夜明け <後編> 





なりふり構わず、好きだと叫んだってこの想いが保障されるわけじゃない。
言葉にしたから、確実に正しく伝わるとも思えない。
子供のように、それだけで信じれたらいいのに・・・・
世界に何もいらないなんて、言えたらいいのに。






繕は途中から不機嫌さを隠さなかった。
デパートの地下で食料を買い込み、帰りもタクシーに乗り込んだ。
住所を呟く声すら、はっきりと機嫌が悪いと判る。
だから自然と、春則の表情も硬くなる。
一体、何をした? と思い返すが、春則には理由などない。
あるとすれば、仕事でやはり待たせたことが原因だろうか。
せっかく、仕事を終えてすぐに会いに来てくれたのに。
部屋に入るなり、春則は謝った。
「・・・ごめん」
繕は荷物をキッチンに置いて、振り返る。
「なに」
「・・・悪かった、って」
繕は俯いてしまった春則に近づく。
「・・・・何に、謝ってるのか、判ってるのか?」
「・・・仕事を終わらせれなかった、俺が悪い・・・待たせた、し」
「・・・それで俺が機嫌悪いと思ってるのか?」
「・・・違うのか?」
春則は戸惑いながら視線を繕に向けると、冷たい視線とぶつかる。
繕は春則の柔らかな髪に手を入れて、その顔もなぞる。
「・・・繕?」
問いかけた口を塞いだ。舌を絡めて、音を立てながら離す。
どちらのとも言えない唾液が糸を引いたのを嘗め取って、
「・・・お前、なんでこんな格好してる?」
「は・・・?」
春則はその質問に驚いたけれど、素直に自分を見て、
「おかしいか・・・? でも、さすがにあの格好じゃ外に出れねぇし・・・少しはましだと思うんだけど」
「少し、まし?!」
繕は春則の手を引いて、寝室に足を向けた。
「その格好が? 少しまし? お前の感覚、狂ってんじゃねぇのか?」
春則をベッドに突き飛ばして、上から見下ろした。言われた春則も、黙ってなどいられない。
「はぁ? ましだろうが! あの引きこもりみたいな格好で外に出ろってのか?!」
「出て来いよ!」
「出れるわけねぇだろ!」
「外で待ち合わせるだけで、んなに着飾って一体何を期待してるんだ?」
「期待? なんもしてねぇだろ・・・つーかこの格好、普通だし」
「普通? それが?」
「・・・あんたさぁ、さっきから何が言いたいんだよ! 俺が服着て外にいるのが悪いのか?!」
「悪い」
春則はきっぱりと返されて、一瞬絶句した。まさかそう返ってくるとは思わなかったのだ。
繕はその春則に対して、言ってしまった言葉に対して、大きく息を吐いた。そのままベッドの
上の春則に覆いかぶさる。その肩を抑えて首筋に顔を埋める。しかし、そのまま動かない。
「・・・お前、どれだけ、鈍いんだ」
「俺が鈍い?!」
春則は初めて言われた言葉に驚いた。
勘は良いほうだし、人の言いたいことも感情も結構理解するのが早いと自分でも思っていたのだ。
「鈍い。あれだけ注目されてて、どうして気付かない?」
「注目? ・・・俺が?」
「お前以外の誰がいる」
「あんた」
即答されて、繕はもう一度ため息を吐いた。
そのまま、黙ってしまった。
そのうちに、春則が天井に向かってポツリと吐いた。
「・・・・惚れた欲目って・・・良く言ったもんだよなぁ」
繕は全く、同じ気持ちだった。
お互いに冷静になって、今の言い合いを反芻して、笑うしかない。
繕も判っている。あの格好で、春則が人前に出れるわけはない。
自分のテリトリーの中だけの格好なのだ。それに入れてもらえただけでも、ここは良しとするところだった。
あの格好を見るのが自分だけだというなら、そこでまた落ち着くしかない。
「・・・脱がせろよ」
春則はぽつりと呟く。繕が顔を上げると、淫欲に濡れた目が繕を誘っていた。
「あんたのために、着飾ってんだぜ。あんたが、脱がせろよ」
繕は上体を起こし、コートを脱いだ。
「・・・脱がすだけで、終わりとでも思ってんのか?」
「・・・思ってるはずねぇだろ、このエロオヤジ」
「期待に応えてやるよ」



暖房はつけていないのに、すでに重なった身体は濡れるほど汗が滴っている。
「あ・・・っ、く、ん・・・っ」
声を押し殺そうとした春則の声が、軋んだベッドの音と一緒に響く。
後ろから腰だけを抱えて、獣のような格好で繕を受け入れる。
シーツを握り緊めて顔を押し付けても、苦し気な息をすると声が漏れる。
それを止めようと歯を食いしばっても、鼻から抜けるような甘い声が出てしまう。
「・・・っ繕、繕・・・っ」
押し込まれて、奥を擦りあげられる動作に春則は何度目かの絶頂を迎えそうだった。
自分を締め付ける暖かい春則の中と、上げられる声に繕も押さえられそうにはない。
求められて、繕は唇を嘗めた。
もっと求めて欲しかった。
言葉なんて信じられない。言おうと思えば、誰だって言えることだ。
だけど証が欲しい。
この人間が自分のものだという証が、欲しい。
身体を繋いで、欲望を吐き出して、それだけで終わればいいのに。
首輪をして鎖に繋いで、一生ここから出さなかったら安心するかもしれない。
けれどそれでなにが変わる?
繕は矛盾した自分の思考に苦笑して、一度身体を引き抜いた。
「繕・・・っ!」
非難するような声は最もだ。もうすぐ、達せたはずなのだ。
繕は人の悪い笑みを浮かべて、その身体を引き起こして自分に向けた。足を担ぎ自分を跨がせる。
ベッドの背に凭れた繕のお腹に据わらされた春則は、後ろに立ち上がったままの繕も
感じて、何をさせたいのか判って動揺を見せた。
「・・・腰、上げろ」
「繕・・・っ」
抗議の声を上げながらも、繕の手に支えられて春則は腰が上がる。
自分の奥に、さっきまで入っていた熱い繕を感じて、自分の重みでそのまま受け入れる。
「あ・・・っあぁぁ・・・っ」
繕の身体に倒れそうな春則は、その両脇に手を付いて身体を留める。繕は容赦なく腰を揺すった。
「あ、ぁ・・・っ繕・・・!」
「動けよ・・・春則」
「繕・・・っ」
恨めしく睨みつけても、艶を含んだ春則の視線は繕にとっては逆効果だ。
ますます自分の中で主張する繕に、春則は快楽だけを求める。
「あ・・・っあぁっ・・・」
腰を揺らして、必死で自我を飛ばす。
そうしないと快楽は求められない。羞恥で動けない。
春則の痴態を目の前で見せられて、繕もじっとなどしていられない。
腰を突き上げて、耐え切れなくなった春則が繕のお腹に放つのとほぼ同時に、春則の中に吐き出した。
大きく息を吐きながら、動くことも億劫な二人はその汚れたままベッドに倒れこんだ。
お互いの呼吸を聞いて、目を閉じた。



目が覚めると、朝の気配を感じた。
時計を見て、朝が早いと思ったけれど春則は目が覚めてしまった。
そして、年が明けてしまったと気付く。身体を起こした春則に、繕も意識を戻す。
布団を押しのけてベッドから降りながら、
「・・・・シャワー、先に借りる」
春則は立ち上がりかけて、ふと視線を繕に戻した。
寝ぼけたような繕に、春則は覆いかぶさり軽く唇を重ねた。
「・・・明けまして、おめでとう」
呟いて、さっさと浴室に向かった。
ベッドの上の繕は、その動作と言葉に固まってしまっていた。
逃げるように浴室に向かった春則のその耳が、微かに赤かった。
残された繕も、それにつられてしまう。
ベッドに沈んで、敗北感を味わった。
およそ、言いそうにない言葉を先に言われて、恥ずかしくて堪らなくなる。
それは昨夜の仕返しだった。



服を着て、外に出かけると言った繕に付いてゆくと寺に着いた。
人並みに初詣? と春則が大人しく後ろを付いてゆくと、繕は人ごみを抜けてその裏へ向かう。
そこは墓地だった。さすがに、ここにあまり人はいない。
「・・・繕?」
繕は寺でろうそくと線香を買い、そのまま迷うことなく墓地の中に入る。
繕が立ち止まったのは、繕と同じ苗字の墓石。繕はその前で線香に火を付け、手を合わせた。
その後ろでただ立ち尽くす春則は、動かない背中に訊いた。
「繕・・・?」
繕は背中を向けたまま、
「俺の親。お前を見せておこうと思った」
春則の受けた衝撃は、新年早々かなりのものだった。
「あんた・・・そんな、」
「これから、どうなるか分からないが・・・取り敢えず、お前だけだと思ってるから、今は」
春則は目が熱くなるのが解った。
不意打ちだった。
これ以上の告白は、ないような気がする。
「・・・あんたさぁ・・・ご両親も驚くだろ・・・こんな野郎連れてきて」
「さぁ・・・まさに、死人に口無し、だな。なんと言っても俺には聴こえないしな」
考えを改めるつもりもない、とはっきり言った。
春則も、良かったのか悪かったのか、複雑な顔をしながら繕の隣りで手を合わせた。それから、
「・・・繕を下さい、」
と呟く。繕はその言葉に、
「・・・俺が貰われるのか? 反対だろ?」
「何言ってんだよ、何で俺が貰われるほう?」
「・・・泣いて抱かれてるくせに」
「う・・・っウルサイ! 今度は俺が抱くからな!」
「抱けるものなら・・・」
繕は春則の紅潮した頬から、目尻に指を這わせた。
「・・・なに?」
「こんなとこで泣くな」
「・・・・・悪かったな、涙腺弱くて!」
強気に言い返した春則に、
「・・・ここで押し倒したくなるだろう」
「・・・・・っ」
繕は真っ赤になった春則を置いて、来た道を戻る。
しばらく立ち尽くしたままの春則は大きくため息を吐いて、その背中を追った。
二人で並んで、家に向かう。
せっかく買った料理もお酒も、そのままである。
帰って食べよう、と帰路についた。
「・・・でもさぁ・・・」
その途中、春則が疲れきった声を吐く。
「なに?」
「・・・俺の家族に合わせるの・・・嫌だなぁ」
真剣に嫌そうな口調で、その気があったのか、と思う反面繕は、会わせてくれないのか、と寂しくも思った。
春則はそんな繕の思惑とは全く違う言葉を続ける。
「・・・だって、ぜってー、喰われる・・・取られる」
「なに?」
「俺の家、弱肉強食だもん、絶対、繕は目ぇつけられる」
そして大きくため息を吐いて、会わせたくない、と続けた。
繕は思わず苦笑して、
「俺が? 簡単に落とされるのか?」
「・・・落とす落とさない、じゃなく・・・喰われる。俺んちの女どもを甘くみるなよ」
何かを睨みつけるような春則に、繕は驚いたがすぐに笑った。
春則以外に目がいくとは思えないのだが、慰めるように言った。
「ほかの女に喰われる前に、お前を喰っとく」
そして、見せ付けてやるのだ。
春則は自身満々に応える繕に、本当に目の前でしそうな口調に、頬を赤らめながらも、
「・・・・やっぱ、俺が貰われるのか?」
繕の「当たり前だろ、」と言う視線を受け止めた。
これから歩く道は、果てしなく長いのだ。
できるなら二人で歩いて行こうと、口には出さないけれどお互いに思っていた。


fin

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