| 犯罪者の年齢 1 春先の日曜日、珍しく高校時代の友人が一人で現れた。 航太郎と深津は同じ高校の先輩後輩で、自然と友人も知り合いが多くなる。 朝から仕事が入って出かけた航太郎を見送ってすぐに訪れた男は深津の同級生で中学からの友人だった。 「はよ、ちょっと、いいか?」 大手薬品会社の営業をしている友人は田神辰彦―たがみたつひこ―で、休日らしくラフな格好をしていた。 深津より背は高くひょろりとした印象だ。笑顔がとても優しそうで、営業部としては評判がいいらしい。 けれど深津としては長年の付き合いでそれが完全な外面だと知っている。 その辰彦が、リビングに通すなりソファの上に座り大きく溜息を吐く。 背を丸めてしまうと、大きすぎる身体が聊か滑稽だ。 「・・・どうしたんだ?」 深津は朝食の残りのコーヒーを辰彦の好きなカフェオレにして出して不思議そうに覗き込んだ。 辰彦は自信家だ。 平気ではったりをかませる度胸のある男で、滅多に他人に弱みを見せない。 付き合いの長い友人に対してもあまり隙を見せたりしないのだ。その辰彦の溜息に深津は少し心配になった。 辰彦は苦笑してそのカフェオレを受け取り、 「こんな早くに悪いな、先輩は仕事か?」 この先輩はもちろん航太郎のことで、深津は頷いて辰彦とテーブルを挟んだ床に座る。 「うん、イベントがあるからって・・・航さんに用だった?」 「いや・・・・どっちかってーと、お前に用。先輩は居ないほうがいいかも・・・?」 「え? なに? なんかあった?」 「あったっつうか・・・」 辰彦は珍しくも言葉を濁らせ、カフェオレで喉を潤した。 それでもしばらく戸惑いを見せていたが、深津が黙って待ち続けていると困惑した顔で口を開いた。 「お前さ、初めてやったとき、どうだった?」 「・・・・・なにを?」 「セックス」 「は?!」 口篭った割りにあっさりと口にした辰彦に、深津は身体を後退させるほど驚いてその顔のまま辰彦を見返した。 その顔は冗談ではなさそうで、真剣だ。 しかし深津には尚更解からない。 「な・・・っなんで、そんなこと聞くんだよ!」 「なんでって・・・知りたいからだよ、ちなみに相手は先輩で、だ」 「な・・っな!」 驚いた顔を徐々に赤く染めた深津は上手く言葉が出ず空気を噛んだ。 「やっぱさぁ、怖い? 痛い? 17のときだよな、確か・・・犯罪? いや、相手も未成年なら大丈夫なのか?」 「・・・・・・っ」 辰彦は訊きつつも自分の思考の中に入ってゆく。 しかし深津としては聞き捨てならないことだ。 「じゅ・・・っ17、って! な、なんでそんなことお前が・・・っ」 深津と航太郎が出会ったのは高校で、付き合い始めたのは知り合ってから半年後だった。 さらに身体を重ねたのは翌年、深津が二年になってからのことだった。 しかし、その事実を深津は例え友人だろうとも口外したことなどない。 辰彦はそんな深津の疑問をあっさりと受け、 「あ? んなの解かるに決まってるだろ、お前どんだけ色っぽい顔してたと思ってんだ。卒業してんのにあんなにウキウキな上機嫌で先輩が校門まで迎えに来たの見たって解かるだろ」 「・・・・・・・・・」 自分はそんな顔をしていたつもりはない、と深津は言い切りたいがバレてしまっているのなら言っても仕方ない、と脱力して赤い顔を伏せた。 そしてそこから話題を遠ざけよう、と違う疑問を口にする。 「なんでそんなこと、訊くんだよ」 「・・・・・」 今度は辰彦が口をカフェオレで隠した。 「・・・・辰彦?」 「・・・・んー・・・未成年ってさ、18までか? 20までか? 未成年に手ぇ出すのってさ、挿れなきゃ犯罪じゃねぇのかな・・・」 「・・・・辰彦?」 呟きのような辰彦の疑問に、深津は眉を顰める。 何故、未成年にこだわるのだろう。 深津はそのまま思い当たった考えを一度否定した。 辰彦は高校の頃付き合っていた彼女を事故で亡くした。 それ以来、誰とも本気で付き合うことをしなかったのだ。 自分の常識の範囲内なら、遊びという遊びを全てしてしまえる男である。 その辰彦が、言葉を濁しながら悩んでいる。未成年にこだわっている。 「・・・まさか、辰彦」 「・・・・俺さぁ、深津、今更子供に嵌るとは思ってもなかったんだよなー・・・」 「子供って・・・!」 掘り下げて訊けば、辰彦の嵌っているという相手は17歳になったばかりだと言う。 深津と辰彦は32歳。 ひとまわり以上の年の差だった。 確かに子供としか言いようがない。 「あんまりにも思われてさ、それが可愛いんだよ・・・つうか、それに手ぇ出したいって思ってる俺が異常?」 「あ・・・あい、相手の子は? 辰彦、付き合って・・・いるのか?!」 「付き合って・・・る、一応。恋人にしてくれ、と言われて受けたからな。付き合ってるんだろう」 「いや、てゆうかさ・・・ああもう、なんで?!」 困惑してしまった深津はパニックになりそうな頭を抱えて疑問として辰彦を見る。 辰彦は表情なく深津を見返すけれど、付き合いの長い深津には解かる。 辰彦自身、困惑しているのだ。 「あんなさ、真っ直ぐな目で見られて、真っ直ぐにぶつかってこられて、騙されてもいいとか言ってでも遊びはいやだとか・・・・今時の子供って怖い・・・」 暗い影を覆い始めた辰彦に深津は今度は心配を混ぜて、 「あのさ・・・えっと、もう、し、したのか?」 「・・・・してたらお前にこんなこと言ってねぇ」 「そ、そうだよね、ごめん・・・えっと、お前は、その子が好きなんだな?」 「・・・・どうだろうな」 「どうだろうって、なに」 「あいつ・・・こんなオッサンに好きになられて、大丈夫なのかな」 「はい?」 「まだ子供だぜ? なのにこんなに汚れたオッサンにいろんなことされて平気なのかな・・・」 「い、いろんな・・・って」 「エロいこと。俺がヤバイのは自覚ある。あんな幼い身体に俺、すげぇエロいことしてみてぇみたい・・・異常だよな?」 「・・・・・い、異常っていうか・・・・!」 深津は赤くなった顔をもう上げることも出来ず、脱力したようにヘタってしまった。 辰彦はもう言ってしまって楽になったのか、迷うことなくその深津に続ける。 「聞きたかったのはさ、お前、されたほうじゃん? 俺よりはお前の意見を聞いたほうがいいかと思って・・・」 「・・・・・ちょっと待って!」 「なに?」 「さ、された・・・ってさ、あの・・・・相手、男の子なのか?!」 「・・・・・・言ってなかったか?」 「言ってない!! お前が?! 男の子に?! ええ?!」 深津が驚いたのは、男子校で一緒だったときも、隣に男と付き合っていた深津が一緒にいても、この辰彦という男は同性に一切興味がなかったからである。 「お、おま、お前、男の子にするって・・・で、出来るのか・・・?!」 「うん? 知識はある。欲情もする。いつでも出来そうだ」 「・・・・・・っ」 言葉をオブラートに包まない相変わらずな友人に深津は頭を抱えてしまう。 深津は平常心を取り戻すまでかなり時間をかけたけれど、それでも友人のためを思って出した答えは相手を勇気付けるものだった。 高校生の頃、初めて航太郎に触れたとき、触れられたとき。 深津は確かにどうなってもいい、と思った。それがとても、幸せだった。 それを後悔したことなどないし、大事な思い出のひとつでもある。 子供だったから、尚更あのときの気持ちは真剣だったのだ。 女性と身体を合わせたこともない深津にとって、航太郎とのそれは何もかもが初めてで戸惑って、最初のそれは航太郎もぎこちなく、今思えば新鮮だ。 「・・・お前がその子に真剣で、その子も本気でお前を好きだと言ってるのなら、ちゃんと答えてあげればいいよ」 「・・・・そっか」 辰彦は何度か頷き、朝早くから来たことを詫びて早々に帰った。 まるで台風のような勢いに、深津はしばらく動けなかった。 いつもと変わりない休日で、洗濯と掃除、いい天気だったので布団も干した。 買い物にも行った。朝早くの友人の訪問は嘘だったような一日で、深津は夕方に航太郎が帰ってくるまでそのことを忘れていた。 「ただいま」 日も落ちきってはいないけれど玄関から響いた声に深津は嬉しそうに出迎える。 「お帰りなさい、早かったんですね?」 「ああ、後片付けは他のやつに任せてきた」 「そうですか・・・・・」 「・・・深津?」 疲れた顔で微笑まれて、深津は知らずそれを見つめていた。 その視線を、航太郎は不思議そうに覗き返す。 「どうした?」 「え・・・・っあ!」 言われて、深津はじっと見ていたことに気付く。 赤くなった顔を背けて慌てて取り繕おうとするが、どもってしまって何を言えばいいのかすら思い浮かばない。 「あ、う、え・・・っ」 「深津? 落ち着け、どうした・・・?」 「な・・・っなんでもないです・・・・!」 真っ赤になった深津は、そう言うことしか出来ない。 しかし完全に羞恥を見せる深津を、航太郎がそうですか、と放っておくはずもない。 「なんでもないって顔か、どうしたんだ」 玄関の上がり口で航太郎は壁に深津を押し付けるように、逃げられないように俯いた顔を覗き込む。 「・・・・・っ」 「深津」 こうなった航太郎が、引かないことを深津はすでに知っている。 誤魔化しても騙されてくれないことも、知っていた。 深津は困惑して噛み締めていた唇を解いて溜息を吐いた。 「・・・・ちょ、ちょっと・・・思い出して、しまって、」 「なにを?」 「・・・・は、初めての・・・とき、です」 「・・・・・・・」 告白した声に、無言の返事があった。 深津は羞恥を隠し切れず俯いたまま、自分の困惑をどうにかしようと口を開く。 「あ、あの、とき、あの、航さん、すごく、お、落ち着いてたって、いうか・・・な、慣れてたっていうか、べ、別に厭じゃないんですけど、ど、どういう、気持ちだったの、かな、と・・・」 「・・・・・落ち着いてなんかいられるかよ」 ぼそりと返ってきた一言は低く、深津は驚いて顔を上げた。 そして、また目を見開くほど驚愕した。 そこにあった航太郎は珍しくも耳まで赤く、視線を自分から外していたのだ。 「お前も緊張してたから―――気付かなかったかもしれないが、俺だってすげぇ緊張して・・・・慣れてないから酷くしたような気がするのにお前は笑って受け入れるから・・・・」 そこまで言って、航太郎は恥ずかしくなったのかそれを振り切るために赤い顔で深津を睨む。 「って、なんでそんなこと今更・・・っ?!」 「あ、あの・・・辰彦が今日・・・」 「辰彦? 来たのか?」 「はい・・・・」 深津は隠すこともない、として今朝の全てを話した。 聞き終えると航太郎は少し驚いてはいたけれどすでに平静を取り戻し、 「ふぅん、あの男がコドモにね・・・」 「あ、あの、僕安易に言ってしまったんですけど・・・良かったんでしょうか? もしかしたら取り返しのつかないような・・・・」 漸く心配になってきた深津はその顔で航太郎を見上げるけれど、返ってきたのは不敵にも見える笑みで―――深津は下がれもしない背後の壁に縋りついた。 「な・・・っなん、ですか・・・っ」 「いや、お前が後悔してないって分かったから、嬉しくなった」 「はい・・・?」 「俺はあの時浮かれきってて、お前の気持ちを顧みる余裕なんかなかったからな。改めて知って、嬉しい」 「う・・・っ」 正直に、真正面から目を逸らすこともなく微笑まれて、深津は固まって壁に背を付けたまま声すら出なくなってしまった。 「ところで深津」 「・・・・は、はい」 「最近はそれなりに慣れてきたと思うんだが、お前を気持ちよくさせれるかどうか、試してもいいか?」 「・・・・・・・・っ」 にっこりと笑う目には、後輩になど負けてたまるか、という強い意志が見えた。 深津がそれに反論できるはずもなく、そのまま抱きかかえられる腕の中に小さく納まったののだった。 「・・・・卑怯です、航さん・・・」 「厭か?」 「・・・・・」 航太郎の肩に頭を乗せながら、だからそういうところが卑怯だ、と深津は思うけれどもう何も言うことは出来なかった。 |
to be continued...