愛して欲しいと言えばいい  8




目を覚ますと男の腕の中に抱かれていて、ケイタは驚いた。
そして、驚いたケイタを不思議そうに見る顔に、戸惑った。
あんなことをしておいて、どうしてこんなにも平然としているのだろう。
そして、笑った。
いつもの揶揄ようなものではない。全てを包み込んでくれる、笑顔だった。
もともと、とても綺麗な男はそんな顔をすると誰もをも一瞬で陥落できるだろう。ホストなんて仕事、天職だ、とケイタは思った。
そしてその顔で思ってもいないことを口にする。
ケイタには、いらない、と言うしかない。
それが手に入らないことは解っている。それほど子供でもない。それを無邪気に信じれるほど、子供でもない。
全身で圧し掛かられて、ケイタに逃げ場はない。
顔を嘗められて、自分が泣いていることに気付いた。
また、優しく笑う。
錯覚するから、やめて欲しい。
「言ってどうなる・・・」
ケイタは思わず呟いてしまう。
ケイタが欲しいと思ったものからは、もう望みはない。
けれど、どうしてここに来たのだろう?
この男は、いつでもケイタの望みを叶えてくれた。しかし、それまで叶えてくれるとは思えない。そんな人間ではないことくらい、知っている。
「・・・どうなりたい・・・?」
覗きこまれるように言われて、ケイタは揺れる目を男に向けれなかった。
そんなに、微笑まないで欲しい。
望んでしまいそうだ。
手に届く位置にいるこの男を、放さなくなってしまいそうだ。
そんなこと、あるはずがないのに。
世界が一人で満たされて、満足してしまいそうだ。
言えるはずもない。望めるはずもない。
だから、笑って優しくしないで欲しい。昨日のように、冷たく突き放してくれたほうがまだましだ。
「ケイタ・・・欲しいんだろ・・・?」
極上の声で囁かれて、ケイタはゾクリ、と身体が反応する。脳髄が、刺激される。
言ってどうなる?
ケイタは自制が効かなくなるのが解った。
言っては駄目だ、とどこかで鳴っている。
これは、ケイタの中の恐怖だ。
また、冷笑されて遊ばれるだけだ。
望んでも、無駄だから、何も欲しくない。
ケイタは、溢れてくる涙に気付かなかった。
覆いかぶさってくる暖かい体温に包まれて、どうにかなったのかもしれない。
男の肩に縋り付いて、口が思わず言葉を紡いだ。


「・・・・愛して欲しい・・・!」


潤んだ視界の先に、微笑んだ男が見えた。





           *





可愛いと思った。
泣き顔を見て、そう思ったのは初めてだった。いや、誰かに対してそう思うことが初めてかもしれない。それを譲二は欲しいと思った。
人形には見えないケイタに、泣いて縋られて、やはり譲二は陥落しないなど有り得ない、と実感した。
いつでも、望みを叶えてやった。「客」ではないのに、答えてやった。
その願いは、いつも断ることなど出来なかったのだ。
「お前が望んだことを・・・俺が拒んだことがあったか?」
言うと、ケイタの表情が驚愕に変わる。訝しんだ目で見上げて、それから探るように眉を顰める。譲二が自分の答えを求めるように、そのケイタに覗き込む。
「・・・ん?」
「・・・ほんとう、に?」
確かめるようなその言葉は本当に子供が縋るようで、譲二は堪えきれない笑みが漏れる。
「いつだって、お前が望めば叶えてやったろうが」
「・・・本当に・・・?」
信じきれないのか、また確認するように見上げるケイタに甘く囁いた。
「・・・愛してやるよ・・・」
「・・・・っ」
ケイタの身体が、反応するのが解らない譲二ではない。しかも、これほど密着しているのだ。
「お前が・・・どんなことを望んだって、答えてやる。ふらりとまたどこの男に抱かれたって、ここに来るなら抱いてやる」
「・・・・いいのか? ほかの男に・・・」
「お前が帰ってくるのは、俺のところだ。それを解っていれば、どこに行こうとお前の勝手だ」
「・・・・・」
不思議そうに見上げてくるケイタに、譲二はニヤリと笑った。
「ただし・・・覚悟はしておけよ。汚れた身体を、どんな風に綺麗にしてやるかは、昨日たっぷり教えたな・・・?」
「・・・・・っ」
思い出したのか、頬を染めるケイタに満足そうに笑う。
羞恥を持つケイタは、確実に今までとは違う。譲二はそれを手放すつもりは全くなかった。
「お前が望むなら、俺の愛情くらいいくらでもやる。・・・・だが、ちゃんと受け止めろ。逃げ出したりしたら・・・・また、お仕置きしてやるからな」
顔を赤くしたケイタは、熱に浮かされたような目で見上げ、頷いた。素直なケイタに、譲二はその額にゆっくりとキスを落とす。
「・・・・いいこだ」
それをうっとりと受け止めて、離れた顔をケイタはじっと見上げる。
「・・・・あの」
「・・・ん?」
ケイタは少し迷いながらも、真っ直ぐに譲二を見る。
「・・・・欲しい」
譲二は思わず笑ってしまった。
ケイタは欲望に忠実だ。
ぴったりとくっついた身体が、何を欲しているかなんて譲二にはすぐに解る。譲二はその耳に唇を落とした。
「・・・・可愛がってやるよ」
じっくりと、時間をかけて。
何しろ、譲二に求めているのだ。
譲二は、求められれば確実に答えてくれる。ケイタに望まれて、拒めるはずはなかった。
腰を押し付けて揺すると、ケイタは自然に足を開いて受け入れてしまう。従順な身体に、譲二は笑みを零しながらも、
「・・・我慢、出来ないのか・・・?」
「あ・・・だ、って・・・」
ケイタの奥に指を伸ばして、入り口をゆっくりと撫でる。
「あ、あ・・・っ譲二・・・!」
「ここに・・・すぐに欲しいのか・・・? それとも、じっくり慣らしてから・・・」
「あぁっ・・・譲二ッ」
欲しい、と懇願する顔に、譲二はその指をくっと押し入れる。
「あ・・・っ」
乾いた指は、さすがに柔らかなケイタのそこでも辛いだろう。
譲二は乾いた自分の唇を嘗めて、
「・・・やっぱり、じっくり慣らしてからだな・・・」
意地悪く笑った。
その笑顔にかなり焦らされて泣かされるだろうことを感じたケイタが、羞恥と期待に顔を染めるのが解って、
「・・・お前の望みは、叶えてやるよ」
どうゆうふうに叶えれられるかは、ケイタに決められることではなかった。
だから、愛されていろ、と譲二は笑った。
やはり欲望に忠実なケイタは、譲二に従うだけだった。
どんなに啼かされても、譲二は必ず望みを叶えてくれると知っているからだった。
「譲二・・・いっぱい、して欲しい・・・いっぱい、愛して欲しい・・・」
甘い望みに、取り敢えず譲二はその唇を塞ぐことから始めた。
これ以上望まれたら、自分の抑えが効かなくなりそうだったからだ。


fin



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