恋愛シーソー 延長戦1





   ――やめて、沢田さん、やめて、
   止めてやれない。
   ――い、たい、痛い、はい、らな、い、から、・・・っああぁっ
   入る。
   入った。
   キツイ。
   ――ま、ま・・・って、いた、う、うご、か、な、
   動く。
   動きたい。
   もっと、深く入りたい。
   もっと、奥まで・・・・シノ?
   どうして、そんな顔で泣いているんだ?



「・・・・・っっ!」
がばり、と沢田は身体を起こす。
起こしてから、自分が寝ていることに気付いた。
ベッドの上で上体を起こして、異常なほど早く動く心臓を、これは自分の心臓か、と確かめてしまった。
冷や汗が背中どころか、額から流れて顎を伝った。
それが下に落ちたのを見て、ようやく現在の状況を把握する。
自分のベッドに寝ていた。
鮮明に脳裏に残っている記憶は、夢だ。
しかし、現実だったのかもしれない。
何故か、不意に思い出してしまった、思い出せなかった記憶かもしれない。
秋篠を抱いた、記憶だ。
沢田はそう自覚したとたん、顔の温度が異常に上がるのが分かった。
真っ赤になった顔で、今更ながらにどうしよう、と慌ててしまう。
そのまま自分の周囲を見渡して、またベッドが揺れるほど驚いた。
「・・・っし、?!」
秋篠がそこにいたからだ。
けれど同じベッドで寝ていたわけではなく、沢田も服を着ているし秋篠も着ていた。
沢田の寝ていたベッドに頭を乗せて、床に座り込んで目を閉じている。
眠っているのだろうか、と呼びかけた名前を慌てて手で押さえて止めた。
しかしベッドの揺れで気付いたのか、少し身動ぎをして秋篠が目を開ける。
「・・・・・・」
「・・・・・?」
顔を上げて見上げてくる所作を、息を飲んで見つめていると、秋篠は少し首を傾げて、その右手を伸ばしてきた。
「っ、な、に?!」
「じっとしてください」
思わず引いてしまう身体を、引き止めるように引っ張られて、その手が自分の額に触れるのを、まるで子供が虐待の手を待つかのように目を閉じて脅えてしまった。
「・・・ああ、熱、下がりましたね」
「・・・・・え?」
額に触れた手は、そう呟くとあっさりと離れてゆく。
我儘なもので、そうなればなったで何故か物足りなくつまらない気持ちになる。
「すみませんが、勝手に部屋を漁りました。着替えを見つけたので着替えてください。だいぶ、汗を掻いたでしょう?」
「・・・・う、ん?」
言われるままに差し出されたシャツとジャージのズボンに、沢田は身体を通す。
脱いだ服は本当に、汗を吸って湿っていたのだ。
「喉も渇いてるでしょうから、これ、どうぞ」
次に差し出されたスポーツドリンクのペットボトルを受け取って、その通りだったので半分ほど一気に飲み干す。
それでどうにか起きたときの心臓も落ち着きを覚えて、沢田はようやく秋篠の行動を冷静に見た。
沢田の脱いだ服を洗濯機に放り込んでいる。
まるで奥さんみたいだ、と考えてエプロンを着けて自分に傅いてくれる新妻を想像して危うく鼻血を噴出しそうになってしまう。
そこからまた冷静にならなければ、と思考を巡らせるけれど、この状況を説明できるものが浮かんでこない。
ベッドに座り込んで新に背中へ汗が流れたとき、秋篠が苦笑して、
「体調はどうですか?」
「・・・体調? 俺の? 別に・・・なんともないけど?」
改めて自分の身体を見ても、変化はない。
少し気だるいような気もするけれど、秋篠が目の前にいるお蔭で気分も悪くない。
しかし、どうして秋篠がいるのかが解からなくて落ち着かない。
「沢田さん、昨日、熱を出してそのまま寝込んだんですよ? 勉強をしようと思って、僕が来たのに・・・仕方ないので、そのまま付いていましたけど、病院なんかは行かなくても平気そうですね」
「・・・熱?」
言われて、驚いた。
そんな自覚はまったくないのだ。
しかも、秋篠が勉強をしにここへ来てくれたことも、覚えていない。
確かに週末、秋篠と話をしたいから、と羽崎に土下座する勢いで伝言を頼んだ。
その時は、どうやって謝ろうかとか、どんな風に言えば秋篠は自分の気持ちを受け入れてくれるのだろうかとか、もし沢田を好きだと言うなら、素直になってはくれないだろうかとか、自分の未来を暗くならないように考えていたのだ。
しかし、当日になって秋篠が部屋に来たことすら覚えていない。
沢田のその表情で、秋篠にも通じたのか、本当に情けないような顔をして溜息を吐かれた。
「本当に・・・沢田さんの記憶って、どうなっているんでしょうね?」
昨日のことを全然覚えてもいなければ、あの行動に自覚もないのか、と詰られる。
「・・・昨日?」
確かにこの部屋に、二人っきりだったのだ。
沢田はそこで慌てた。
二人で、せっかく二人っきりで、何をしたのか覚えていないなんてすごく損をした気分だった。
情けないけれど、それを聞こうとしても秋篠は諦めたように首を振って、
「もう、いいです。あれは聞かなかったことにします。なかったことにします。どうせ、何も覚えてないんでしょう」
「う・・・・っ」
沢田は図星なことに声を詰らせたけれど、それでも新たなことが分かった。
秋篠が、どことなく態度を変えていることに気付いたのだ。
つい昨日まで、沢田を警戒しきっていて声を聞くのも顔を見ることすら嫌がり、沢田の言動などまったく意味を成さないものとしていたのに、今目の前にいる秋篠はちゃんと沢田の隣にいた。
声を聞いて、顔を見て、想いが通じている。
いったい昨日の自分は何をしたのだ、と焦れながら、嬉しく思わないはずはない。
思わず抱きしめたくなってしまう腕をどうにか抑えて、
「・・・いや、でも、思い出したことは、ある」
「なんです?」
本当に、なんだろう、と見上げてくる秋篠は無邪気で、まるで沢田の強姦事件などなかったころのようだった。
そう見つめられては言い出しにくいな、と思いながらも正直に口を開いた。
「シノを、抱いたときを、思い出した」
「・・・・・っ」
「ごめん、本当に、悪かった。抵抗してたよな、なのに俺・・・」
抑えられなかった、と真っ赤になった秋篠に頭を下げた。
さらにその夢でまた興奮してしまったことはさすがに言えなかった。
真っ赤な顔で恥じらいを見せる秋篠に、また欲情してしまいそうだった。
そんな沢田に気付いてもいないのか、秋篠は怒りを顔に出して、
「もう、言わないでください! 忘れたいんです・・・!」
本当に、なかったことにしたいようだった。
けれど沢田は首を縦に振ってやれない。
忘れられるはずが、ない。
「無理だ。あんなやり方でも、お前を抱いたことが忘れられるはず、ない」
「・・・っ忘れてたくせに!」
「思い出したから、もう」
「もう一度忘れてください!」
「だから、無理だって。なぁ、シノ?」
沢田は顔の赤色が他の場所にも移ったような秋篠の手を取って、自分と同じベッドに座らせる。
抵抗を見せたけれど、強く引けば抗わないほどだった。
「俺を好きだって、言って」
「・・・っまた、貴方はそういう・・・!」
羽崎が漏らした事実は、本当なのだろうか。
秋篠は、こんな沢田を本当にまだ、好きでいてくれるのだろうか。
不安もあって沢田は何度も聞いてしまう。
何故か口がその口調を覚えているように思うのは、やはり昨日秋篠が来たときにそう言っていたからかもしれない。
そして同じように、秋篠は迷惑そうに眉を顰めていたのかもしれない。
「なぁ、俺は、シノが本気で好きなんだけど・・・シノは?」
「・・・・っ知りません!」
「もし、嫌いなら、嫌いって言えよ。そしたらもう、俺、お前の前から消えるし」
「・・・・・・っ」
本当に、その通りにしようと思った。
沢田はそれくらい、秋篠に執着しているな、と自覚もあったのだ。
けれど、秋篠の変化もはっきりしていた。
「・・・・そ、んな、の・・・っ」
怒りが混じって赤かった顔が、一気に熱を失くすように青ざめ、感情の変化を必死で抑えようとして顔が歪むのを唇を噛んで堪えている。
しかし、目尻が熱くなっているのが間近で見る沢田にも分かった。
「・・・ずる、い・・・っやっぱり、沢田さん、ずるい・・・っ」
何だその顔は、と犯罪的に可愛い、と言いそうになるのを沢田は必死に堪えて、その代わりに腕の中に細い身体を抱きしめた。
「好きだよ、シノ」
「・・・・・」
「すげぇ、好き。俺が本気だって、じっくり時間かけて教えてやるから、だから逃げずに、俺を見ろよ」
「・・・・・っ」
「俺を、好き?」
腕の中で、顔を見られないことを好都合のように肩に額を乗せてくる秋篠に囁いた。
どっちがずるいんだ、と沢田は思わず罵りたくなる。
こんな胸を掻き毟りたくなるような行動をされて、沢田の何を試しているのだ、と詰め寄りたくなる。けれどそれを耐えて、
「・・・言わなくてもいいから、好きだったら、嫌いじゃなかったら、頷いて」
「・・・・・」
「シノ? 嫌いじゃ、ないだろ・・・・?」
懇願に近い質問だった。
秋篠の髪の毛が、柔らかなそれが、肩口で小さく揺れたのを見たとき、沢田はもう死んでもいいかもしれない、と思うほど歓喜した。


to be continued...



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