犯罪者の年齢 2






「もう晩飯用意した? まだだろ? これから肉買ってくから、焼肉にしようぜ。じゃ、あとでいくから用意してろよ」
深津が口を挟む暇もなく、その連絡は途切れた。
耳に当たる携帯からは、もう一定の機械音が聞こえるだけだ。
休みの午後の電話だった。その日は朝から航太郎とのんびり過ごしていて、いきなりの電話に深津は途方に暮れたように傍にいた航太郎へと視線を向ける。
「誰? なんだって?」
「・・・辰彦が、お肉を買ってくるので、焼肉にしようって・・・」
「・・・・・うちで?」
航太郎もとりあえず首を傾げた。
もちろん、客を呼ぶのに厭なことはないのだけれど、珍しく一方的な連絡だったのだ。
その理由は夏の日も落ちる頃にやってきた、辰彦とその連れによるのだ、と知ることになる。





「お邪魔ぁ」
深津が鍵を開けてチェーンを外すと、その扉の向こうから勝手知ったるように辰彦がビニール袋に肉だろうと思われるものを持って上がり込んでくる。
「入れよ」
後ろにそう言って先に上がり込んだので、深津はドアを全開にして誰かいるのだろうか、と確かめた。
いたのだ。
そこに、どうすればいいのか解からない顔をして所在無く立ち尽くした少年が。
「・・・・・・えっと」
深津も幼い少年――といっても高校生くらいだ――を見つめて困惑をしたけれど、そのままでいられるはずもなくとりあえず相手に促した。
「どうぞ、入って? 辰彦の知り合い? 遠慮せず――」
勧めてから、深津は頭に響くように閃いた。
以前、辰彦が手を出すだのどうしようかだのと悩んでいた相手の話をしたのは、まだこの夏になり始めたころの話である。
その相手が高校生だというのも、その時に聞いたはずだ。
戸惑うように玄関へと上がってきた少年を深津は改めて見つめた。
深津より低い背で、細い身体で、発育しきっていないそれは確かに高校生なのだと思う。
しかし今時の子供を思い浮かべて、少し深津は目を見開いた。
目の前で萎縮している少年は確かに高校生だけれども、世間で騒がれているような一般的なものとは程遠く、深津が羨ましがるほどの艶めいた黒髪で睫に縁取られた大きな目も覗き込みたくなるほど黒い。
Tシャツにジーンズという格好だけれどとても――正しい高校生の形に、見えたのだ。
この子が、辰彦にあんな過激な発言で迫ったとは考えられない・・・
深津は長い付き合いの友人の言葉を疑ってしまう。
それほど綺麗で清楚という言葉が似合う少年だったのだ。
廊下の向こうのダイニングにあるテーブルにすでに焼肉の準備は整い、あとは肉を待つだけの状態にしてある。
そこで航太郎と辰彦が賑やかに話し始めたのが聞こえてきた。
深津は溜息を誤魔化しながら少年に笑いかけて、
「お腹空いてないかな、すぐ、食べれるようにしてあるから」
戸惑ったままの顔を解そうと背中を押した。
その顔はまるで捨てられた子犬のようで、酷い大人だよなぁ、と深津は自分たちを思ったのだった。





「見城弥衛です」
自己紹介はそれだけだった。
大きなダイニングテーブルに深津と航太郎、その向かいに辰彦とその見城弥衛―けんじょうやえ―が座ったときにペコリ、と頭を下げた。
その視線は戸惑っていて、どうしてここで食べなければならないのかまだ不思議そうなものだったけれど、それを向けられた辰彦は気にもかけずに久しぶりに会った航太郎と話を弾ませていた。
動揺した視線を引き受けて、深津は困ったように笑う。
それしか出来なかったのだ。
どういう経緯で辰彦がこの少年をここへ連れてきたのかは解からないけれど、連れて来たのならお互いの関係も話してしまっているはずだった。
深津は和んでもらえるように、接客業で培った気遣いをし続けた。
辰彦が買ってきた肉の量はキロ単位で、野菜も用意したけれどそのほとんどは航太郎と辰彦の中に収められた。
そしてその間、二人とも際限ないほど飲む。
アルコールが得意でない深津はほどほどの加減で付き合い、少しだけ深津に慣れたのか笑顔を見せてくれる弥衛にホッとしていた。
が、もうそれもお開きとなったのは完全にそれらを食べつくし飲みつくした頃で、その時には弥衛は新しくなったソファへ赤い顔で転がされていた。
「もう・・・、なんで飲ませるかなぁ? 高校生だよ?!」
クタ、と頬を染めて目を閉じる顔は幼くありながも整った容姿のせいでどことなく艶が見える。
深津はそれにも怒りを覚えてあれだけ飲んでも理性もなくならない恋人と友人を睨んだ。
「悪い、二日酔いとか、これくらいじゃならないから大丈夫だって」
辰彦が申し訳なさそうに言うことにも深津はキッと睨んで、
「・・・つまり、こうなること、知ってたんじゃないか!」
「・・・・・」
反論もなく視線を逸らした友人の態度は肯定以外に有り得ない。
「航さんも!」
睨まれて、航太郎も視線を外す。
細い深津が、身体の大きな二人を諌める姿はどこかおかしいものだけれど、今深津に逆らえはしないのは二人ともわかっている。
「・・・ごめん、謝りついでに深津、ベッドちょっと貸してくれよ。このソファじゃ、ちょっと小さい」
「ああ・・・うん、いいよ」
足を折り曲げて転がっていた弥衛を辰彦はなんの重みも感じないように自然に抱き上げた。
そのまま向こうのベッドルームへ行こうとして、
「・・・ソファ、いつのまに買い替えたんだ? しかもちっさくなってるし?」
辰彦の素直な疑問に、後ろから着いて行った深津もリビングに残った航太郎も返事をすることはなかった。
ちょっと見ててくれ、と辰彦に言われて深津は薄暗いベッドルームに目を伏せた弥衛と残った。
伏せられた睫の長さを確認するように顔を覗き込んで、
「・・・綺麗な子だなぁ、辰彦、本当にこの子と付き合ってんのかな・・・」
辰彦でなくても、深津さえいいのか、と疑問に思ったのだった。
その幼さの残る睫が震え、ゆっくりと漆黒の瞳が開かれる。
深津は驚かさないように、と笑って、
「・・・気がついた? 気分は? どこか気持ち悪い?」
「・・・俺、ああ、そっか、お酒飲んで・・・」
そこから意識がないのも、本人に自覚があるようだ。
身体を起こそうとする弥衛に深津は手を貸しながらもう一度覗き込んで、
「大丈夫? お水持ってこようか」
部屋から出かけた深津を、目覚めたばかりの弥衛はどこか思いつめたように慌てて引き止めた。
「あ、あの・・・!」
「ん?」
「あの、深津、さんと、航太郎さんは・・・」
深津のベッドに座り込んだ弥衛と視線を同じにするように、深津もそこへ腰掛けて相手の途絶えた先を読み微笑む。
「・・・・うん、付き合ってます。ここで、一緒に暮らしてます」
辰彦がこの子に本気だと言うからこそ、深津も隠し事はなく当たり前のように言った。
「僕が航さんと付き合い始めたのは高校生のころで、まだ子供だって、今なら思うけど・・・あの頃から、お互いに本気で付き合ってました」
「・・・・俺、あの・・・田神さん、と」
「うん、辰彦から、聞いたのは・・・弥衛くんのことだよね?」
「・・・俺のこと?」
「付き合うなら、遊びは厭だって、言ったんだよね?」
「・・・・っ!」
いきなり真っ赤な顔で深津を見返し、それにも耐えられず弥衛はすぐに俯いて、
「あ、あの、あれは、勢いっていうか・・・!」
その反応に深津は思わず笑みを零して、
「うん、でも、本気だったんだよね? だから、辰彦も本気で付き合ってる」
「・・・・・・・はい」
俯いた弥衛の視線は少し戸惑っていたけれど、赤い顔のままで小さく頷いた。
深津はその頭を撫でて、
「・・・あんな男だけど、辰彦を好きになってくれて有難う、って、僕が言うことじゃないけどね」
それに顔を上げた弥衛に苦笑して見せると、弥衛も少し顔を綻ばせた。
「じゃ、水持ってくるね、喉渇いたでしょう」
「・・・あ、一緒に、行きます」
「・・・そう?」
知らない家の知らない部屋に、独りで残されるほど心細いものはない。
深津も、反対の立場なら同じ気持ちになっただろう、とすぐに想像がついて二人一緒にその部屋を出る。
リビングは直線の廊下の向こうで、ドアはない。
そこへ行きかけて聴こえてきた声に二人とも足を止めた。
それは思わず、だったけれどそのまま聞き逃せない会話が耳に入ってきたからだったのだ。


to be continued...



BACK  ・  INDEX  ・  NEXT