いつか降る雨のように  ―プロローグ―






「・・・ん、あ・・・っ」
「好きだ、タケチ・・・っ」
熱い吐息を吹きかけながら、背中から覆いかぶさった男が果てる。
俺も、イッた。
お互いに呼吸を整えて、相手が俺の中から逃げる。
ベッドに転がって、上からどいた相手を見上げた。
「ちょっと、センセ、いくら代わりつってもさぁ、ヒドクない? せめて呼ぶなら俺の名前呼んでよ」
「はは、悪いな、つい」
笑顔で誤魔化す相手は、先生。職業、高校教師。だから、先生。
浅海葉鶴。28歳。独身。担当数学。なのに天文部顧問。笑顔がさわやかで、生徒にも人気高し。
彼女ナシ。
だって、野郎を抱いてるくらいだから。
そんな先生に抱かれる俺は、彼女いない歴24年。産まれてこのかた、一度も付き合ったことなし。
つまりゲイ。
相手はこうして欠くこともなく、セックスライフは結構充実。
仕事も好きなことが出来て結構充実。
高校卒業時に親にカミングアウトしたら勘当されてそれから独り。けっこう気まま。
職業はスタイリスト、恋人はいない。
佐上キナ。それが俺。
「不毛だよ、センセ」
浅海には好きな男がいる。
けど、告白もしてなければ手も出してないらしい。
相手がどんな男かは知らないけど、浅海にとっては大事なのだろう。
バーで出会って、意気投合して、代わりでいいよ、と抱かれた。
ありがとう、と言って笑う浅海に、なんだか落ち着かない気持ちになった。
けど、それは言わない。
言っても、仕方ない。
浅海がいつか、好きな相手と両想いになればいいな、と思うから。
それまでの、代わりが俺。
いつまでだよって思うけど、まぁ、先生の気が済むまででいいや。
「解かってるよ、悪いな、キナ」
「謝られてもな、俺は発散できればいいだけだし」
「ありがとう、キナ、そういうとこ、好きだよ」
「アリガトセンセ、俺もスキダヨ」
額に落ちてきた触れるだけのキス。これが終わりの合図。
シャワー浴びて、帰る合図。
何の気なしに返すけど、けっこうキツイよ、先生。
簡単に、好きだとか言わないで欲しいよな。
あーあ。
俺こそ、不毛だっての。
その数日後。
突然俺は呼び止められた。
「おい、アンタ」
俺、アンタって名前じゃないんだけど。
腕を取られたから仕方なく振り向いた。
そこには、俺より少し背の低い、学生。
ダッフルコートの下には、真っ黒な学ラン。
うお、高校生って久しぶりに見たな。
真っ黒な髪は一度も加工したことないみたいに綺麗で、俺を睨んでるキツイ目が綺麗で。
スタイリストとしての俺の心が騒ぐ。
あー、もっと弄りてぇ、コイツ。
「ちょっと、いい」
良いも何も、俺の手、引いてんじゃん、お前。
歩道の脇に、ビルの裏に連れて行かれる。人気はなく、高校生はそこで俺を振り向いて、
「アンタ、先生とどういう関係」
キッと強い目で俺を睨む。
先生?
先生ってさ・・・・最近、俺の周りのセンセイというやつは、一人しかいないんだけど・・・あのセンセイかな?
「浅海先生と、どういう関係」
ビンゴー。
この高校生の、強い視線の中にちょっと見える揺れ。
あー、初初しいねぇ。そんな顔で見つめられたら、虐めたくなるだろ?
「どういう関係が、いい?」
俺はにっこり笑ってやった。
「どう答えてほしい?」
案の定、ちょっとうろたえてる。
うう、可愛いなーこういう時、俺にあったかな?
・・・・・ないか。
「俺とセンセイの関係ってさ、キミ、どこで俺らを見たの?」
「・・・・っせ、先週、ホテルから二人で・・・っ」
あ、あれね。あれを見ちゃったのね。
コドモには刺激が強かったかな?
「ああ、そういうカンケイですが、キミは?」
「・・・な、なに、」
「センセイと、どういう関係?」
俺が答えたんだから、そっちも答えるべきだよな。
するとその高校生は、ちょっと怒ったように、
「・・・っぶ、部活の、顧問だけど・・・っ」
「ん? 天文部?」
「・・・そうだけど」
「名前は?」
「・・・タケチシンヤ」
その名前。
マジで?
「生徒かよッ!!」
いきなり叫んだ俺に、そのタケチくん、びっくりしてた。
俺だってびっくりだ!
俺の叫びの突っ込みは、先生に、だ。
生徒かよ、未成年かよ、そりゃ、手ぇ出せねぇよなぁ・・・・
大きく溜息を吐いた俺に、タケチくんが不審そうに見つめてくる。
「な、なんだよ、どうしたんだよ・・・」
どうもこうもないですよ。
そんでこのタケチくんは、俺と先生の関係が気になるわけだ。
あーあ、良かったね、先生。
俺、子供だからとか未成年だからとかって社会人としてのモラル、一切ないんだよ。
「あのね、タケチくん」
「な、なに?」
「センセイね、どうやら好きなコがいるみたいだよ」
「・・・・えっ」
ああ、その不安そうな顔。
堪らんな、センセイ。
「俺はその代わり。だからタケチくん、タケチくんの気持ち、センセイに言ってみるっての、どう?」
「ど、どうって、俺は、別に、・・・・」
「あれ、タケチくんはセンセイがキライ?」
「き、キライじゃ・・・っ」
ないよね?
そんな顔で、可愛いねーキミ。
「言ってみると、嬉しいことがあるかもよ」
「・・・・・・」
複雑そうな少年の顔って、いいなぁ。
悩め悩め。
そんで、頑張って。
好きなものは好き同士。
俺は幸せなら、それでいいんだから。
誰が幸せって?
俺じゃ、ないけどね。



あれから浅海からの連絡はない。
あーあ、メモリ、消しとこっかな・・・
次は誰が俺の相手してくれんのかな。
いつまで探せば、見つかるかな。


to be continued...

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