拍手30 飲んでいいんだな? 糸の解ける日シリーズ




赤い顔した春則に、惚れ薬を貰った。
キナはその小瓶をいろんな角度から眺めて、本当かな、嘘かな、と微かな期待にドキドキした。
蓋を開けて、少し考えたけれど、顔が締まりなくなってしまうのは止めれそうにない。
想像しただけで、面白そうだ。
一滴、じゃ足りないかも、と考えて、手を振って調味料を入れるようにドリップしたばかりの珈琲の中に入れた。
振っても何も出なくなって、少ししか入っていなかったのだと気付く。
まぁいいか、とカラになった小瓶を見ていると、
「何をしている」
「うひぁあ!」
背後からいきなり声を掛けられて、キナはその小瓶を床に落としてしまった。
コロコロと転がったそれを拾い上げたまだジャケットを脱いだだけの犬養は、
「なんだ?」
「え、ええと、どうしたの、犬養さんっ」
小瓶を訝しんだ相手に、キナはいつのまにキッチンに入ったのだ、と慌ててしまう。
「お前が、珈琲を淹れに行ったままいつまでたっても帰らないから・・・」
ほんの10分ほどのことだ。
いや、5分もかかっていないかもしれない。
その過保護さに呆れ、しかしどこかくすぐったそうに肩を竦めて、
「はい、珈琲」
淹れたばかりのそれを笑顔で差し出した。
「だから、これはなんだ?」
小瓶の中身を入れるところを見られていては、キナには逃げようがなかった。



「惚れ薬?」
ソファに座り、テーブルに件の珈琲と小瓶を並べて白状すれば、犬養は想像通り顔を顰めた。
「いやー・・・えっと、嘘かもだけど、ちょっと・・・試してみても、いいかなー・・・とか」
徐々に小さくなる声に気付きながら、キナはボソボソと言い訳を始める。
怒られる、と思いきや、犬養は、
「飲めばいいのか?」
「へ?」
あっさりとカップを手に取る。
「え、ちょっと、いいの?! 飲むのっ?!」
「お前が飲めと言ったんだろう?」
「う、いや、そう、だけどあの! そんな得体の知れないもの、だよ?!」
「お前にそんなものを飲ませるよりは、ましだ」
もしかしたら、あまり身体に良くないものかもしれない。
それをキナに飲ませるより、自分で処分する、と犬養はあっさりと言い放つ。
「それに、惚れ薬なんだろう? まぁ飲んだところで、俺の何が変わるわけじゃないとおもうがな」
「犬養さん・・・」
甘さが溶けて、足元に溜まって身動きできないような愛情に、キナは泣きそうになってしまった。
「飲んでいいんだろう?」
その後で、どうなっても知らないぞ、と言う犬養の目が妖しく光る。
「う・・・っ」
今でさえこの甘さなのに、惚れ薬なんて飲んだらいったいこの男はどうなってしまうのだろう。
キナは背中がすうっと寒くなって、まだ湯気の出るカップに掌を押しあてた。
「だ、だめ! やっぱだめ!」
「そう言うな、お前がだしてくれたものは、全部ちゃんと飲みたい」
「・・・・・っそ、そういう言い方、するなぁっ!」
「事実だろう・・・?」
笑いの含んだ声に、キナは真っ赤になって首を振る。



「だ、だめ、こんなの飲まなくても、いいっ!」
「そう言われると、ますます飲みたいな」
「だめだってば!! 返して、もう!」
キナが手で蓋をしているせいで零れはしないけれど、お互いの間でカップが揺れる。
「ちょっと試してみるのも?」
「だめだってば・・・っ」
キナはカップにかかる犬養の指をはがして、自分に引き寄せる。
そしてそのまま、こんなの隠滅してしまえ、と温くなった珈琲をぐいーっと呷った。
「キナ・・・!」
犬養が慌てても、すでに遅い。
ごくん、と飲みほしたキナからカップを奪っても、すでに一滴もそこにはない。
「馬鹿か! すぐに吐き出せ!」
犬養としても、こんな怪しいものを本当に飲むつもりはなかった。
もちろん、キナに飲ませるつもりだってない。
洗面所に連れて行ってすぐに吐かせよう、とした犬養の腕を引いて、キナがその顔をじいっと見つめてきた。
「キナ?」
何度かキナは瞬いて、それからとろん、と目を細めて笑う。
「いぬかい、さん・・・」
ソファに座る身体に圧し掛かり、身体に手を回してシャツの上から頬を擦り寄せる。
「き・・・キナ?」
「ん・・・なぁに?」
驚いた犬養の声にも、甘いものにしか聴こえないのかキナはうっとりとした顔を上げて、その唇を少し開く。
赤く濡れたそれは、キスを強請っているそのものだ。
本物だったのか、と顔を顰めるけれど、心地よい重みに犬養が逆らえるはずもない。
「タチの悪いもの、飲んだお前が悪いんだぞ・・・」
抑えきれない欲望を持て余す自分があさましい、と犬養は舌打ちをする。
その細い身体に誘われるようにソファに反対に押し付ければ、誘惑に揺れ、期待の籠った目が真っ直ぐに犬養を捉える。
「悪いの・・・おれ? いぬかいさん・・・おしおき、する?」
どんな甘いお仕置きだ、と犬養は吐き捨てたかったが、キナのこの顔には勝てない。
「ああ、すごいことしてやるから、音を上げるのは許さん」
して、と足を開くキナに、犬養はもうどうにでもなれ、と理性を放棄した。



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fin



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