恋愛皆無  5




荒く塞がれた唇に、僕は息が出来なくて思わず菊池のシャツを握りしめた。
それに気付いたのか、一度唇を離して僕が息を吸い込むと、また柔らかい唇を重ねられた。
唇って、こんなに温かいものなんだ。
滑り込んできた舌は、もっと熱い。
僕の舌を絡め取って、付け根まで押し込まれて。
「ん・・・んっん」
苦しい。
大きく口を開けてないと、息が出来ない。口の中に溢れた唾液を飲み込めない。口の端から零れて、顎に伝う。
ど、どうしよう・・・汚い?これって、このままでいいのかな?
力を込めて瞑っていた目を開くと、目の前に菊池の顔があった。
菊池も目を開けていて、視線が重なる。
「・・・あ」
また深く口付けられて、目を閉じた。
僕はどうしたんだろう。すごく、ふわふわしてる。身体に力が入らない。
実際、菊池に掴まえられてないと崩れ落ちてしまいそうだ。
絡んでる舌が気持ち良くて、このままもっとしていて欲しい。
キスって、こんなに気持ち良いものだったんだ。
「ん・・・っふ、・・・ん」
鼻から抜けるような声が響く。
これって・・・僕の声だよね?本当に?
そう思っていると、唇が離れた。
塞ぐものもない口で、大きく息を吸い込む。やっぱり、ちょっと苦しかった。
「は、ぁ・・・っ」
「・・・・薫」
呼ばれて見上げると、菊池の濡れた唇が目に入る。
うわぁ。そっか、やっぱり、濡れるよね・・・
すると菊池の顔が少し歪んで、
「お前・・・」
「ん、」
ぐい、と唇を手で拭われた。
あ、唾液で汚れてたのかな。やっぱり。
そう思って、自分でもごしごしと唇を擦った。
「・・・・・なに、それ」
「・・・え?」
もう一度視線を向けると、今度は憮然とした顔で僕を見ている。
少し、怒ってるような、顔だ。
「それ・・・どういう意味だよ」
「・・・なにがですか?」
意味? それって、何を指してるんだろう。
「嫌だったのかよ、んな、汚いもんが触ったみたいな・・・」
「はい?」
「嫌なら、抵抗すればいいだろうが、大人しくされやがって・・・」
「ええ?」
嫌?
僕が?
別に、嫌でもなかったし、キスは気持ち良かったのに・・・
「別に、嫌じゃなかったです・・・気持ち良かったし。キスってあんなに気持ちいいんですね」
「・・・・・」
素直に僕は言ったのに、菊池はまた顔を顰めた。
「なら、なんでそういう行動にでるんだ」
「・・・・僕、なにか・・・」
「今、口拭っただろうが、何度も、変なもんが付いたみたいに!」
「あ・・・ああ、えっと」
解った。それか。そっか、そんなつもりじゃなかったんだけど。
だって、濡れてて汚かったし。
「だって、唾液が・・・飲み込めなくて、先輩に拭かせちゃったから」
「なら大人しく拭かれてろよ! くそ、紛らわしいことすんな!」
傷ついただろうが、と菊池はぼそりと続けた。
「・・・・すみません」
しては、いけないことなんだ。
そうか・・・そういうもの?でも、自分で出したもの、人にしてもらうのはどうかと思うし。
改めて菊池を見ると、なんだか不思議そうな顔で僕を見ていた。
「・・・?」
どうしてそんな顔してるんだろう?
辛そうな・・・悲しそうな?悲しい? というより・・・あ、切ない。
僕はぴったりの言葉を思いついて納得した。そう、切なそうな顔だ。
どうしたんだろう?
「先輩・・・・」
首を傾げて、覗き込む。
どうしてそんな顔してるんですか?
「お腹減ったんですか?」
「・・・・・っ!!」
そういえば、お昼は食べてないよね。
というより、今何時?
授業・・・始まってるんじゃないのかな?
チャイムも何も聴こえなかったけれど。
訊いた僕に、菊池は一瞬で顔に怒りを戻して、僕を睨みつけた。
「なんでそうなるんだよ!」
「え・・・っだ、て・・・」
お腹空いてるんじゃないのかな。
「お昼食べてないし、切なそうな顔してたから・・・」
「・・・・・鈍い」
呻くように言われた。
鈍い? 僕が? そんなに、鈍くないつもりだったんだけど。
菊池にしてみればやっぱり、鈍いのかな。
菊池は僕を見据えたまま、
「喰いたいよ、すげぇ、喰いたい! ただ、それは飯じゃなくて・・・」
ご飯じゃ、ない?
「お前が、喰いたい」
「僕?」
首を傾げた僕に、菊池ははっきりと言った。
「お前を、抱きたいんだよ!」
「・・・・あ、」
そうか、「喰いたい」って、そういう意味なんだ・・・・・・・・ええ?僕を?!
意味が解って真っ赤になった僕を、菊池はため息を隠さず、
「どうしてお前は・・・・」
「す・・・すみません」
抱きたいって言われて、僕はどうしたらいいんだろう?
抱かれたら、いいんだろうか?ここで?
菊池は眉を寄せて、
「・・・抱かないけどな」
「・・・・どうしてですか?」
「抱いていいのかよ?」
「だって・・・・し、したい、んでしょう?」
言葉が詰まるのは、やっぱり恥ずかしいからだ。
どうするのかは解らないけれど、そういう欲求が男にはあるのは解るから。
「やっぱ、抱かない」
言い切った菊池は目を据わらせて、
「お前、俺のこと好きなのか?」
「・・・・」
言われて、詰まる。
どうなんだろう?好き、なのかな? 確かに、かっこいいとは思うんだけど・・・
よく解らない僕を、菊池はよく解っていた。
「付き合うのは、お前を他の野郎に取られたくないからだし、やっぱりキスくらいしたいからな・・・でも、抱くのは、お前が俺のことをちゃんと好きだって言ってからにしたい」
この菊池のどこが・・・遊び人だって、言うんだろう?
こんなにも僕のことを考えてくれて、真剣な目がすごく綺麗だ。
「抱いたら・・・もう、お前の感情なんか気にせずに俺のもんにしそうなんだよ・・・手放すとか、絶対無理。だから・・・」
「・・・・はい」
「早めに、俺のこと、好きになれ」
「・・・・・・・」
僕は答えれなかった。
ここは、はいって答えるとこ? 答えていいとこ?
僕が戸惑っていると、菊池は少し苦笑するような顔で、
「・・・キス、気持ち良かったか?」
「・・・はい」
それは確かだったので、素直に頷いた。
「・・・もっかい、していいか?」
「・・・・はい」
改めて言われると、恥ずかしかった。
だから俯いたまま答えると、顎を取って上に持ち上げられて、そのまま覗き込まれるように唇が塞がった。
抱きしめられるようなキスは、やっぱり気持ち良かった。


fin



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