愛し愛され  ―皇紀―  1





突然言われたその言葉に、全身に稲妻が走ったようだった。
でも、動けなかった。
固まってしまって、手も震えていない。
皇紀はそれをいいことに、自分の高いプライドを護った。
「・・・そうか、仕方ないな」
「・・・そう、言うのか?」
「他に、どう言うんだ?」
「・・・・・」
俯いてしまった相手から、視線を外さず、
「子供には、父親が必要だ。父親のいない僕が言うんだから間違いない」
体中が震えているはずなのに、それが表にでない。
声すら、震えていないことに、皇紀は驚いていた。
「立場上、おめでとうとも、お祝いにもいけないけれど、許してくれよ」
「許すって・・・」
俯いていた顔を起こして、皇紀を見る。
「お前、それでいいのか?」
「どうすればいいんだ?」
「・・・・」
「お前が、したことだろう?責任取れよ」
「皇紀・・・」
「責任、取るつもりで、俺に話したんだよな?」
ゆっくり頷かれて、皇紀は大きく息を吐いた。
「・・・じゃぁ、もう逢うこともないだろうけど、元気で」
「皇紀」
その声に未練を感じて、皇紀は睨みつけた。
「・・・・楽しかったよ」
それだけ、言い残して席を立った。
二人でよく通ったカフェだった。
そこを出て通りを抜け、駅に近づくにつれ、頬が濡れているのに気付いた。

愛していた、と本気で思う。

学生の頃から、すでに自分の性癖を理解していた皇紀は、何度か相手を代え、やっと、巡り逢えたんだと思った。
その相手に、今、振られた。
彼女に子供が出来たらしい。
彼女がいたことも、知らなかった。
愛し合っていると思っていたのに、そうではなかった。
珍しかっただけなのかもしれない。
嫌われたくなくて、しつこくしないようにはしていた。
それが、仇になったのだろうか。
皇紀はそれから、足を止め、方向を変えた。





タクシーを降りて、部屋に向かうその足取りは、自分でも怪しいと、皇紀は思った。
何度も、壁にぶつかりながら、それを頼って部屋に向かう。
マンションの三階に上り、一番奥の自分の部屋は、いつもより遠く感じる。
その部屋に近づいて、目の前に誰かが居るのに気付いた。
あの男ではない。
別れたあいつではない。
そう思って、酔った身体で頭も酔ってる、と思った。
「・・・大丈夫か?」
声をかけられた。
よろけた身体を、大きな手が支えてくれる。
「・・・っぶね、ちょっと、マジで大丈夫かよ」
皇紀はその相手を見上げて、眉を寄せた。
どこかで、見たことがある顔だったのだ。
「・・・誰?」
「誰って・・・あんた、310の人だろ?俺、その隣」
「ああ・・・おとなりさん」
その、隣の人間に支えてもらいながら、皇紀は独りで立ち上がろうとした。
しかし、一度力を抜いた身体はどうやっても立とうとしない。
「ちょっと、酔ってんのかよ」
「ん?うん・・・そうみたいだ」
回転の遅い頭は、素直に頷く。
「ったく・・・」
その男は皇紀の身体をまるで荷物のように抱えた。
「おい、鍵」
すぐにドアの前まで歩いて、皇紀にそれを出すように言う。
「かぎ・・・えっと、どこかな・・・」
皇紀は荷物のように肩の上に担がれたまま、自分の身体を捜した。
ようやく見つけて、ズボンのポケットから取り出すと、皇紀の手から奪って、男は皇紀の部屋に入る。
玄関で皇紀の靴をそのまま脱がせて、落とし、部屋に上がる。
広めのフローリングの部屋に入り、ベッドの上に皇紀を降ろす。
「・・・ほら、飲めよ」
自分の部屋のように、男はコップに水を汲んで、皇紀に差し出した。
「・・・・お酒じゃない」
「ったりめーだ、飲めよ」
「・・・嫌だ。お酒がいい」
「いやって、あんたな・・・」
男は皇紀の前に座り込み、皇紀を睨みつける。
「なんで飲んで帰ってきてまで酔っ払いの相手しなきゃなんねーんだ」
「・・・飲んだのか?」
「そうだけど」
「じゃ、まだ飲もう」
「は?」
「ビールがあるよ、冷蔵庫、ほら、取って」
皇紀はベッドの上から、キッチンに見える冷蔵庫を指した。
「取って、じゃねぇだろ・・・もう、駄目だっての」
「飲み足りない・・・」
「いいや、酔ってるだろ、いい加減」
「そんなことない」
酔っている目で、そんなことを言われても信じるものはいない。
「いいから、寝ろよ、もう・・・」
ため息を吐いた男に、皇紀は俯いて、
「・・・ひとりで?」
「・・・・・」
男は当たり前だろ、と言い返せなかった。
「飲んでくれないのなら、一緒にいて欲しい」
皇紀はその手を取った。
大きな手だ、と思った。
細身の自分とは、全く違う手だ。
「・・・お願い」
「・・・俺、男と寝たことないんだけど」
「いいよ・・・俺がするから」
皇紀は酔っていた。
でなければ、いくら振られたばかりでも、言えることではなかった。
ベッドの上に誘い、その大きな胸に口付けた。
皇紀は今、誰かが欲しかった。
悲しみを埋める何かが、欲しかった。
ただ、それだけだ。
それが、誰でもいい。今、目の前にこの男がいたから、そうしただけ。
今の皇紀は、後のことなど、全く考える余裕はなかった。
思い切り抱きしめてもらって、思い切り泣きたかった。
それだけを、求めた。


to be continued...



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