お願い、サヨナラと言って  ―プロローグ―






厚い化粧の下が強張ったのが、松下颯太―まつしたそうた―には分かった。
自分で分かるくらいなのだから、きっとそれを見つめる相手も気付いているはずだろうとも、知った。
可笑しいくらいの厚塗りで、そんな顔をすれば滑稽以外のなにものでもないだろう、と思うけれど颯太はとっさに出た表情をどうしようも出来なかった。
相手が足を踏み出し、自分に近づいたところでやっと固まってしまっていた自分も動かすことができた。
「いらっしゃいませ」
低い声をわざと高く裏返し、営業用の笑顔を向けた。
生憎、また客は他にはいない。
外は余程寒いのだろう、厚手のコートを脱ぎながら入ってきた客は颯太の前のスツールへと座った。
颯太は間にカウンタがあることがこれほど嬉しく思ったことはない。
長年鍛えた顔は、崩れてはいない。
キツイ化粧をした顔が、笑っているはずだ。
その下で、足が震えてどうしようもないのを、気付かれないことに安堵した。
ここで、崩れ落ちるわけにはいかない。
今までしてきたことが、全て意味を成さなくなる。
「・・・久しぶりだな」
呟いかれた低い声に、10年ぶりだ、と颯太は思った。
10年、逢わずにいた。顔も声も知らないところでいた。
それでも、成長した相手を見て分かる。
自分の罪はどうしようもなく、深い。

殺したいほど憎んだあの子は、その通りもう居ないというのに。


to be continued...

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