聖し夜に <前編> お互いの感情を解りすぎて、もう一歩が踏み込めない。 遠慮なんて、らしくないだろう。 やりたいことを、してきたはずだ。今更取り繕うような関係でもない。 それでも足踏みしてしまうのは、これが恋愛だから? こんな年で、本気で好きになってしまったから? 嬉しいとか、楽しいとか、そんな気持ち、 ――――――恥ずかしいとしか、思えないんだけど。 テレビを付ければ、画面にネオンが輝く。 ライトアップされた景色が映し出されて、吐く息はとても白いのに、楽しそうに頬を染めている家族連れ。 コンドームショップに群がる男女。 嬉しそうに路行く人々――― 「知らねぇ野郎の誕生日に便乗して浮かれてんなよ!」 マイクを持ったアナウンサーすら、他人の誕生日に楽しそうだった。 春則は画面に向かって怒鳴りつけて、電源を切った。 椅子にどっかりと座り、パソコンに向かう。 マウスを持つ右手はいらいらと動き、少しでもその動きがずれれば無機質な機械にすら腹を立てる。 「っくそ!」 淡々と仕事をこなしていたけれど、こんな気持ちでしたところで良いものは出来ない。 月末までの納期があった。切羽詰ってしているわけではない。 他にすることがないから、仕事をしているだけだ。 こんな苛々させられるのもあの男のせいだ、と春則は目の前にいない男を睨んだ。 「・・・だから嫌なんだ」 「恋愛」なんて青臭い付き合いは止めたはずだった。 傷つかないように、嵌らないように、そのとき楽しければそれで良かったはずだ。 人を好きになって後悔するのは、もう遥か昔のことだった。 「別に楽しみにしていたわけじゃない。明日も明後日も、その次の日も、同じ日で変わりはない」 口にして言うと、気にしているようで情けなかった。 いつものあの口調で「仕事だ」と、言われただけだ。 春則は独りで部屋に籠っているから考えるんだ、とパソコンの電源を落とした。 身だしなみを整え、外に向かう。 仕事もあの男も忘れて、遊べば良い。 遊ばない俺なんて、俺じゃない。 春則は思い込ませて、輝くネオンの街に出かけた。 繕は仕事を終えて、見えないかもしれないが、急いでいた。 待ち合わせに、遅れそうだったからだ。 少しでも気を抜くとあの相手には誰でもその隣りに居ることを許してしまう。 それは女だろうと――男であろうと。 つまらない見栄だと解っていても、その指に所有物の証を付けさせた。 しかし、その成果はあまり見られなかった。 つまり、していようといまいと変わらないのだ。 それが解ったときは覚悟を決めて買ったことに舌打ちをしたい気分だったが、 それでも本人が外さずしているのを見ると、何も言えなくなるのだ。 今月に入ってから、街は輝き始めた。 どうやら他人の誕生日が待ち遠しくて堪らないらしい。 なにが起こるわけでもないが、過ごす相手がいるものにとっては何か特別な日なのかもしれない。 「クリスマスに相手がいないと寂しい」と言って、 そのとき限りでだけでも相手を作る人間を見てきたが、繕にはその感情が解らなかった。 すぐに別れるのなら、その日になんの意味があると言うのだろう。 今日も明日も、その日も変わらない日のはずだ。 仕事があれば仕事をするし、休日であればそのように過ごす。 誰かを抱きたければ抱く。 繕の生活のサイクルは世の中のイベントでは狂わない。 しかし、この年でそうゆう相手が出来てしまうとは思わなかった。 一緒に過ごしたいと思っているのなら、過ごしても良い。 ネオンが眩しい街中を待ち合わせに向かいながら、 繕はその日をどうするか、と周りと変わらない考えをしていることに気付かないで歩いていた。 その相手の姿が、見えた。が、繕は足を止めた。 独りではなかったからだ。 また声をかけられたのだろうかと眉を顰めてその二人を見つめた。 「・・・・・」 それから、煙草を取り出して銜え、火を付ける。 誰にも気付かれていないようだが、これは繕の落ち着くための所作だった。 見目が綺麗で、誰にでも声をかけられやすい相手は、繕が苛つく原因をすぐに作る。 よく変わる表情も、選んで似合ったその衣装も、自分を解っていてしていることだと、繕は知っている。 だから、ますます困るのだ。 もてるくせに、それに自覚があるのか無いのか―――― 繕に見られているとは気付かずに、その二人は別れた。 お互いに手を上げて、自然な動作だった。 それから繕は残った相手に、ようやく近づいた。 「・・・遅かったな」 言いながらも、怒りは見せていない春則に、繕は携帯の灰皿を取り出して煙草を消した。 しかし、またすぐに次を銜える。 「悪い・・・今のは?」 平然と、訊いた。 春則は、見ていたのか、と笑って、 「昔・・・ちょっとな」 ちょっと、どんな関係だったのかは聴かなくても解る。 繕も春則も、お互い同性と抱き合うのは初めてではない。 「しかし、周りは浮かれてるよなぁ」 春則は人事のように、世間を見渡した。 赤や緑、人工の白が目立つ。繕は、 「そうゆう時期なんだろう」 あっさりと言った。酔っ払いと縁日が並べば花見の季節だ。 そのときも、きっと繕は同じ台詞を言うだろう。 春則は笑ってしまって、 「そうだけど・・・クリスマス、どうするんだ?」 紫煙を吐く男に訊いた。 「・・・・仕事だ」 思わず、口から出た。 出してから、しまったと思ったが無いことには出来ない。 春則は少し間を置いて、 「・・・そうか、お互い、忙しいな」 「お前も?」 「ああ・・・納期が、迫ってる頃だろうな」 「そうか・・・」 それで、会話は終わった。 あとは部屋に行き、溜まった精力を発散し、お互いの生活に戻る。 変わらない日常だった。 心の中に疼きを感じても、それを口に出来るほど子供にもなれない、不器用な大人だったのだ。 |
to be continued...