恋愛体質  1





「薫・・・? いい?」
確認するように囁いた俺の声に、小さく頷く。でも泣きじゃくってる顔は
「・・・っやぁ・・・っ」
そして否定の声を上げる。
「どっちだよ」
からかった声で笑うと、少し首を振って俺を見上げて、
「先輩・・・・」
吐息のような声。
おい・・・卑怯だろ。
この顔に一番弱い俺。しかもコイツは無自覚だ。尚更タチ悪い。
我慢できなくなって、細い腰を抱えて揺すり始めた。
「あっあ、あぁっ」
声が響くたびに、俺の理性もなくなっていく。
あれだけ拒んでいたくせに、こんなにも敏感な身体になって・・・どうする?可愛すぎなんだよ、お前は。
マジで俺、なんでこんなに嵌ってんだろ?こんなに惚れたことないし、どうしようか。
俺、マジでお前を抱き殺しそう・・・・・





最初に聞いたのは、授業中に来たクラスメイトからのメール。
『お前、一年と今付き合ってんの?』
「・・・・?」
今、俺は誰とも付き合ってもねぇし、最近したのは・・・・結構前だ。
あれ?どれっくらい前だっけ?
羽崎が事故って入院して、そのあとでナンパした相手と遊んで・・・うわ、一ヶ月くらい、してないかも。
新記録かな。
『ナニソレ』
メールを返すと、またすぐに返ってきた。
『噂では、編入してきた一年とかなりラブラブらしいな、お前』
「はぁ?」
思わず、声が出た。
「こら菊池! なにやってる?!」
教壇から教師の睨みが飛んでくる。しまった。授業中だった。
「丁度良い、ついでにこれを解け」
黒板を示されて、しぶしぶと立ち上がる。俺にメールを送ってきたヤツが視界の隅で声を殺して笑ってる。
ああクソ、お前のせいだろうが!
俺は数式に頭を捻りながら、相手を問い詰めることを決めた。





イガラシカオルは以外にも、可愛かった。
戸惑っているのは、表情から解る。こんな顔だったら、忘れるはずがない。
やっぱり、見たことないよなぁ・・・?
いつも溜まらせてもらってる美術準備室に連れ込んだ。午前中はここの管理人である講師、安堂はいないはずだ。
慣れたソファに座らせて、間近で見てもやっぱり覚えていなかった。はっきり訊いた俺に、薫は今と変わらない素直さで頭を下げた。
曰く、とっさの言い訳に使わせてもらった、と告白した。
「あの・・・クラスメイトが、付き合ってる人を取らないでとかなんだかよく解らないことを言って・・・困ってたので、安心させるために、その
とき目に入った、先輩と思わず付き合ってるから、と・・・」
「・・・・俺と?」
「はい・・・すみませんでした」
深々と頭を下げてくる。
そしてそのうち、噂は消えるから放っておいてくれ、と。
俺がこの時思ったのは、 『勿体無い』 だ。そうだろ?
サラサラの黒い髪と、幼い顔。黒目の大きい目と紅い唇。喘がせたらさぞ、楽しいだろうと思ったんだ。
こんな一年が居たとは知らなかった。だからこのときは、薫のついた嘘に感謝した。
喰わないなんて、有り得ないだろ。
最後までするつもりはなかったけど、味見くらい、と思って押し倒してしたキスに、薫は泣いた。
唇は思ったよりも柔らかくて、俺は貪欲に舌を絡めて夢中になってしまった。
俺の肩口に置かれた手が、震えているのに気付いてやっと離したときは・・・今思えば、このときに落ちたんだと思う。
決壊が破れたように涙を溢れさせて泣き出した薫に、俺は動揺してしまった。
思わず、子供をあやすように抱きしめて落ち着かせようとした。子供をあやすってのは、正解かもしれない。
あれは大人が機嫌を直して欲しくて、どうにか許して欲しくて泣き止んで貰いたくて、する行為だ。
俺は、どうしても泣き止んで、そして許して欲しかった。
頼むから、泣かないで欲しかった。
泣きやんだ薫を、手に入れようと思ったのはきっと本能からだ。
どこかで、手放したら後悔すると感じていたんだ。
ただ、俺は今まで断られたことがなかったし、このときも断られるとは思ってなかったから――――
俺の呼び出しを無視して、逃げ出した薫に本気で怒りが湧いた。
許せるはず、ないだろ?





俺はおおいに笑われた。
もちろん、遠慮なんかない悪友どもに、だ。今まで振られたことのない俺は、ちょっと大人気なかった。
子供だった。
人生思い通りになるなんて、ふざけたことをどこかで当たり前に思っていた。
昼休みに迎えに行くと、怯えた薫が出て来た。
どうやら、逃げたことはやばかった、と思っているようだ。でも俺がそれで許すはずもない。
思い切り見せ付けて、遊んでやろう、と決めていた。

なのに、泣くのは反則だろ・・・・・

俺の持ってた、くだらないプライドもなにもかも、一瞬で崩れた。
なんでこんなに、俺が苦しいんだよ?
見せびらかすように悪友に引き合わせると、こいつらは俺と一緒で根性が悪い。思ったとおりつついて一緒に遊んでくれた。
帰るといい始めた薫に、まだ許すつもりはなく。
でも、その大きな黒目の中にいっぱいに涙が浮かんで、俺を睨む。
思わず、手が緩んだ。
「・・・・っ」
逃げ出した薫に、思わず叫んだ。
でも、薫が止まるはずはない。
「や・・・っべ」
うろたえた。マジで、どうしたら良い?
泣かれるのがこんなにも苦しいなんて、思ってなかった。
思い出したように追いかけた俺は、その醜態を友人に見られたことを思い出すのはかなり後になってからだ。

・・・・・失敗した。

認める。
俺は、惚れてる。
この会ったばかりの子供に、マジで惚れてる。
腕の中に抱いて、その体温を確認して、ほっとしてる自分に驚く。
ああ、好きって、こんな感じだ。抱きしめて、安心して、嬉しい。
逃がすもんか。絶対に。離さない、この手は。
ただ、このときの俺は浮かれすぎて、薫の実態をまるで知らなかったことを少し後悔する。





嘘だと言われた。勘違いだと言われた。思い込みだと言われた。
おい・・・・・こんな振られかたって、あるか?
俺が恋愛に関して間違えるはずもない。
いいな、と思ったら手を出すし、こんな苦しい気持ちが好き以外に有り得ないと充分知ってる。
なのに、どうしてこいつは信用しない?!
俺がこんなに素直に言っているのに、自分を自分で「なんか」と言う薫。
どうして、この顔でそこまで卑屈になるんだ?
薫の真意を知らないこのときの俺は、どうしても答えが欲しかった。
嘘でもいいから、俺を好きだと言って欲しかった。
恋愛なんかしたことがない、人を好きになったことがない薫が答えれるはずはない。
戸惑っているのは解る。
でも俺は自分の思いを抑えられない。
段々と怒りが込み上げてきた俺は・・・・・また、今でもこの選択は酷いよな、と思うことがある。
「抱かせろ」と言った俺に素直に付いて来た薫にむかついた。
性急に貪りたくて態度も悪く弄っても抵抗しない薫にむかついた。
薄い胸の上を這って、綺麗な身体を確認して、でも身体は硬い。肌が粟立って、呼吸も震えているのも解る。押し殺したような声が聞こえる。それでも身体に力を入れて、堪えている。
勘弁してくれ。この状態でしろって言うのか?それでもお前は、我慢するって言うのか?何をするのか全く知らないままで、これからどんなに酷いことされても、耐えるって言うのか?
知らなかった。
俺って結構純情だったんだな・・・・
身体は欲しい。すごく、抱きたい。
このアングルで留まっている自分がすごく不思議なくらいだ。
でも、俺のことなんか全然好きじゃなくて、ただ罰を受けようとして抱かれる薫なんて、嬉しくもなんともない。楽しくもない。やってられるかよ。いっそ最低だと罵ってくれればいい。
抵抗してくれたら、俺はもうお前にかまったりもしないのに。

俺、マジで惚れてるんだなぁ・・・

どうにかやっと、俺の気持ちを理解してくれた薫だけど、それでも俺のものにはならない。
なんだって俺、こんなにややこしいヤツに惚れたんだ?
どうにか、脈はありそうだ。けど、それだけだ。
それだけのコイツを、もう誰にも渡したくない。
そのとき、一応「付き合う」ことを承諾させたけれど、俺の苦労はここからだ。
俺はまだ、少し薫を甘く見ていた・・・・・
この俺が!
こんな相手に振り回されているなんて・・・・
ああまた、あいつらに遊ばれるな。

  それでも腕に抱きしめた薫を、離す気にはなれなかった。


to be continued...



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