拍手40 おねだり 小春日和シリーズ




「ねぇ瀬厨くん、どうだった?」
「どうって?」
友人である五十嵐は、本当に素直で、可愛い。
しかしその素直さが、時々怖いくらいに思うのは俺だけだろうか。
「三ヶ月目には、一緒にするものなんだって。瀬厨くんは、どうだった?」
三ヶ月目、というのは、付き合い始めて、と言うことらしい。
五十嵐は先輩の菊池と付き合い始めて、三ヶ月目に入ったところだった。
その経緯も知る俺には、喜ばしく思うところだけど、こういう言動には注意が必要だ。
人と付き合うことを、何から何まで知らなかった、というまさに無知が制服を着ている五十嵐は、遊び慣れている菊池の言うことを全て信じる少し困ったところがある。
俺は昌弘と付き合っていて、経験は――その、した回数なら、五十嵐より多いのかもしれない。
だけど、多いだけだと、最近思う。
「一緒って、なにを?」
男子校だけど、周囲に男と付き合っているのは、俺だけだ。
だから五十嵐は、特に疑問に思うことを俺に訊く。
昌弘とは中学から付き合っているけど――何から何まで、知っていると思われるのは心外だ。
首を傾げた俺に、五十嵐は少しだけ声を潜めた。
「口でね、一緒に――アレを、舐めるの」
「・・・・・・・・・・・」
俺は一瞬で理解出来なかった。
固まったまま、状況を想像して、理解して、それから一気にどっと顔というか全身が赤くなった。
このまま、発火するんじゃないかと思ったくらいだ。
「な・・・っなに、なん、どう、」
どもって言葉にもならない俺に、五十嵐は少し溜息を吐いて、
「僕ね、うまく出来ないんだ・・・いっつも途中で先輩がするほうに夢中になっちゃって、ちゃんと出来ないの。ねぇ瀬厨くんは、いつもどうやるの・・・瀬厨くん?」
悩んでいるんだ、と打ち明ける五十嵐は、真剣に訊いてきて、俺を見て首を傾げた。
俺は――答えられるはずもない。
真っ赤になったまま、固まっていたからだ。
だから、五十嵐は困った存在なのだ。
そんなこと、俺に訊いたって仕方がない。
だって俺は――したことが、ないんだから。



言うなれば、ご奉仕されている。
俺は本当、どれだけ甘えているんだろう、と五十嵐を見ていると思う。
五十嵐は、毎日菊池が好きで、好いてもらいたい、と必死にアレコレ――本当にいろいろ、しているらしい。
そしてそれを、教えてくれる。
昌弘は、俺にして欲しい、と言ったことが一度もない。
言われたことがないのを、五十嵐からいろいろきいて初めて気付いた。
菊池はそりゃ、たくさん遊んでいて、いろんなことに慣れて、知ってもいるんだろう。
昌弘より、いろんなことを、知っているのかもしれない。
だけど、その昌弘にだって俺はしてもらうだけ、なのだ。
正直、言ってしまうと、その、最中、俺は何も考えられない。
初めてしたときも――今も、だ。
五十嵐のように、菊池に何かをしたい、なんて考える余裕がない。
昌弘とキスをして、ベッドに倒されて、夢中でしがみ付いていると、もう思考なんかまともに働かない。
昌弘が、俺の――を、口で、してくれるのも、されるのも、慣れたと言いたい。
言いたいけど、毎回目眩がしそうに恥ずかしくて、でも気持ちよくて、俺はただ、受け入れるだけなのだ。
その後は本当にもう――されるままだ。
どこがどうなってるか、どうされてるか、なんて、五十嵐のように考えている暇はない。
五十嵐の質問に、俺は何も答えられなかった。
答えられない自分が、恥ずかしいくらい情けなく感じた。
だから俺は――決意した。
俺は、昌弘に、ご奉仕するのだ。



「真樹?」
誰も居ないことを確かめた昌弘の部屋で、俺は昌弘をベッドに座らせて一度息を吐いた。
緊張して、手が震える。
だけどこれくらいやり通さなければ、五十嵐に合わせる顔もない。
なにより、今までしてくれていた昌弘に申し訳ない。
何かを――返したい。
俺で出来ることなら、なんでも。
こんな俺が好きだなんて言ってくれる昌弘に、俺も好きだって、言いたい。
「どうした――おい?!」
「ちょっと、じっとしてて」
驚いた昌弘を制止して、俺はそのベルトに手をかけた。
震えながらも外して、ファスナーを降ろす。
服を脱がすことすら、初めてなのに自分で呆れた。
目の前に現れた下着に、その下にある性器に、俺は息を飲んだ。
「真樹! ちょっと待て、なにしようとしてる?!」
「なにって・・・わかんない?」
「わかる・・・けど、解かんねぇよ! なんで、いきなり?!」
「いきなり・・・じゃないよ。ずっと考えてたから。俺、したい」
「は?! ちょ、っと待て、落ち着け、ちょっと!」
「落ち着いてるよ・・・」
慌しいのは、昌弘のほうだ。
下着に手を伸ばそうとした俺を、昌弘は強く掴んで同じベッドに引き上げた。
隣に強制的に座らせて、視線を合わせる。
「なに? もう邪魔しないで」
「邪魔、って・・・お前、何があった? なんでいきなり、したいなんて・・・」
今まで、そんな素振りを見せたこともない。
「しちゃダメっての? 昌弘は、して欲しくない?」
「や・・・ええと――」
「そりゃ、俺・・・したこと、ないから、上手には出来ないだろうけど・・・でも、少しでも、俺、昌弘に・・・」
気持ちいいって感じて欲しい。
いつも俺が思ってること、同じように思って欲しい。
俺の願いは、おかしいものかな?



昌弘は頭が痛い、と額を押さえて、
「いや・・・えっと、おかしくないし、悪くもないんだけど・・・別に無理にさせたくないし」
「無理じゃないよ! 五十嵐だって出来るんだから、俺だって・・・」
「五十嵐? って・・・また、なんか言われたのか?」
「言われたわけじゃないけど・・・」
でも、自分が情けないことに気付いたのも確かだ。
「どんなふうにしたらいいのかわかんないから、菊池先輩に教えてもらうのもいいかなって思ったんだけど・・・」
「は?! なに言ってんだよ!?」
「・・・うん、俺も、するの、昌弘じゃなきゃやだから、それは出来ないって思って。じゃあ、昌弘にしなきゃ上手くもなんないし・・・ねぇ、させて?」
「さ・・・っ」
俺は、精一杯のお願いのつもりだったのだけど、昌弘は赤い顔で俯いてしまった。
「昌弘? どうしたんだ?」
「・・・・いや」
昌弘は動揺を落ち着かせるように溜息を吐いて、顔を上げた。
それから真っ直ぐに俺を見る。
「俺は、正直、してもらうよりするほうが好きだから、今までと同じで構わないんだけど」
「・・・でも」
「でも真樹が、そんなに俺のこと想ってくれるのも、嬉しい。したいって思ってくれるのも、嬉しい。だけどやっぱ、俺がしたいから・・・妥協案がある」
「妥協案?」
どんな案なのか想像も出来なかった俺に、昌弘は真面目な顔で言った。
「真樹がして欲しいこと、ねだってみて」
「・・・は?」



つまり、リード権は俺にある、らしい。
俺の言うとおりに、昌弘はしてくれる、らしい。
したいこと、言って、と言われて、俺は戸惑った。
だって、いつも考える前にしてもらえるから、何をどうするのかわからなかったのだ。
「真樹?」
「あ・・・え、と、じゃ・・・キス、したい」
ベッドに向かい合って座り、俺は目を伏せたまま告げた。
はい、と折り目正しい昌弘の返事が聞こえて、顎を取られて持ち上げられた。
唇が触れるだけのキスに、俺は無意識に口を開く。
口の中が乾いて、舌が動いた。
「ま、昌弘・・・」
「ん?」
「キス」
「してるだろ?」
「ちが・・・もっと、舌、ちょうだい」
どう伝えればいいのかわからなくて、俺は思ったままを口にしていた。
昌弘はでも、ちゃんと理解して――でもちょっと笑ってる気がしたけど、深いキスをしてくれた。
「ん・・・っん、んっ」
キスの間に、俺は昌弘にしがみ付く。
もっと、強く抱いて欲しい。
身体の奥が痺れるような感覚を、掻き乱してほしい。
「ま・・・まさ、ひろ、ね・・・っ」
「・・・ん?」
「さ・・・わ、って、」
キスの合間に、動かない昌弘の手に焦れる。
俺の思考はこの辺からぼんやりとしてしまって、上手く言葉が出ているかどうかわからなかった。
「どこ?」
「あ・・・ぜ、ぜん、ぶ、」
「全部? 大まか過ぎる・・・細かく指定して」
「・・・むね、とか」
女の子じゃないのに、胸を触ってほしくなる。
薄いのを確かめるように、昌弘の手が俺の胸に触れた。
その上を撫でられて、背中が震える。知らず、首を振っていた。
「や・・・っあ、あの、あれ・・・あれ、も、」
「あれって?」
俺は全身が熱かった。
顔も、赤かったと思う。
なんか恥ずかしくなって、早くどうにかしてほしいのに、昌弘は俺の言葉にしか動かない。
動悸がすごく早く大きくなって、俺は理性なんて失くしてしまいたかった。
「ちくび・・・かんで、」
そこからは――正直、忘れたい。



「瀬厨くん、お早う」
「・・・はよ、五十嵐」
「どうしたの? 顔、赤いよ? 風邪?」
「・・・違うけど」
この顔は、昨日から治まらないだけだ。
昨日の俺は、本当どうにかしていたんじゃないかと思う。
自分があんなことを言えるなんて。
昌弘にあんなことをねだるなんて。
その全部に、昌弘が確認して聞いてくるから、俺は恥ずかしくて泣き出して――でも、止められなくて。
して欲しかった。
いつもしてもらって、わからなくなっていると思っていたのに、身体はしっかりと覚えていたようで。
俺はして欲しいことが思い浮かべることも出来て。
せめて顔を見ないで、と言えば後ろから抱きかかえられて――その格好も嫌だと泣いた。
でも嫌だと言えば、昌弘は止めてしまう。
そして次のおねだりを待つ――本当に、待つだけで。
むちゃくちゃ、恥ずかしかったし、でも気持ち良くて止めて欲しくなかった。
矛盾で俺は思考を止めてしまいたかったのに、昌弘が何度も聞いてくるから俺は最後まで、自分にされることを――されていたことを知ってしまった。
昌弘は俺の言うことを聞いただけって言うけど、昨日の昌弘はいつもより――いじわるだった。
「瀬厨くん、なにかあったの?」
無邪気に聞いてくる五十嵐に、それを教えるかどうか、俺は赤い顔で悩んだ。
いつも俺を困らせる五十嵐を、少しは戸惑わせることが出来るだろうか?


7 五十嵐の場合
「先輩、僕、して欲しいっていつも言ってますよね?」
「――ん?」
ベッドの上で制服に手を伸ばした俺に、薫は相変わらず可愛いだけの顔で首を傾げる。
「瀬厨くんが、教えてくれたんですけど・・・すごく恥ずかしかったって」
「は?」
「でも僕、いつもして欲しいってねだってばかりだから、それのどこが恥ずかしいのかわかんなくて」
「なにがなんだって?」
いつものように、主旨を置いたまま話す薫に、話の筋すら見えなくて俺は最初から説明させた。
曰く。
瀬厨は原田に奉仕しようとした、らしい。
が、妥協案などと言っておねだりを強要された、らしい。
して欲しいことを全部言わされた、らしい。
それだけで、俺は原田の意図が分かった。
しかし、薫は俺の前で不思議そうにするだけだ。
言葉責め・・・
俺はきっと楽しいだろう行為を思い浮かべて、原田もなかなかやるな、と思った。
きょとん、と俺を見つめる薫に、少し意地悪く思いついた。
「俺も、薫に言ってほしいな」
「え? 何をですか?」
「これからゆっくり――教えるから」
「はい」
教えてもらえるなら安心だ、と笑う薫に、さてどう変化するだろうと長い夜に笑った。



いつもぱちはちありがとうございます!励みになります!


fin



INDEX