いつか言うサヨナラの前に 3 目を覚ましたときは、朝か夜か、時間さえも分からなかった。 そしてベッドの上に寝ているものの、指のひとつすら動かすことが出来ない。 どうしてこんな状況に居るのか―――考えなくても、解る。 こうなるのが厭で逃げ出したはずなのに、結局は捕まえられていないと寂しいと思い、抱かれていないと物足りないと思う。 浅ましい欲望を持っているのはもしかしたら自分なのかもしれない、と引きつる顔をベッドに伏せた。 顔が痛いのは、目が腫れているのだ。 いったいどれだけ涙を流したのか、枯れてもくれずただ溢れた。 散々に揺すられた身体は、腰だけではなくどこが痛いとは判らないほどだ。 身体的にはとても楽になっているはずなのに、一晩中延々と受け入れていたせいでまだ奥になにかがあるような感覚が抜けない。 愛情の大きさを身体で覚えさせられて、酷いと思いながらもどこかで嬉しいと感じる。 そんな自分が悔しいと思いながらももう一度目を閉じた。 身体の疲れはまだまだ取れない。 きっと、目を覚ましたと知ればまた手を伸ばされるだろう。 そしてそれを、拒むことも出来ない。 だからもう少し、休んでおこう、と意識を手放した。 この気だるい身体を、嬉しいと思っているうちはきっと自分は、幸せなのだ。 * キナと颯太が顔を合わせたのはリビングに繋がるキッチンで、お互いの顔をじっと見つめながら久しぶりだ、と思ってしまった。 同じ気持ちなのを知り、苦笑するよりも溜息を吐き出してしまう。 立っているのがまだ、辛い。 クッションを置かれた椅子に座ると、テーブルには朝食なのか昼食なのかはわからないがサンドイッチとカフェオレが置いてある。 食べろ、と言うことなのだろうけれど、それを見つめてもう一度溜息を吐き出す。 視線を絡めるのにどこか気まずいのは、お互い聞くともなしにあられもない泣き声を聞いてしまっているからだ。 喉がまだ掠れているので、カフェオレで潤して先に口を開いたのは颯太だった。 「・・・キナ、寒くないんですか」 目の前のサンドイッチを食べようかどうしようか悩んでいた顔のキナは、今日はジーンズを穿いているけれど上は七部丈の袖で丸襟の中心に切り込みの入ったTシャツだけだった。 「寒くない」 きっと、用意されているのが冷たいカフェオレでも平気で飲んだだろう。 颯太は大き目のハイネックのセーターを着ていて、目を伏せた。 「・・・・・隠そうと、いう気もないんですか・・・」 「なに?」 眉を顰めて聞き返したキナに、颯太は襟もとを指して、 「・・・痛々しいくらいですよ」 言われて、キナはそこになにがあるのか思い出した。 首筋から鎖骨に、そして下に行けば行くほど犬養の痕跡が多くある。 よく見れば袖から出ている腕にもあった。 キナは顔を赤くして、 「ご・・・ごめん」 颯太は自分の同じような状況で、それでも気付いたからこの格好なのだ、と溜息を吐いた。 それから視線を合わせてリビングのほうへと向ける。 そこには、大きなソファが狭く感じるほどの男が二人並び、新聞とテレビ相手に世間話をしているようだった。 追いかけて欲しいと望まなかったわけではない。 愛して欲しいと願わなかったわけではない。 けれど――――物事には、程々という言葉が必要だ、と二人とも感じていた。 逃げ出した自分が悪いわけだけれども、そうなった理由は自分たちにはない。 そう考えると、このお仕置きは過ぎるものだったのではないか、と不満が浮かぶのも無理はなかった。 まるで何事もなかったかのように会話をしている二人の男を、睨むようになってしまうのは仕方のないことだった。 あまりに和やかに話しているので、キナも颯太も少し気になって身を乗り出した。 興が乗ったのか、二人の声も大きくなっている。 「―――やっぱり、外は嵌りますね、この気温でも、寒さなど感じませんよ」 「そうですか? なら、一度してみたいですね、誰かに見られるかもしれない、というのも・・・締まり具合が違いますね」 「ああ、分かります、羞恥に震えるのも、堪らないんですよね」 「うん、今度、目の前でし合っても面白いかもしれませんよ」 「それは楽しそうですね」 にこやかに流れる雰囲気だが、その内容は落ち着いて笑えるものなどではない。 何に対しているのか、理解して真っ赤に顔を染めたキナと颯太は、震える手を握り締めて、 「犬養さん!!」 「修也!」 その会話を打ち切り、怒りを顕にして睨みつけた。 それに振り返った二人に、 「なに言ってんの?! なんの話だよっ最低! んなことしたら絶交!」 「同感です。そのような同意もない行いをされるなら、ここで縁を切ります」 怒りを気持ちのまま向けたのだけれど、 「冗談だ」 「するはず、ないだろう?」 ソファから振り返る男はにっこりと笑ってキナと颯太の怒りを簡単に受け止める。 「なにもしていないのに、仕置きするほど酷い男じゃないつもりだ」 「あの姿を、他の男に見せるつもりなんかない」 「・・・・・・・・」 似非くさい笑顔に、さらりと帰ってきた言葉に、キナと颯太はずっしりと背中に何かを背負った気分だった。 机の上にあった手を自然と合わせて、握り締める。 無言の中に、会話をした。 「次に逃げるときは―――――」 と同じ気持ちを心で感じた。そして、 「逃げられるのだろうか―――」 同時にそう思ったのも、事実だった。 |
fin.