーストを出されて、かなり腹が減っていたことを実感した。
「お前は本当に、よく食べるな」
そう言う皇紀さんと俺の量は歴然と違う。それでも皇紀さんは俺が食べる分だけいつも用意してくれる。
食欲もあるけど、皇紀さん俺・・・・性欲もまだまだあるみたいなんだけど。
それでもその日はもう何もしなかった。
本当に皇紀さんが疲れていると思ったからだ。俺的には・・・まだしたかったんだけど。
翌日、俺は大学構内のカフェテリアで資料を食い入るように見た。
端に座っていた俺の周りに、いつもの友人たちが集まる。
「恭司? なに見てんの・・・?」
「・・・え? 会社概要・・・て、就活?!」
一人が一冊のパンフレットを見て驚いた。それからテーブルに広げられた資料を端から見て、
「・・・節操ねぇ〜」
と呟く。それは、俺もそう思うが、
「ほっとけ」
俺は一言返す。仕方ないだろ、なにがしたいとか思いつかなかったんだから。とりあえず少しでも興味があるものを資料室から浚って来たのだ。
今年で四年になるが、俺は未だに就職活動に手を付けていない。周囲を見ても焦らなかった俺は、今すごくどうしようもない気分だ。
それはやっぱり・・・皇紀さんに触発されてるんだろうな。
学生のままの俺は、いつまでも皇紀さんには勝てない。フリーターでもいいかな、と思っていた俺が真剣になっているのは皇紀さんのせいだ。
やりたい仕事について、皇紀さんに追いついて、もう俺から離れたりしないようにしたい。
俺、どうしてこんなに嵌ってるんだろ・・・


to be continued...



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