夜明け <前編> 





一緒にいる保障って、一体誰がしてくれるんだ?
神様に頼む?
信じてもいないヤツに頼んだって、効果なんかみられないよな。
じゃぁ、どうすればいい?
この不安、言えねぇよな・・・・






仕事を29日の仕事納めでちゃんと終えた繕は、その足で春則のマンションに向かった。
自分のも、と貰った合鍵で勝手にドアを開ける。
リビングに、春則はいなかった。とすれば、仕事部屋しかない。
繕は閉められたドアを叩く。
「・・・春則?」
中から、人の動く音がする。繕は返事を待たずに、そのドアを開けた。
中には、パソコンに向かう男とその周りに散乱した資料と思われる本や雑誌。
春則は、つい先日、お互いの気持ちを確認しあったときのあの綺麗さなど全く面影も残していなかった。
仕事モードで引きこもりに入ってしまっていた。
部屋の隅には、一歩も外には出ていない、と言うようにデリバリーの食事の跡とカラのペットボトル。
パジャマと同化しているジャージも着替えている風は見られない。繕が入って
来たことに気付いているかどうかも、解らない。
その視線はパソコンに向いたままで、一度も繕を振り返っていないのだ。
繕はため息を吐いて、手に持っていた袋――中には来る途中買ったデパチカの惣菜だ――を床に置き、
代わりに散らかっていたゴミを集めた。
「終わったら、連絡しろ」
背中に呟いて、ドアを閉めた。
会社勤めの繕とは違って、春則の仕事は不規則だ。そして、こうして納期が迫ると春則は引きこもりに入ってしまう。
繕はマンションを出て、白い息を吐いた。
年の暮れのネオンが、また違う世界に繕には見えた。
来年までに終わるだろうか、と繕は珍しく春則の仕事を思った。



背中でドアを閉められた春則は、もちろん繕に気付いていた。
しかし、振り返れなかった。
自分が今、どれだけ汚いか自覚しているからだ。
こうなると、鍵を渡したのは失敗だったように思う。
いつ訪れても精錬された繕の部屋とは違う。
春則は手を止めてぼさぼさの頭をかいた。
月末までの仕事があった。
これをすぐにしてしまっていれば、今頃は二年越しのお祝いを繕と迎えれていたかもしれない。
きっと持ってきてくれたこの袋もその用意に違いない。
解っていた。しなかった自分が悪いのだ。
それでもどうしても、先日の甘い雰囲気を壊したくなかったし、少しでも長く一緒に居たかった。
繕の言葉は聴こえている。「終わったら連絡」なら、向こうからの連絡は一切ない。
春則は椅子を回して繕の置いていった袋を見た。
資料の山を踏みつけてそれを取ると、中はまだ暖かそうな惣菜とワイン。
春則はため息を抑えられない。
繕は今日で仕事を終え、ゆっくりとした正月休みを迎えるはずだったのだろう。
そしてそれを、春則と一緒にしてくれようとしていた。
それを壊したのは春則自身だ。
繕と一緒にいたかったのに、本末転倒なことをしている自分に嫌気がさす。
それでも繕が素直に帰ってくれたことにもホッっとしていた。
この格好は、見られたくない。出来るならいつも、「気取っている」と言われようと整えた春則でいたい。
春則はもう一度ため息を吐いて、パソコンに向かった。
取り敢えず、これを終わらせなければ先には進めないし、年も越せなかった。



気が急いていたのか、メールで内容を送ると二度リテイクを喰らった。
受け取って貰えたのは年の瀬も極まり、31日だった。
春則も大変だったが、受け取らなければならない相手も大変だったはずだ。
この時期なので電話で話をしただけだけれど、年が明けたら早々に顔を見せに行かなければ、と頭に入れた。
その頭に触れて、少し考える。洗面所で自分の姿を見てため息を吐いた。
「・・・・百年の恋もいっぺんに冷めるだろ・・・」
それからシャワーに飛び込み、数日分の垢を落とした。
ジャケットを羽織ったところで、伸びすぎた髪の毛に触れる。
髪の長さや色が仕事に差し支える訳ではないし、セットの仕様でどうにかしてきたけれど、
これでは誰が見ても「伸びたので仕方なく」な頭だ。
春則は携帯を取って、頼みの綱の友人を呼んだ。



繕は待ち合わせの場所に向かった。
誰も気付かないかもしれないが、かなり気も急いていた。
いつものスーツではなく、ジーンズにセーター、その上にカジュアルなコートを羽織った。
休みなので頭も降ろしたままだった。こう見ると、繕は実際より若く見える。
連絡を貰ったのは、ついさっきだった
仕事が終わった、の一言に繕は喜んでいた。喜んだ自分に、驚いてもいたが。
改めて自分の部屋を見ると煙草の煙が充満し、キッチンにもコンビニのものが散乱している。
テーブルの上の灰皿を見れば、どれだけ苛ついていたのか一目瞭然だった。
「これから行っていいか」
と言った春則に、繕は頷けなかった。まず、この部屋を片付けたかった。
「かっこつけだ」と言われようと、いつも整えていたかったのだ。春則の前だけでは。
「部屋に何もないんだ、買い物をして行こう」
と繕は駅前の待ち合わせを伝えた。時刻はすでに夕方だ。
カウントダウンに向けて、街も騒がしくなっている。
駅前の、目立つ時計台の前で待ち合わせた。時計台は見えたけれど、辺りが少し騒がしい。
人が多いからではない。盗み見るような視線が、一点に向いている。
離れたところからは、あからさまに凝視している。
繕は気にしないで待ち合わせの相手を探した。そして、気付いた。
時計台にいる男。その周りにだけ、不自然に人がいない。
人待ちをしているように、携帯と周りを見比べている。
視線が自分に向いていることなど、一切気にならないようだ。いや、気付いていないのだろう。
繕は大きく息を吐いた。
髪型が違う。今までは襟足は肩についていたし、サイドも顔が隠れるほど伸ばしていた。
それがばっさりと切られ、その綺麗な顔を隠さないように映えるように、整えられている。
格好も、シャツにスラックスだけれど襟元が寒いのかスカーフを巻き、カーキ色のハーフジャケット。
小さい顔はもう、モデルのようにしか見えなかった。
繕は苛つくのがはっきり解って、その位置で煙草に火を付けた。
何度か吸ってから、その場所に足を踏み入れる。
その視線の中に入るには、繕としてもかなりの勇気がいったのだ。
春則は煙草を銜えた繕を見るなり、笑った。
「繕」
待ち人来たり、のその笑顔に繕は苛ついた感情が少し和らいだ。
「・・・髪、切ったのか」
ぽつりと言った繕に、春則は少し戸惑いを見せて、
「ああ・・・伸びきってたし、ちょうど友達の手が空いてたから・・・」
「友達は、美容師か?」
「いや、スタイリスト」
「・・・・その格好も、そいつに決めてもらったのか」
「ああ、そう・・・ついでだったし・・・おかしいか?」
「いいや」
繕はそう言っただけで、何も言えなかった。
言える筈がない。スタイリストの友人の目は、とても正しい。
「早く行こう・・・落ち着かねぇし、ここ」
春則の言葉に、繕は少し驚いた。
「・・・気付いてたのか?」
春則を見る視線に、だ。春則は顔を顰めて、
「・・・当然だろ、あんたがそんな格好でくるから・・・」
「なに?」
「いつもの格好でも、すげぇ見られんのに・・・髪も、下ろしてるし」
最後は繕から視線を外した。微かに染まった頬は、色気を増幅させている。
 繕は煙草を携帯灰皿に押し消して、ため息を吐いた。
「・・・・お前、」
「なに?」
「・・・なんでもない、行くぞ」
繕は感情を押し殺した。
ここで、押し倒すわけにはいかないからだ。


to be continued...



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