岡崎君と幽霊某   <後編> 





岡崎が気付いたのは、何かが自分に当たっていたからだ。
軽く目を開けると、立ち込める湯気で視界が曇っている。ぼんやりとそれを眺めて、やっとそれがシャワーから流れるお湯だと気付きその湯気だと解った。
それからそこが見慣れた部室棟に設置してあるシャワールームだと分かるとしばらく気を失っていたのか、と自覚した。
しかしどうしてここにいるのか、と考えていると背後から声がした。
「気がついたか?」
視線を向けると、見慣れた顔があった。何も思わずそれを見続けて、突然正気に戻った。
「だ・・・っおめぇ! 何しよんなっ」
自分の身体はシャワーを浴び続けていて裸で、後ろにいた男、佐住の身体も裸だ。勢いで佐住を突き放すと支えていてくれた腕がなくなって、岡崎はその床にへたり込んだ。身体に力が入らない。腰から力が抜けていく。
「悪ぃ悪ぃ・・・つい調子に乗って、お前が以外にもキモチイイもんで」
笑いつつ岡崎の前に座った佐住に、疑問を感じて岡崎は視線を合わせた。
「・・・て、お前、まさか・・・佐住?」
幽霊なんとかじゃなく、と確認を取った岡崎に、佐住はあっさり頷いた。
「うん、俺」
「え? お前、いつから・・・」
「えー・・・っと、かなり前? てゆーか、初めっから意識はあったもん、俺」
ケロリ、と突きつけられた言葉に、岡崎は血の気が一気に引いた。
「おま・・・っ、じゃぁ抵抗しろよ!! ヘンタイ! こんボケ!」
「どうやって抵抗するんだ、まぁいいじゃん、減るもんじゃなし」
「減る!!」
結構楽しかったし、と佐住は笑って岡崎の身体を支えた。
「・・・? なに」
「洗ってる途中だったんだよ、大人しくしてろ」
言って、佐住は指を岡崎の後ろへ伸ばした。その中に埋め込まれると中からとろり、と溢れだしてくる感触に岡崎は背筋がぞっとして身体を引いた。
「まっ、・・・っや、この馬鹿!」
「逃げるな、気持ち悪いだろ」
逃げる岡崎を壁に押し付けて、膝を立てて間に身体を入れる。そのまま指を動かした。
「あぁ・・・っ、っまえの、せい・・・んんっ」
力の入ってない手で、その身体を押し返しても抵抗になどならない。解っている。佐住は面白がっているのだ。
だから一層嫌だった。荒くなる息を吐きながら一緒に言えるだけの悪態を吐く。
「う、ぁ・・・っこん、ぼけ・・っん、くぅ・・・っ」
「・・・・・・岡崎」
「や、じゃって・・・さ、ずみ、ゆび、ぬい・・・っんんっ」
見たくなくて固く閉じた目尻から涙が出る。意識がそこに集中する。どうにかして欲しかった。もう、止めてほしかった。力なく首を振った岡崎の耳に、佐住の押し殺した声が届く。
「・・・やばいって、岡崎・・・やりたくなるから、んな声だすな・・・」
「ア・・・っ」
荒い息遣いと、岡崎の声。それ以外はシャワーが壁に張り付いた二人の向こうを打つ音だけが響いている。
眉間に皺を寄せて、佐住は大きく息を吐いた。自分がかなりきつい状態になっていることを自覚する。指を引き抜いて、
「・・・ごめん、先に謝っとく」
その佐住の言葉の意味を岡崎が理解しようと思う前に、身体が反応した。
押し進めてきた佐住に頭がクラクラした。何も言えない。それどころか、身体中で反応してしまった。
「あっあぁ・・・! い、イタ・・・っやぁ・・・っ」
「・・・・・・悪い」
「や、やじゃって・・・も、くるし・・・っ」
「悪い・・・・止まんねぇ・・・っ」
「ばかっ、ばか、さず、み・・・っんあぁ・・・っ!」
岡崎の内壁を何度も擦り上げて、佐住は手を岡崎のにも伸ばす。
腰を揺らしながら岡崎も良くなるように手を使った。そのせいか、岡崎は前と後ろからの波に意識が入り込んで、ただ受け入れるしか出来ないでいた。
シャワールームに水音と、その少し高い声は暫く響いた。





岡崎が佐住に抱えられるように合宿所に帰ったのはそれからかなり時間が経った頃だった。
しかし、部屋には一人しかいなかった。バスケ部の一年六人ごろ寝の和室である。その一人は岡崎をゆっくりと畳の上に座らせた佐住に気付いて顔を上げた。
佐住は本から自分に顔を向けた鹿内由純に、先に声をかける。
「他のやつらは?」
「貴弘は夏流先輩のとこ。松島と春杉は先輩連中に呼ばれて晩酌に」
「お前は行かなかったのか?」
「この本を読んでしまいたかったんでね」
二人が言い合っている間に、座ることさえも疲れた岡崎は畳にそのまま横たわった。
「佐住ー布団敷いてー」
「ハイハイ」
「二枚重ねぇよ!」
「畏まりました、お姫さま」
岡崎の言うことを素直に聞く佐住との会話に鹿内は興味を引かれたらしく、本を閉じて面白そうな笑みを向けた。
「何だ? 何やったんだよ、佐住」
「んー・・・えーと、」
言われたとおりに布団を敷き始める佐住は岡崎のきつい視線で、
「まぁ・・・ちょっとな」
言葉を濁す。それにますます面白がった鹿内は本を投げ出して近寄った。
「なんだよ、教えろよ・・・でも岡崎、部室に電気消しに行ったんじゃなかったのか?佐住はそれに付いて行ったのか?」
岡崎はチッと舌打ちを隠さない。勘の良すぎる男だ、と口の中で悪態をつく。
佐住は違う方向を向いて沈黙している。
「・・・話せよ、佐住。どうせバレるんだろ、言っちまえ、すっきりするぞ」
「・・・・そっか?」
振り向いた佐住はとても嬉しそうだった。実は面白く誰かに話したくて仕方なかったのだ。それが分かった岡崎は慌てて身体を起こしたが、
「ちょ、待てさず・・・・っつ!!」
言ったところで、腰から背中に走った痛みに顔を顰め、蹲る。
「・・・・ったぁ〜っ!」
「おい、大丈夫か? 急に動くなよ」
「だ・・・っ誰のせいじゃと・・・っ」
丸まった岡崎に近づく佐住を涙目で睨み上げる。
その光景を見た、勘の良すぎる鹿内は、
「・・・佐住が? やったのか?」
「・・・・・・」
有り得ない展開で、驚く鹿内に岡崎は沈黙で肯定してしまう。佐住は苦笑して、
「まぁ、成り行きで?」
「成り行きだぁ?! ふざけんなっ抵抗もしなかったやつが!!」
「成り行きだろ、俺のせいにすんなよ」
「? ちょっと待て、イチから話せ」
鹿内が割り込むと、話したくない、と向こうをむいてしまった岡崎に代わって佐住が簡単に説明した。





「ハァ? ユーレイ? 夢でも見たんじゃねぇの?」
鹿内は自他共に認める現実主義者で、眉を顰めた。しかし佐住は何かを思い出すように、
「夢じゃぁコイツは抱けねぇよ」
コイツ、と岡崎を指した。
「・・・・良かった?」
覗きこむような鹿内に、佐住はニヤリと笑って、
「・・・かなり、きたね。たまにならいいかもな」
「岡崎をねぇ・・・」
鹿内も畳に伏せってしまっている岡崎を見ると、ぼそりと何かを言っていた。
「? なに?」
「・・・・・・・」
佐住と鹿内がその蹲った岡崎の両側にそれぞれ顔を近づけると、岡崎はそれを待っていたかのように両手の拳をドンッと畳に叩き付けた。
目の前の勢いに驚いて一瞬何も言えないでいる佐住と鹿内に、
「・・・・殴りてぇぇ・・・!」
心の底からの叫びのようだった。
その岡崎を見て、先に冷静を取り戻したのは鹿内で、起き上がってメガネの中心を指で直した。
「・・・それでも、そんなにいいなら俺も一度お相手したいね」
「ユーレイとか?」
「素面じゃ無理だろ」
「3P? いーね」
「いいね」
盛り上がっている二人に岡崎は畳の上から睨み上げて呻いた。
「おめぇら・・・っ覚えてろよ・・・っ身体が、治ったら・・・!」
「3P、嫌か?」
「いいじゃん、な? ユーレイさん?」
佐住が不思議そうに岡崎を覗き込んで、鹿内は誰ともなくに呟いたのだが、どこからともなく声が降ってきた。


         「お望みとあらば」


岡崎が背筋をぞっとさせながら怒鳴り散らしたのは、言うまでもない。


fin

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