純情な番犬   <後編> 





「味はどうだった?」
訊かれて、俺は見つめ返した。
意味が、解らなかった。
週末の余韻が思い切り身体に残って、まだだるい。
だけど、登校した。
学校であっても、相変わらず、てゆうより、あの男はなんだったのか、て疑うほど、変わらず無表情で無口だ。
俺に、何をするわけでもない。だから、俺も敢えてそれに触れなかったし、会話も無かった。
なのに、ふと、隣にいたこの間飲み会に来なかった友人の一人、鹿内に言われて、首を傾げた。
鹿内は、笑って、
「違うか、お前、食われたほうか・・・じゃ、抱かれた味は、どうだった?」
「・・・・・?!」
はっきりとした言葉に、俺は耳を疑った。
なんで、知ってるんだ!
鹿内は、まるであのときのあいつを思い出すような顔で、
「あいつが、この俺に隠し事なんて出来るはずがない」
こいつらだけは、学校は違うけれど、中学からの知り合いらしい。
「・・・お前、まさか・・・わざと、二人にしたのか?」
飲み会に来なかったのは、お前達がもくろんだのか?
だとしたら、後のやつらも知ってる?!
俺の表情でわかったのか、鹿内は首を振った。
「いいや、あれは、偶然。俺もまさか、するなんて思わなかったし」
「するってゆうかな・・・・あれは」
思い出して、顔を顰めた俺に、鹿内は笑った。
嫌な顔じゃない。
困ったような、顔だ。
「あいつ、かなり、参ってる」
「・・・は?」
言われた言葉が理解できなくて、俺はますます顔を顰めた。
「自分でも、するつもり、なかったみたいだな」
「・・・はぁ?」
だったら、するな! と怒鳴りたい気分だけど。
続けた鹿内の言葉を聞いて、耳を疑う。
「酔っ払ってたんだよな、たぶん。あいつ、酒が一定量を超えると、自制が効かなくなって・・・感情が、抑えてらんなくなる」
「酔っ払・・・?」
「んで、気分良くなったとこに、目の前にお前がいた」
「・・・・」
目を据えて、睨みつけた俺に、鹿内は笑って、
「いや、本当、そうだと思う・・・あいつは、マジで、するつもりなかったし、すげぇ、後悔して焦ってるよ・・・言うつもり、なかっただろうから」
「はぁ?」
「松島、お前、困ってるだろ?」
「そりゃ・・・困るってゆうより、怒ってるけど」
「あいつは、友達のままで、居るつもりだったみたいだ・・・ずっと」
俺は今までで一番、眉を顰めた。
それから、鹿内を探るように見る。
「なんかさ・・・それって、なんか・・・」
良い淀んだ俺の言葉を、あっさりと鹿内が続けた。
「あいつはお前に惚れてるよ」
冗談だろ。
俺の表情は、声を出すより正直だったらしい。
鹿内は苦笑して、
「マジで、だから。だからあいつは、今、後悔してる」
「・・・俺さ、どうみたって・・・可愛くないと思うんだけど」
「・・・それ、なんの基準?」
「・・・貴弘?」
「貴弘と比べるなよ・・・充分、キレイな部類だと思うけど?」
「お前にも、言われたくない・・・だけど、どう見たって、男に好かれるような、人間じゃないと思う・・・」
「あいつ、本能のような人間だからな。ただ、外見に惚れたんじゃないと思うけど」
「じゃぁどこ?! どこが? 言ってみろよ!」
「お、落ち着けよ、松島・・・俺は、お前に惚れてないぞ?」
「あいつ・・・アタマおかしいんじゃねぇの?」
「それは、否定しないな」
俺は真っ暗になってきた。
なんで、こんなことになったんだ?
今まで、普通の友達だっただろ。
でも鹿内曰く、俺に惚れてるあいつは、今日、一度も俺と目を合わせようとしない。
それを幸いに思ってたけど・・・けど。
俺って、なんか、人が良いのか?
昼休みに、教室を出たあいつを追いかけた。
風がすでに冷たくて、もう誰も上がってこない屋上に、行ったみたいだ。
それを追って、屋上に出る。
思った以上に風があるその隅で、見つけた。
独りで、フェンスに凭れて座ってる。
なんちゅーか、哀愁漂って・・・似合わねぇ・・・!
顔を顰めて、俺は近づいた。
「似合ってない」
そして、はっきり言った。
俺の言葉に振り向いた。
こいつ、犬っぽいよな。
どこがっていうか、捨て犬じゃなくて・・・番犬だけど。
主人以外には懐かない、怒らせたら怖い、でも、主人には従順で可愛い番犬。
そんな目で、見るんじゃねぇ。
同情心が・・・
「なんか、言うことあるなら、聞いてやる」
俺は態度を崩さず、その隣に座った。
背中から、思ったより風がきつく当たる。
その寒さに耐えながら、座った。
「・・・好きだ」
「・・・・・・・」
風の音より、小さかったけれど、風に乗って、聞こえた。
やっぱり、頭を抱えたい。
どうしても、考えられねぇ。
理解できねぇ・・・なんで? 
お前俺の、どこに惚れたの?
呆れた顔をした俺に、続けた。
「知らねぇ・・・けど、それ以外、もう、何にも思わない」
すごいことを言われたような気がする。
俺は黙ったまま、その声を聞いた。
「俺、お前のこと、そうゆう風に思ったことないんだけど」
「解ってる」
「これからも、そう思うようになるとは、思えないし」
「ああ」
「でも、友達で、いいのか?」
「・・・・」
俺は、貴弘と友達でいたい。
傍に居られなくなるより、友達でいいから、いたい。
でも、普通、こうゆう気持ちって、そうじゃないと思うんだよな。
お前は、俺と同じ感情なわけ?
手は出せなくて、ずっと、傍に居るだけって、できるのか?
俺が、他の誰かをまた好きになっても、平気に祝福するのか?
暫く考えてたのか、やっと顔を上げて、俺を見た。
「・・・お前が、気をつけてくれ」
「・・・はぁ?」
「俺は・・・ときどき、抑えられなくなるかもしれない。けど、嫌だったら、お前が、気をつけて俺に近づかなければいい」
「・・・・・・」
なんちゅー他力本願な・・・・・呆れて、声がでない。
それってつまり、自分は諦めないから、やばくなったら自力で逃げろってことだろ?
お前から?
すげぇ、卑怯だよな。お前。
俺が、友達止めないの、解ってて、言ってるし。
気弱そうに見えて、気を抜くと牙を剥く。
俺って、俺が、一番・・・おかしいのか?
こんなふざけたこと言う、こいつを突き放せないでいる。
俺が、おかしいかな?
でも、お前も充分おかしいからな。
そんな目をしたって駄目だ。
俺はもう、知ってるからな。
愛情を求めるその目が、番犬になって襲うことを。
くそ。
いつか、室内犬に躾けてやる。
覚えてろよ、春杉。
もう、気持ちは解ったから、いつまでもそんな目で見てんじゃねぇよ、俺はこの空気を振り切るように、番犬の頭を思い切り叩いて立ち上がった。


fin

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