岡崎君と幽霊某   <前編> 





屈辱的な負け方をした。



夏休み、バスケ部も未だ弱小ながら学校合宿を行った。一週間の泊り込みである。朝から晩までバスケ漬けだ。
しかし、その一週間のうち明日の午前中だけは休みを入れてあった。なので、前日の夜、今現在。部員達もそれぞれに自分の時間を過ごそうと決めていた。が、夕食も終えてさぁどうしようか、としたときに部室に明かりがあるのに気付いた。
合宿所から運動部の部室は見渡せる。見渡せるが、ちょっと行ってくる、の距離ではない。誰が消し忘れたかは問題ではない。誰が消しに行くか、が問題だ。
必然的に一年生が行くのだが、それが・・・・
「・・・じゃけん、じゃんけんは嫌じゃゆうたんじゃ・・・」
実家の訛りが抜けない岡崎栄は一人なのを言いことに言葉を直さなかった。そして、開いた手のひらを見る。
勝負は一瞬だった。
パーで負けてしまったのだ。
どうしてこんな遠くに部室があるのか、ぶつぶつと文句を言っていたが、辺鄙なところに建っているのは合宿所のほうである。見えているのに歩けば10分ほどを要するその道のり、ただ開いた手のひらを見つめていた。



部室棟に入って、バスケ部の部室を目指す。廊下からもその部屋が明るいのがはっきりと解った。
「なんで消してねぇんじゃぇ・・・」
岡崎は口を尖らせながらもそのドアを開けて、入り口の壁にあるスイッチに手を伸ばす。しかし、指がそれに触れる前に煌煌と照らしていた電気が消えた。廊下と同じ、暗闇に包まれる。
しかしカーテンの無い部室の窓から入る月明かりで、徐々に目が慣れてくる。ぼんやりと、見慣れた部室が分かる。
分からないのはどうして消えたか、だ。
「・・・・・・・?」
その疑問だけが頭に残る。まだ手はスイッチにも壁にすら届かず、その状態で止まったままだ。そしてここにいるのは自分ひとりで、他の人間は全員合宿所に居るはずだ。
岡崎はその格好のまま一ミリも動かすことが出来ず、ただ思考回路がグルグルと回る。しかし一人では小路にも出られない。そのときだった。
「なにやってんの?」
「わあぁぁっ!!」
背後からの声に、岡崎は硬直が一瞬で解け部室の中に逃げ込んだ。
その手のものは信じないワケではないが、見えないなら信じないタイプの岡崎は、振り返り今まで自分が突っ立っていた入り口にボウ、と人影があるのが見えた。
「だ・・・誰!」
「俺? 俺はユウレイ」
「・・・は?」
思わず腰を抜かして床にへたり込んでいた岡崎は、明るい声に呆気に取られて見上げた。
「名前はぁ・・・忘れたー」
「あ、だ、だっ、ゆ、ゆう・・・っ」
にっこりと笑う自称「ユウレイ」は岡崎に近づいた。
ぼんやりと見えるその姿は所々で向こう側が透けているし、歩いたというよりフワリと動いたに近い。いきなり現実を突きつけられて、岡崎は止まってしまった思考と湧き上がる恐怖と驚愕に言葉が出てこない。引きつった顔で、
「な・・・っなにっ?!」
「俺さぁ、ずっと待ってたんだよね、この日をさぁ」
「???」
表情豊かに話す幽霊をまじまじと見れば、学ランを着ていた。しかも、判りやすく目立ちやすい同じ学校の学ランだ。
「なんての、未練があって俺成仏できないでいるんだけど、想いを遂げようにも相手はいないし今日しか姿をあらわせれないしで・・・・もう、どれだけ俺がこの日を待ってたか、解る?!」
演劇の舞台にでも立っているかのような過剰な喜び表現に、岡崎は頭の中が冷静になった。
「・・・・で、アンタなに?」
「俺ね、お前に想いを遂げさせて欲しいんだよ」
「俺が?」
あまりに現実からかけ離れているからか、この相手に恐怖が感じられないのか、岡崎はただ首を傾げた。
「あの日・・・!」
幽霊某は過去を思い出すように苦渋に満ちた表情で語り始める。
「俺はここで約束をしていた、やっとのことで望みが叶う日だった・・・・なのに、その途中で事故っちゃって・・・未練も残るよなぁ」
「ダカラ・・・何?」
「あの日、俺あの子とここでやるつもりだったのに」
「・・・・・や、るって?」
「エッチ。でも出来なかった・・・ツライよなぁ! 男なら、この気持ち解るだろ?!」
岡崎は解りたくなかったがとりあえず、先を促した。
「まぁ・・・で、俺になにが出来るっての?」
「率直に言うと、やらして?」
にっこりと微笑んだ幽霊某の言葉に、岡崎は硬直した。しばらく声が凍ってしまったのか、パクパクと口を動かすだけだった。
どうにか出るようになっても、戸惑いを隠せず震えた声で、
「や・・・っやる、て、おれ、と・・・?!」
「トーゼンじゃん」
「・・・・・・・俺、男なんじゃけど」
「俺、男のが良いの」
きっぱりと言い切られて、岡崎は困惑しつつもこの状況を受け入れているのかしかし流されては駄目だとどこかで警戒音が発されていて、
「でっ、でも・・・お前透けとるがん! どーやってやるんな!」
「あ、大丈夫、入れ物は持ってきたから」
嬉しそうに背後を示すと、廊下から人間が入ってきた。幽霊ではない。ちゃんと足音がする生身の人間だ。
現れたのは珍しく無表情な佐住京介。入学して以来の友人だけれど、今はその顔に生気が感じられない。
「てめ・・・っ佐住に何やった?!」
「何も? 来てもらっただけ」
幽霊の手が焦点の合っていない佐住の顔の前で揺れると、佐住は何度か瞬きをしてその顔に表情が戻る。
「・・・アレ? 岡崎、お前部室に行ったんじゃ・・・」
座り込んだままの岡崎を見つけた佐住の言葉は、そこで途切れた。なぜなら岡崎が何を言う暇もなく、その幽霊某は佐住の身体に重なって、消えた。
「だっ、だだだ、さ、ずみ、くんっ? 大丈夫か?!」
「・・・うん、結構、良い感じだ」
再び顔を岡崎に戻して笑ったのは、佐住ではなかった。
佐住の身体を借りた幽霊某は早かった。あっという間に座り込んだままの岡崎を床に押し倒して唇を塞いだ。
「ん・・・っんん!」
言い返したい、やり返したい。
しかし身体が思うように動かない。口を塞がれたまま身体を思うようにされてしまう。
幽霊の力なのかどうなのか解らないが、岡崎はそこで諦めた。

  ―――できれば、どうか佐住が覚えていませんように・・・!

それだけを願って身体の力を抜いた。
脱がされた服の上で佐住が自分の身体を良いように貪るのをどこか客観的に見ていた。しかし佐住の身体で幽霊が自分の中心に顔を埋めたときには、思わず身体を起こして止めた。
「ちょ、ちょ、と、ま、待て!」
「待てるか」
足を抱え上げられて、腰を捕まえられて、岡崎は逃げることも出来ず他人に銜えられるところを見てしまった。
「・・・っ」
それが気持ち良いことくらい知っている。が、脳裏に浮かんだのは佐住が以前に口にした言葉。
「野郎のなんか、頼まれても銜えたくねぇなぁ」
「や、め・・・っ、さ、ずみ・・・っ」
やはり幽霊は巧いのか、舌と手で岡崎を高める。それに岡崎は益々力が抜けて、止めたいけれど力ない手が自分の中心で動く佐住の髪に絡むだけだ。
「あ・・・あっ、さず、みっ、・・・っ」
抵抗も空しく、岡崎は佐住の口の中に達してしまった。
自分が何をしてしまったのか考えるより、達した疲労で身体が脱力し、肩で大きく息を繰り返す。しかしじっとしてなどいられなかった。濡れた指がさらに奥にまで伸びてくる。
それがどういう意味か解った岡崎は慌てて、
「ま、待てっ! 頼むけん! 俺もしちゃるけん! それは・・・っ!」
「ダメ」
岡崎の懇願など全く聞き入れる気はない幽霊は佐住の指をそのまま押し入れた。
「あ・・・っつ」
岡崎は思わず上がる声をどうにかしてくれ、とすでに身体の抵抗を諦めてしまった。
佐住の身体で幽霊が押し入って来たときには、すでに岡崎の頭は正常に働いていなかった。だから、
「・・・岡崎って、結構イロっぽい・・・」
そう呟いた佐住の声にどこかおかしな感じを残しても、どう違うのか解らずそのまま快楽に溺れた。


to be continued...



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