拍手38 ラブリーヌード 糸の解ける日シリーズ



「ラブリーヌード」


キナの最近のお気に入りはバブルバスだ。
泡風呂だろう、と犬養に言われるけれど、バブルバスだ。
泡風呂ってなんか、ヘルスのイメージ。
犬養の恩師に頂いたものなので、犬養自身はあまりいい顔をしていないけれど、お風呂に罪はない。
今日も早くからお風呂を溜めて泡の中で遊んでいると、足音が聞こえた。
犬養さんが帰ったのかな、と思うけれど、廊下を歩く音が慌ただしくて、らしくない。
どうしたんだろうと考える前に、浴室のドアが勢いよく開いた。
「――キナ」
「・・・どしたの、犬養さん?」
低い声で、据わった目で、スーツ姿のまま入ってくる犬養の機嫌は悪い。
「これは、なんだ?」
「へ?」
その手にあったのは、一枚のポラロイドだ。
そういえば、お風呂が溜まるまでリビングで写真の整理をしていたのを思い出す。
後でするからと片付けもせず、お風呂へ直行したのだが、その中の一枚から抜き取ってきたらしい。
スーツが濡れるのも気にしない犬養が浴室のタイルを踏み、写真を突きつけてくるのに、目を瞬かせた。
そこに映っていた自分は、今より少し若い。
そして、何も着ていない。
「あー・・・」
なのにピンクの猫耳だけが頭にある。
腰骨のあたりまでで切れているポーズは、意図的だ。
状況を思い出して、そして犬養の機嫌の悪い理由を知って、言い訳を考え巡らせる。
「えっと、それはずっと前に、知り合いのカメラマンと遊んでて」
「前に? 遊んだ?」
「前だよ、もうずーっと前。俺が上京してきたくらい」
「そんなに前? どうみても今のお前と変わらないじゃないか」
「違うよ、この頃から俺ケッコー老けたもん」
「どこが?」
そうきっぱり言われるとどう答えていいのか詰まるけど、当時のままだとは自分が一番思えない。
「こんな格好で、何をして遊んだと言うんだ」
じろり、と睨みつけられて、慌てて泡だらけの手を浴槽に乗せる。
「それ、マッパじゃないよ。ギリで、ちゃんと下着履いてるよ」
「・・・・・・」
撮った後で、それを脱いだかどうかはすでに気付かれている視線で睨まれて、言い訳が考え付かないことに気付く。
「えっと・・・あの、」
いったいどうすればいいのだ。
それは過去のことだし、昨日今日のものではない。
過去にあったことを全てなかったことになど出来るはずもない。
犬養にだって過去はあるはずなのに、自分だけ責められてキナは面白くない。
浴槽から手を伸ばして犬養から写真を奪う。
「もう、こんなのただの写真じゃん!」
「――なんだと?」
「今目の前に、この俺がいるのに、犬養さんは写真の俺のが気になるの!?」
「・・・・・・」
浴槽に膝立ちになると、上半身は完全に泡から出てしまう。
肌の上にところどころ泡を乗せたままだが、完全な裸であることは間違いない。
キナを見る犬養の目が、一度瞬いて、次の瞬間にはもう熱のこもったものになっているのがよく解かった。
「――確かに、生身のほうが重要だな」
片手でネクタイを解く仕草が、酷く荒い。
スーツが濡れる、と言いかけたキナの唇は、早々に奪われた。
その激しさに、早まったかな、と後悔しても遅かった。
しかしこんな自分に簡単に挑発される犬養もどうなのだろう、とつくづく呆れる。
そして、そんな犬養に嬉しく思う自分も、どうなのだろう、としみじみ思った。



「60秒の逢瀬」


クリスマスプレゼントに、手動で巻く腕時計をあげた。
修也はそんな手間のかかるものが、意外に好きだったりする。
「時計の長針と短針って不思議だな」
嬉しそうに早速巻いてみながら、そんなことを言い出すので僕は首を傾げた。
「どういう意味です?」
「長針と短針、なれるとしたらどっちがいい?」
「え・・・っ」
いきなり言われても困る。
そんなものになりたいと思ったことなんかない。
「修也は?」
「俺は秒針」
二択じゃなかったのか。
呆れながらもその意味を訊く。
「その方が、会える回数が多い」
僕は噴き出してしまった。
文字盤の上で、長針か短針かに出会うため、必死に走っている修也を想像してしまったからだ。
僕は笑いながら、
「秒針じゃ一瞬しか会えないよ」
修也はそれに気付いたように時計から顔をあげた。
「それに、長針や短針だったとしても・・・重なるのは60秒だけだよ」
待っているのか追いかけているのか。
ただ会えるのをじっと見つめて、漸く触れたと思えば60秒でお別れだ。
僕は待つことも、期待することも辛くて怖いのを知っているから、不安になってしまう。
修也は一度頷いて、
「時計の針じゃなくて良かった」
「は?」
修也はあっという間に僕をその腕に抱きよせた。
「針じゃこうしてお前を抱くことも出来ない」
「修也・・・」
そもそも、針だなんだと言いだしたのは修也なのに。
僕が呆れていると、修也はそんなこともう気にしないように笑う。
その笑みに、僕がどれだけ壊れていくか知っているのだろうか。
毎日、毎回、修也の笑顔に、声に、仕草に、僕は壊れていく。
バラバラになった僕をかき集めて、腕に抱き入れて、もう一度僕にしてくれるのも修也だ。
ずっと壊して。
何度も直して。
そんな願いをするのは、今日が特別な日だからだろうか。



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fin



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