拍手39 ツンデレの男 書き下ろし




世の中のツンデレ好きに訊きたい。
――どこがいいんだ?

「えー? なんかさ、可愛いじゃん?」
「そうそう、こう、甘えるのは俺だけ〜みたいなさ」
教室で雑誌を広げ時間を潰すクラスメイトたちは好き勝手に言う。
「どこが? うざってぇだけだろ」
俺は心底厭そうに顔を歪めた。
「普段は無関心みたいにしといて、二人になるとべたべたしやがって」
「なに、お前の彼女ってツンデレ?」
「うらやましい!」
いつでも代わってやるぞ、と言いたい。
でも言えない。
教室のドアから、隣のクラスの男が顔を見せて、
「帰るぞ」
一言。
俺は立ち上がり、クラスメイトに手を振る。
「あいつみたいにクール過ぎるのもどうかと思うけどな〜」
「だよな、あいつと付き合う子が可哀想」
教室を出る俺たちの背中にきこえる声。
ああそう。
言うのは勝手です。
その、可哀想なのが、俺。
世の中可哀想ランキングがあったら上位に入りそうな俺。

「なぁ、腹減らないか? ピザ頼む? 生地はもちもち? カリカリ? チーズいっぱいのせていい? トマトは?」
遅くまで親の帰らない男の家に帰るなり、俺はゲームを始めた。
その俺の背中にべったりくっついて、宅配ピザのメニューを広げる男。
「あーうっせぇ! 訊いてんなら答える暇を与えろ! つーかちょっとは離れろ!」
「だってお前、いつも何でもいいって言うだろ」
「解かってんなら訊くな、勝手に選べばいいだろ」
「一緒にいるのに? なぁどれがいい?」
だから勝手に選べっての。
二人になると、親にも見せないこの甘苦しい態度。
片時も俺の腰から腕が抜けないんですけど!
せめて座イスの背もたれにでもなってみろ!
よっかかるな!

本当にみんなに訊きたい。
ツンデレって、本当にいいと思うか?



「キモチイイ? って訊かれるのウザイよねー」
「そうそう、声もっと出そうよとかさぁー、部活かよ!」
「出して欲しけりゃもっとテク見せろっての」

これは俺の言葉じゃない。
駅前のファーストフードで隣に座った女子高生たちのあけっぴろな会話だ。
ビックマックに齧り付く俺の向かいに座る男は、何も聞こえてないように平然としている。
オトコノコとしては、いたたまれないけれど聞かないふりをするしかない。
お嬢さんたち、それはね、言葉責めって言ってね、男には結構堪んないものなんです。
凌辱プレイって結構好きなんです、男は。
泣かせるのが好きなんです。
それで自分のプライド保ってるんです。
結構弱い生き物なんです、男って。
隣で騒がしかった女子高生たちがいなくなると、俺は視線だけを前に向けて、
「――だってさ」
「なにが?」
まったく自分には関係ないような態度。
聴こえてないはずはない。
だけどうその態度。
ああそうですか。
自分には全然関係ないつもりなんですか。
クールな外見と態度からは全然想像出来ない男は、凶悪なツンデレだ。
しかも無自覚だ。
始末に負えない。
この男が毎回、俺に言ってるのは彼女たちの言い分とまったく変わんないんですけどね。
すげえいいとこ触りながら、「キモチイイ?」って訊くの意味あんのか?
恥ずかしくて堪んないから声抑えてんのに、「声出せよ」って言うの酷くないか?
男として言いたいとも聞きたいとも思う。
だけど、それをされる男の気持ちも解かってほしい。
プライドもあるから、必死に答えないよう頑張ってみると、「そうか良くないのか」ってさらにシツコクされる男の気持ち。
誰に言えることもなく、一人で毎回落ち込んでいるのは俺。
だから俺は、ツンデレが嫌いだ。
たまにはセックスも、クールにしようぜ。



何も無い荒野で、弾丸を受けた。
それは心臓に直撃して、身体を貫き周囲は赤い血で染まった。
反動で倒れた身体には、いつまでも痺れが残って狂わされた。

「――は?」
ナンダソレ。
俺は真剣に言うセリフに、いつも以上に白々しさを感じて目が据わった。
今俺が訊いたのは、どうして俺に告ってきたのか、で。
そんなケッタイなセリフが欲しかったわけではない。
「それっくらいの衝撃だった、っつーこと」
「だから、何が?」
男の言うことは、時々――いやほとんど、理解不可能だ。
まず、男の俺に惚れたとか言ってる時点でおかしいからだ。
それを受け入れちゃってる俺も――おかしいのか。
「お前を初めて見たときだけど?」
「はぁ? お前アタマ大丈夫か?」
俺は、どっから見ても野郎だ。
贔屓目に見たって、オンナノコのように可愛い、なんて言われたこともない。
逆立ちしたって、モデルのように綺麗だ、なんて言われたこともない。
初対面といえば、入学したときだったと思うけど、学ランを着た俺にどういう衝撃だったと言うんだ。
「お前それじゃ、一目惚れって言ってるみたいだぞ」
俺はただ、呆れたのだが、男は真剣だった。
「だから、そう言ってる」
「・・・お前、一回眼科行け? いや、精神科か?」
野郎に一目惚れって、いったいどういう状況だ。
男は機嫌が悪そうに眉を寄せて、俺を睨んだ。
なんだって言うんだ、その顔。
それから拗ねたような声で、俺に言ったのだ。
「――だって俺、ゲイだし」
はい?
なんだって?
青天の霹靂。
それこそ、身体を揺らす衝撃。
お前それ、今頃言うことか?



「お兄ちゃんはね、なんと『強気受け』でーす!」
ツヨキウケ?
居間のこたつの反対側で、雑誌を持つ妹が嬉しそうに言うのを、俺は意味が解からず顔を顰めた。
さっきから、「答えて」と言われていくつかの質問にYESかNOで答えた結果、らしい。
妹の独特な趣味は知っているが、それを俺に当てはめられても困る。
「相性の良いタイプは、『年上包容攻め』だって! あ、冒険するなら、『年下ワンコ攻め』やーん、これもいいなー」
「ワンコ・・・? 獣姦?」
どういう状況なのか解からないが、とりあえず付き合う相手のことだろう、と思う。
だけど俺の言葉に、妹は爆笑だ。
「あははははは! 違うよ〜ワンコっていうのはね、甘え上手な犬タイプってことなの!」
ことなの、と断言されたって、知るはずもない。
どうでも良いと思っていたが、俺はふと思いついて訊いてみる。
「・・・ツンデレってのは、駄目なのか?」
「ツンデレー? 強気受けにー? ってか、お兄ちゃんそういうのだめじゃーん」
「え?」
「ベタベタされるの、嫌いだよね。あ、ならワンコ攻めもだめかぁー」
すっぱりと妹に否定されてしまい、俺は黙った。
状況を知らない妹でも、そう思うらしい。
俺がその「強気」なんとやらだろうとなんだろうと、「ツンデレ」とは合わないのかもしれない。
だから俺たちは今――絶賛絶交中なのだ。

きっかけは、あの男が先日言った言葉。
「――たまには、素直になれよ」
素直になれ?
それ、俺に言ってるのか?
じゃあお前はどうなんだ?
二面性のツンデレ。
そのデレデレしたの、普段から出せるってのか?
ブチ切れた俺は、めでたく、
「なら別れる」
と吐き捨てたのだ。



それから一週間、俺たちは一度も話していない。
目も合わさない。
毎日一緒に帰っていた俺たちを、不思議そうにクラスメイトが見る。
「ケンカか?」
ケンカ?
そんな生易しいもんじゃない。
絶交だ。
しかも、復交する見込みなんてない。
この俺が、あのツンデレ野郎に今まで付き合ってきたことのほうが驚きだ。
自分で自分を褒めてやりたい。
これであの男と縁は切れた。
もう、男の家に行くこともないし、腰に腕を回されることもない。
普段が嘘のように話しかけられることも、うざったいほど構われることもない。
しつこいセックスをされることもない。
俺は晴れて、自由になったのだ。
そう思えば、今までは何かに囚われていたように感じる。
この開放感、なんとも晴れ晴れとしたものだ。
隣のクラスにいるはずの男は、俺の視界の隅にも現れない。
俺はこれから、青春を取り戻すべく、カワイイオンナノコと付き合うことにする。
そう決めた。
だと言うのに、クラスメイトからまた首を傾げる。
「なんだよ、まだ仲直りしてねぇの? 機嫌悪いなー」
「は?」
悪くなんてない。
もうあの男とは別れたのだ。
機嫌が悪くなる理由なんて、ない。
ないはずだ。
しかし、俺は機嫌が悪い。
確かに、日々苛々したものが募る。
まったく何だって言うんだ。
自分にさらに苛ついて、そのあたりにあるもの全てをぶち壊したい気分だ。
男が俺の前に姿を見せたのは、そんな時だった。



「――――ごめん」
二人きりだと、延々と紡がれる声は、一言そう言っただけだ。
なんだ、ごめんって。
謝るってことは、復交したいってことか?
自分が悪いって、認めるってことか?
気まずそうに男は、しかし俺を伺うように見る。
情けない顔だ。
ずっと声も交わさず、姿も見せなかった男の、考えた結論はこれらしい。
なら、俺の結論はこれだ。
俺は固く握りこぶしを作って、男の顔めがけて振り上げた。
「――っつ!」
顔を避けるでもなく、モロに受け止めたのは褒めてやる。
一発で許してやらないこともない。
「この――バカ! 今までなにしてやがったんだ!」
本気で別れるつもりが男にあったのだろうか。
俺の怒声に、男は頬に痣を作ったまま、眉を顰める。
「お前を、見てた」
「毎日?!」
「毎日」
「影から?!」
「影から」
「ストーカーか! この変態!」
「お前が絶交だって言うから――」
姿を見せず、俺の怒りが納まるのを待っていたと言う男に、俺は本当に呆れた。
この男の思考回路だけは、未だに読めない。
だから俺は、いつも振り回される。
振り回されるのが嫌なら、本当に縁を切ればいいと思うのだが。
「俺に――素直になれってのかよ?!」
「――いや、それは」
「どこがどう、素直じゃないってんだよ!」
ああ俺は、何を言ってるんだ。
これじゃまるで、俺は――
「俺をずっとほっときやがって・・・! 一生許してやらねぇからな!」
一生、俺に傅いていればいい。
俺に許しを請えばいい。
男は了承のつもりなのか、俺に腕を回して抱きしめた。
その腕に抱かれながら、俺は自分の本性を知ってしまった。
「クソバカホモツンデレ野郎・・・」
低く罵るのに、男は首を傾げた。
「ツンデレ? それは、お前だろう?」
「黙れ、バカ!」
それは一生――知らなくて良かった事実なんだから。



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