一陣の手紙





  先生 いかがお過ごしですか
  お健やかにされていらっしゃいますか
  何か心痛めることなど起って涙しておられませんか
  ああ また 余計なことだと怒られそうです

  先生 僕はとても幸福の中に居ます
  辛いことなど何もなく
  ただ 先生への想いだけが溢れているのです

  先生
  僕の背にある大地が 先生の御許へと繋がっていると想うだけで
  僕の視界に広がる大空が 先生の世界と繋がっていると想うだけで
  僕はとても仕合せに想うのです

  今 僕が手を染めたことは
  先生をまた苦しめてしまうかもしれません
  けれど 先生
  僕は 先生の世界を護れたと想うだけで
  悦びに満ちるのです
  文官とはいえ 軍人であるというのに
  先生
  先生はとてもお優しく 強く美しい
  そして 儚く脆い

  先生を想う人々は あまりに大勢で
  僕などすぐに判らないかもしれません
  それでも先生
  僕の世界は先生で溢れているのです

  目を閉じれば先生のお姿が浮かびます
  細身の先生の御身体を
  僕はいつもこの腕に抱いてしまいたかった
  冷たさを感じるその瞳が
  本当はいつも涙しそうになるのを知っています
  先生ほど 僕らを想う方はいらっしゃいません
  けれど先生
  涙しないでください
  決してもう 手には届かないと知りながら
  目を閉じれば先生が居るのです
  僕はそれだけで 仕合せを想うのです

  先生
  本国はもう 初夏を迎えている頃でしょうか
  長雨が終わり 世界一面に陽の光を浴びて
  新緑の木々が慶びに満ちているのでしょう
  先生 世界はとても美しい
  それを教えてくれたのは 先生です
  先生の存在が 世界を輝かせています
  世界は何と綺麗なのでしょう
  それを知った僕に もう恐れるものはないのです
  先生を護れるのなら
  この世界を護れるのなら
  僕はこの業火に包まれてしまっても構わない

  先生
  僕を覚えていてくださいとは言いません
  僕のしたことを赦せないと想うのであれば
  僕を忘れてください
  僕は先生を想っています
  先生の世界を想っています
  だから 良いのです

  僕の起こしたこの炎が
  先生の許へと届かないのを悦びに想います
  けれど 先生
  爆風が本国へ届く頃
  初夏のそれとなって
  先生の御身体へ一陣の風として触れることを
  どうかお許しください
  それを先生への最後の挨拶とさせてください

  先生
  世界はとても美しい
  見上げた空は 炎の隙間から蒼く輝いています
  目を閉じれば先生のお姿が映ります
  僕はとても仕合せだ
  
  先生
  けれど 最後に先生の声が聴きたかった
  もう一度だけ 先生の声が 聴きたかった

  先生
  先生を想って逝くことを
  どうかお許しください


  阿久利 吾妻



fin



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