聖し夜に <後編>  





繕は運良く、すぐに流していたタクシーを拾い春則を押し込んだ。
運転手に告げた住所で、繕の家に行くことは解ったけれど
いつも以上に不機嫌な繕に春則は気まずく、口を出せないでいた。
しかも、さきほどの登場である。
男との会話を、いつから聞いていたのだろうか。
その恥ずかしさもあって、春則はただ繕とは反対の外を見ていた。
繕はいつも以上に、不機嫌だった。
それは、自分自身が解っている。
会社を出て、いつもの通り道で有り得ないものを見た。
春則である。しかし、独りではなかった。
まったく舌打ちをしたい気分だった。
その場所にいることに感情が高揚したが、目の前の男に一気に怒りを感じた。
もちろん、どちらの男に対しても、だ。
近づいてみると知らない男が春則を誘っている。
繕自身をろくでもないと言い切っている。
そんなことは、誰に言われずとも繕が解っていた。
仕事だと言った繕を、こうしてここで待っている春則を見た瞬間に大人気ない自分の行動と台詞に後悔した。
タクシーを降りて、マンションに入る。
エレベータで二人になった瞬間に、繕は春則を引き寄せた。
荒く、口付ける。
寒さで冷たくなった唇に、どうしようもない愛しさを感じて、それを隠すために乱暴に合わせた。
エレベータから部屋までも、始終無言だった繕はその扉の内側に入るとすぐに口を開いた。
「・・・勝手に待つな」
その台詞に驚いて、そして怒りを感じたのは無理もない。
春則は冷静な男を睨みつけ、
「あんたにそう言われる筋合いはない」
部屋に勝手に入って行って、自分の部屋のように暖房にスイッチを入れる。
「俺がしたくてすることに、口出しはされたくない」
「待ちたかったのか?」
春則は恥ずかしさと怒りが混じって、そして可愛い男になどなれるか、と自分にも怒りを向けて、
「ああ、悪かったよ! 勝手に待ったりして! 暇になったから時間を潰すのもいいかと思っただけだ!」
「あんなに寒いところで?」
「中はいっぱいだったんだよ!」
「独りであんなところに居れば、声を掛けてくれと誘っているようなものだと思うが?」
「・・・・ああそうかもな、待ってたのかもな。誰かが声をかけて暖めてくれるのを」
春則があそこにいたのは、通りから見えるから。
そして、すぐに見つけてもらえるからだった。
その意味を知られるのが嫌で、視線を合わさずに暖房に近づいた。
「寒いのか?」
「寒い」
春則の服も、身体も冷たかった。
「じゃぁ暖めてやろう」
繕は言うとすぐに春則をベッドルームに連れ込んで、その上に押し倒した。
変わらず荒いキスのまま、春則の手を掴む。冷たいそれに、異物があるのに気付いた。
意味を成さなかった指輪だ。繕は唇を離して、その手に口付けた。
「・・・?」
春則が訝しんでその行動を見ると、繕はため息のような声を出した。
「・・・首輪にすれば良かった」
「はぁ?」
「鎖に繋いで、閉じ込めておける」
「・・・・・」
「外で待つくらいなら、俺を呼び出せば良い。部屋で待っていろ」
「・・・・・・・・」
春則はその声を聞いて、驚いた表情を徐々に変える。
嬉しそうに歪む顔を必死で押さえ、また恥ずかしそうに顔を染める。
「・・・・あんた、それってさぁ・・・」
春則が言い切る前に、繕はその肩に額を押し付けた。
「煩い」
春則の視界から隠した理由は解る。
鈍感な二人ではない。
きっかけがあり、言葉が解れば何を思っているのか、感情をトレース出来る。
春則も顔を見られたくはなかったので、そのままの体勢でいた。
「・・・・・・」
暫くして、春則がため息を吐いた。
「あのさぁ・・・ゆって良い?」
「言うな」
きっぱりとした繕の声に、春則は感情が同じなことに気付いた。
――――――恥ずかしい。
それに、尽きる。
「あんたさ、もしかして、すげぇやきもちやき?」
「・・・・そんなことは無かった」
この言葉は正しかった。
今まで、繕にこんな行動を取らせたものはいない。
人前で、抑えられずに春則を攫うように連れ立った。
それを思い返しても、自分を疑ってしまうのだ。
とたんに、春則は笑い始めた。
「なんだ」
「・・・っい、いや・・・」
声を抑えているが、それは止まらない。
「俺らってさぁ・・・すげぇ莫迦だよな、と思って・・・」
大人の付き合いをしていたつもりだった。
相手の生活を尊重し、常識を弁え、我侭など言わない。醜態も見せない。周りにも惑わされない。
しかし世間はクリスマス。
イベント真っ最中のこの時期に、意地を張ってケンカをしてやきもちを見せて。
周りの人間のように、相手に一喜一憂して自分を乱すことを否としていたはずなのに、
実際のこの状況は結果的に周囲となんら変わりはない。
いや、自分の感情に素直になれる周囲のほうが大人に見えた。
意地を張り続ける大人が二人、子供だったのだ。
春則は笑いを収められず身体を捩っているし、そんな春則を繕は起き上がってため息を吐いて見た。
それから、ベッドから立ち上がり隣の部屋に消えた。
戻ってきた繕はその手の中のものを春則に渡した。
表情も無く、ただ渡されて春則はきょとん、とそれを繕を見比べた。
手に置かれた、鍵。
それがなんの鍵なのか解って、驚いて、そして顔を染める。
「・・・え?」
「外で待つな。会いたいときに、ここに来れば良い」
「・・・・・・」
「お前は無防備過ぎる」
春則はそれでも、嬉しさを隠しきれなかった。
「・・・これってさ、・・・クリスマスプレゼント?」
「・・・・・・」
繕は動揺を隠したくて、押し殺した声になったが答えた。
「・・・リボンをかけたほうが良かったか?」
何の飾りも付いていないそれは、あまりに繕らしくて春則は首を振る。
「いや・・・あ、でも俺、なんも用意してない」
繕は口端を上げて、春則を再びベッドに押し倒した。
「いい。これを貰う」
「・・・・・おっさんくせぇ・・・」
「煩い」
言いながらも、楽しそうな唇を塞いだ。
吐息を吐き出した唇で、春則は笑った。
「リボン、かけてないけどな・・・解かせてやる」
「リボン?」
繕は気付いたように自分のネクタイに手を伸ばした。
「掛けてやろうか? どこが良い」
にやりと笑った顔に、春則はため息を吐いた。
思考が解って、自分も大概おっさんだ、と思ったのだ。



「あ・・・っつ、ああっ・・・」
堪えきれなくなた声が、部屋に響く。
この部屋に暖房は掛けていないが、その肌はすでに汗が浮かんでいる。
後ろから腰を抱えていた繕は、動きを止めてその身を引き抜いた。
「あ、な・・・っ繕・・・!」
戸惑う声は、その行動を非難している。しかし繕は春則の身体を返し、正面から足を抱えた。
「あ・・・!」
上気した頬がますます赤くなり、濡れた目に動揺が走る。
それが見たくて、繕は立ち上がった自身をもう一度深く沈めた。
「あああっ・・・!」
苦しそうな息を吐きながらも、受け入れる。
春則の嫌いな体勢だった。理由は一つ。顔を見られながら抱かれることが、恥ずかしいからだ。
繕は唇を舐めて、その濡れた唇で程よく筋肉の付いた胸に口付ける。
「ん・・・んん、や、ま・・・!」
「待たねぇ・・・ここ、いいんだろ」
言われて、固くなった突起を舐めて口に含まれて、春則は身体で反応した。
「ん・・・んっ」
「・・・っ」
押し殺して鼻から抜けるような声と力の入った身体に、繕は自分も抑えられなくなる。
「あっ、あ、あっ・・・繕・・・!」
最奥を突かれる律動が早くなり、春則も合わせて高められる。
繕は自分がその奥に突き上げて、放ってしまうその瞬間に春則の立ち上がってしまっている前を握りこんだ。
「繕・・・!!」
「っ・・・」
中には熱が放たれたのに、春則はその行動に身体が冷えた。
独りで置いていかれて、中途半端な状態にさせられたことに、相手を睨み上げる。
「・・・っんた、なに、考えて・・・っ」
震えの止まらない身体は声も震わせる。
「・・・いや、お仕置きしとこうと思って」
「は?!」
春則はされる覚えがない。
繕は繋がったままの身体を見下ろして、
「今日も・・・それに、この前も、だ」
「だから、なに・・・っ」
春則はどうにもならない熱い身体を押さえて、いつもと変わらない口調の男を睨む。
「お前に隙があるから、声を掛けられるんだろうが」
「・・・・そんな、ん・・・」
春則に、そんな隙を見せている自覚は無い。
声を掛けられるのは今までの日常なのだ。
男であれ女であれ、春則は気に入ればそれを受け入れる生活をしてきた。
それを今責められても仕方が無いことだ。
「あっああ・・・!」
繕が腰を再び突き上げる。
中で放った熱が、滑りを帯びて溢れる。
軋むベッドとその音が響いて、春則は羞恥に顔を染め、目を閉じる。耳も塞いでしまいたかった。
「繕・・・繕!」
春則はすでに達しそうなのだ。
だから、羞恥を押し込めて相手を求める。
しかし一度達って余裕のある男は口端を歪める。
「・・・約束しろよ、春則」
「あっ、な、んん・・・っ」
「もう、声を掛けられるな・・・」
「そん、なの・・・っ知るか・・・!」
春則の最後の虚勢だった。
声を掛けるのは、春則ではないのだ。春則がどうあろうと、掛けられるものは仕方ない。
しかし、繕は許さなかった。
「しろよ・・・達かせて、欲しいんだろ・・・」
締め付ける春則の中で、繕も再び意志を持っていた。
力強く、春則の中を擦り上げて必死で放ちそうになるのを抑える。
「春則・・・」
両脇に手を付いて、その耳に囁く。熱い吐息が、限界を知らせる。
春則は必死に自我にすがり付いていたが、繕の身体を抱き寄せて、揺れる身体に自分を押さえてなどいられなくなった。
「わ・・・かった・・・! 解ったから・・・っ! 繕、早く・・・っ」
その声を聞くと、繕も抑えていられなかった自分を打ちつける。
「あっあっ・・・ああぁっ」
「・・・っく、」
春則が繕の腹に放つのを感じて、繕も春則の奥に再び熱を出した。
大きく息を吐きながら、繕が自身を引き抜くのさえ敏感に反応してしまう身体は、
ぐったりとベッドに四肢を投げ出しているその姿すら、艶を帯びて繕を駆り立てそうになる。
しかし、繕は自分を抑えた。
がっつくのはあまりに子供じみている、と思ったのだ。
落ち着いた春則は、力の入らない身体をプライドを持って起こした。
「・・・春則?」
その身体を支えて、
「・・・風呂、入る・・・あんた、どんだけ入れてんだ」
中が気持ち悪い、と濡れたままの目で睨まれて、繕は抑えたはずの自分に舌打ちをした。
「・・・入れてやるよ」
繕はその身体を担いで、浴室に向かった。
「繕・・・! いい、独りで・・・っ」
欲望に染まったその目に気付いた春則は、担がれたまま抵抗する。
綺麗にされるだけとは、到底思えなかったのだ。
その抵抗も虚しく、春則の予想通りにお湯を張り始めた湯船に沈められてそのまままた抱かれた。
揺れるたびに跳ねるお湯と、いつもより響く声。
「あっあっ・・・繕・・・!」
「・・・っ、まえ、お前の、せいだぞ・・・」
繕はその行為が春則のせいだと決め付けた。
いままでに、ここまで相手も求めて攻めたことなどないのだ。
そんな理由を春則も睨み返す。
「・・・っ、へん、たい・・・!」
「上等だ」
繕は精一杯の春則の悪態に、不敵に答えた。
春則は、心の中で吐けるだけの悪態を吐くしかできなかった。



クリスマスなど関係ないと思っていたはずなのに、そのイベントに乗ってしまった二人は、
まんざらでもない思いをしていたが、またお互いにそれを口にできなかった。
周囲のイベントでいくと、またすぐに次のイベントがあるのだが、
それはどうするのか、訊きたくて知りたくて仕方ないが、声に出せない。
「・・・・・」
また、お互いに気付かれないように、ため息を吐くことになる。


fin

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