恋愛皆無  1





「お前、本当はそんなやつじゃないはずだろ?知ってるよ、ずっと見てたんだから」
そう言ってもらえるのは、僕だったはずだ。





小学校の卒業式で、僕は泣いた。
探さなければ良かった。最後に一目、逢いたかっただけなのに。
分かってるから。
こんな僕が好いてもらえるはずはない。
性格は暗くて、後ろ向きで、自分からなにもしようとも思わないのに、誰かに助けて貰いたがってる、どうしようもない自分。
それでも助けてもらえて、笑顔なんか見せられるから、期待しちゃうんだ。
標準体重を遥かに超えた、肥満児。
虐められる才能だけは、誰にも負けない。
それでも期待していたのは、やっぱり僕が性格が悪いからだろうか。
僕はそのまま逃げ出した。
卒業式の別れで悲しかったんじゃない。
浅はかな夢を見てた自分が情けなくて、この暗い性格が情けなくて、僕は決意した。
絶対に見返してやる。
あの子から何もかも奪ってやる。
性格が悪い僕は、それだけを心に決めて学校を走って逃げた。





幼等部から高等部までの一貫性の私立男子校。
設立がかなり古く歴史あるこの学校は、生徒に差をつけることなくセレブから一般庶民までが気楽に過ごせると人気が高い。
幼等部からの生徒は普通に高校まで抜けることはない。抜けることは簡単だけれど再び入りなおすことはかなり難しいと誰もが知っているからだ。
一度この校風になじめば、もう他の学校では過ごせないだろう。
それほど自由と自立を尊重させた学園だった。
それゆえ、幼等部の競争率はかなりの激しさがある。しかし苦労したのはそこに入れようとした親たちで、今学園で過ごす生徒達はそのおかげを知ってか知らずか、楽しく過ごしている。





 春。
ほとんど持ち上がり同然の高等部の入学式。
幼等部からほぼ一緒に居るので、自然と同級生に知らない人間は居ない。
その生活の背景も、知らないほうが少ないほどだ。
真新しい詰襟。ラインの色だけが中等部とは違うだけだけれど、それだけで一回り大きくなった気がする。
その心落ち着かない空気に包まれた、新入生の教室。
そこで浮いているのは見知らぬ生徒。知らないものなど居ない中で、ただ一人座っているのはかなりの勇気が必要だ。
誰もが気にして、それでいて声をかけれないでいる。気安く声をかけれるような雰囲気は出していない。
毅然とした態度で、媚など絶対に売ったりしない。
それが、僕。五十嵐 薫。
当然ながら、僕を知っている生徒などいない。もし、知っていても今の
僕とは絶対に結びつかないだろう。
僕は変わったのだ。
変貌は、僕の努力の結果、上手いほうへ変わった。
小さかった僕は周りと同じように成長し、どす黒く渦巻く根性だけで余分な肉を落とした。
誰もを見返したくて、性格も外面を覚えた。
ここにいるのは、違う僕。
虐められるしか能がなかった、肥満児なんてどこにもいない。
僕は強くなった。
あの子から奪い返したくて、強くなった。





教室が一段と騒がしくなった。
入り口からそれは広がって、教室は一気に華やぐ。
あの子が来たのだ。相変わらず、誰からも愛されて注目を集める、可愛いあの子が。
「おはよう」
クラスのあちこちから、声がかかる。誰もに明るく返事をしている。
高校生になれた一日目だ。嬉しくないはずがない。
「・・・え? 転校生? うちに?」
あの子も、僕の存在に気付いたみたいだ。響く声は僕の席まで聞こえる。
人を掻き分けて、僕を確認している。
「・・・・編入生なの? うちに?」
人見知りを全くしない彼、瀬厨 真樹。
相変わらず、綺麗な顔は成長して一層一目を引いている。これでは人気があって当然だ。
僕は目の前に来た瀬厨を見上げた。じっと、僕を見返している。
「・・・・なぁ、どっかで、会ったこと、ない?」
戸惑いを隠せない瀬厨の声。
僕は少なからず驚いた。
覚えているの? 気付いたの?
あれだけ虐めていたのだから、当然かな。
僕は笑って見せた。
「・・・名前は?」
「え?」
「君の、名前だよ」
「・・・どう、して」
「僕、小等部まではここにいたんだ、病気療養で中等部は田舎にいたんだけど進学があるから、高校はこっちでと思って」
「・・・え、」
「だから、覚えているかもしれないよ? 名前、言ってみて?」
覚えていないはずは、ないのだけど。
瀬厨、君は僕を覚えているの?
「・・・瀬厨、真樹・・・」
僕は笑った。嬉しそうに。可愛く見えるように。
鏡の前で、すごく練習したんだからね? 君のように笑えるように。
「・・・久しぶりだね、瀬厨くん。僕を覚えてる? 五十嵐だよ・・・」
君が、虐めてくれた、あの肥満児だよ。
「い・・・がらし・・・?!」
驚愕に見開かれた目に、僕は満足した。
やっぱり、驚いてもらわないと。
だって、僕は変わったんだから。





それからクラス中に僕のことが広まった。
少なくとも、小等部までは一緒にいたのに、他には誰も覚えてなどいない。
「まじで? まじでいた?!」
「ええ? うそだろー、お前みたいに可愛かったら、覚えてるって、絶対!」
「病気って、どこが悪いんだ?」
「思い出せないけどなぁ・・・」
口々に僕の周りで言い合っている。
僕は笑ったままで、
「治ったよ? だって、ただの肥満だから」
「肥満? どこが?」
「僕、すごく太ってたんだよね、昔は・・・だからみんな覚えていないのかも」
「うそだって、絶対!」
「そんなに可愛いのに!」
可愛いのと肥満って、どうしてイコールで結ばれないのかな。
でも僕は嘘なんかつかない。
だって、目の前でずっと驚いたままの瀬厨を見れたらもう、充分だから。
虐めていた相手が帰って来たら、そりゃ気まずいよね?
さて、どうでる?
瀬厨くん。
また、僕を虐めるの?
でも、どうやって?
「い、五十嵐、ちょっと・・・!」
息を吹き返したように、瀬厨は僕の手を取った。
そのままクラス中から視線を浴びながらも、僕をそこから連れ出してしまった。





連れて行かれたのは、どこかの準備室。
大きな窓があるせいで、外からの光でとても明るい。
こんなところに連れ込んで、今更なにを言おうっていうの?
昔のことを、謝ろうってゆうんじゃないよね。そんな殊勝な心、君にあるとは思えないよ。
「どうしたの、瀬厨くん、いきなり・・・」
内心を隠して、僕は首を傾げる。
瀬厨は俯いたままの顔を、ゆっくりと上げた。
そこにあったのは苦渋に歪んだ顔。
驚いた。
こんな顔、見たことない。
「ど・・・どうした、の?」
「昌弘を取らないで!」
・・・・・・はい?
「お願い、取らないで!」
「・・・・・あの、」
あのさ、瀬厨くん、ちょっとイチから話してくれないかな。
戸惑った僕に気付きもしない瀬厨は、そのままの勢いで僕に言い募った。
「む、昔虐めたのなら、謝るから! だって、五十嵐に取られたくなかったんだよ!」
誰が、誰を取るって?
瀬厨の言う、昌弘とは原田 昌弘に違いない。
そうだ、あの頃、君からずっと僕を助けてくれていた、あの原田だ。
その優しさに、僕はずっと誤解してて。
あの卒業式の日、原田は僕にじゃなく、瀬厨にあの言葉を告げた。
でも、それは置いといて、この目の前にいる相手は誰?
僕は真剣に驚いていた。
そこには、いつも上から見下していた高慢な瀬厨はどこにもいない。
必死な顔で、半分泣きながら僕に頭を下げる、この相手は誰?
「昔から昌弘は五十嵐のことばっかり気にしてたから・・・思わず虐めてしまったけど、でも本当に、取られたくなかったんだ。酷いことしてたって自覚はあるから、俺にどんなこと、してもいから、でも昌弘だけは取らないで!」
「・・・・・あ、あの?」
「昔から五十嵐は可愛かったし、昌弘が気にするのも仕方なかったし・・・でも、俺はどうしようもなく、昌弘が好きだったから・・・!」
泣きながらに縋る、瀬厨なんて見たことない。いや、想像にもしたことない。
そして、なんだって?
僕が、可愛い?
君の目、どうにかしてたんじゃないの・・・?
今の僕ならともかく、あの肥満児を捕まえて可愛い?
原田は、正義感が強かっただけだ。それを僕がはき違えていたことは、もう充分解ってる。
「あの・・・あの、ちょっと、待って?」
僕は自分と瀬厨を落ち着けるために、一度言葉を切った。
「あの・・・原田くんは、別に僕のことなんか・・・」
「そんなことない! 昌弘はずっと五十嵐のこと気にしてた! 居なくなってからもずっと、気にしてたよ!」
それは・・・光栄です、とでも返したほうがいいのかな。
「だから・・・っもし、また五十嵐と会ったら・・・昌弘は」
僕に靡くの?
・・・・・悪いけど、それはないと思うよ・・・
途方に暮れた。
まさに、僕は今までで一番、動揺していた。
昔のことを謝られるにしても、この告白はちょっと、僕にはきつい。
「あの・・・ぼ、僕は、原田くんのことは、な、なんとも思ってない、けど」
「本当に? だって、昌弘かっこいいのに、いつ誰に取られるかわかんなくて俺、毎日心配なのに・・・っ」
それは、惚れた欲目というものでは・・・
もう、そんな風には思ってはいない。
確かに、思い出すと辛くもあるけれど、今の僕は、今までの僕を支えていたのは、瀬厨だ。
目の前の瀬厨を見返すことしか、考えていなかった。
どうしたら、いいんだろう・・・?」


to be continued...



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