拍手29 お先にどうぞ だから好きだと言っているシリーズ 1 「目に毒なくらいだった」 と言うのが、人の悪そうな笑みを浮かべる懲りない店長の感想。 春則は「残りだけど」と渡された小瓶を持って帰って、じいっと見入ってしまった。 リビングの床に座り込んで、ローテーブルに向かい固まった。 コンビニで買っただけのチーズと生ハムを肴に、タンブラーに入れたワイン。 ワイングラスを使え、と言われるけれど、手酌で飲むならこれで充分だ。 先月出張に行った繕のお土産のそれは、かなり気に入ってしまい、みみっちいな、と思いながらもちびちびと飲んだ。 しかしそれも、もうこの一杯で終わりだ。 いくらボトルを逆さに振っても一滴も出ない。 残念にも思うけれど、最後の一杯をじっくりゆっくり飲むつもりで、そして話の肴に、と先日行ったレストランバーで貰った小瓶を眺めていたのだ。 春則の家で、また出張から帰ってきた繕はスーツのままで現れ今はシャワーを浴びている。 背中にその音を聞きながら、春則はそっと蓋を開けてみた。 まさか匂いくらいではどうにもならないだろう、とそっと鼻を近づける。 無味無臭、と思いつつ、やっぱり店長の冗談だろう、と緊張した自分に笑って蓋を閉めようとした瞬間、 「なんだそれ」 「うあッ!」 いきなり背後に立たれたのに驚いて、身体がびくっと揺れた。 その反動で、手元にあったタンブラーに傾いた小瓶からポタポタッと雫が落ちて入る。 「あーっあーっあー!!」 「なんだ・・・」 絶望に落ち入るような声を上げた春則を、繕はうるさい、と眉を寄せて向かい側へと据わる。 春則は真正面から視線を受けて、そっと目を逸らしあくまで自然な仕草で小瓶に蓋をして床に置いた。 「・・・別に?」 「それが別にって態度か」 明らかに挙動不審なのは、誰が見たって解かることだった。 2 「別には別にだよっ、な、喉渇いたろ、飲めよこれ」 「・・・これは、お前が一人で全部飲むって言ったんだろう」 お土産として買ってきたものでも、二人で飲めるものは一緒に飲んでいるのだが、春則はこれを一口飲むなり、独り占めする、と子供のようなことを言い出したのだ。 もともと春則のために買ってきたものだから、繕は気にしないでいたのだが、そうまでして抱えた最後の一杯を差し出され、繕は訝しんだ視線を向ける。 それには視線を合わせず、 「独り占めするのもどうかなって思ってたからな、気にせず、ぐいっと、」 「お前は、隠し事が本当に出来ないやつだな」 「う・・・っ」 煙草を銜えて、慣れた動作で火を点けてから紫煙を吐きだした繕のそれを顔に受けて、 「話せ」 低い声で迫られれば、結局春則は話してしまうのだ。 3 「惚れ薬?」 店長に貰った、と言えば、繕ははっきりと不審なものを顔に表す。 そういう類は全く信用していない男なのだ。 「やー・・・でもさ、なんか効果あったらしいぜ」 「誰が、誰に飲ませたんだ?」 「ん・・・たぶん、隣で立見くんがすごい睨んでたから、あの辺りだろうけど」 「で、お前それ、これに入れたのか?」 「入れたんじゃねぇよ、入ったんだよ」 お前が脅かすから、と言い返せば、 「馬鹿馬鹿しい」 繕の答えは予測付いたものが返ってくる。 だから一層春則は躍起になって、 「信じてないならさ、飲めるだろ」 「信じてなくても、そんな得体のしれないもの飲めるか」 「身体に毒じゃないらしいけど」 「それは誰が証明してくれる」 「・・・・繕が、」 どうぞ、とタンブラーを差し出せば、何よりも冷たい視線が返ってくる。 煙草の灰を灰皿に落として、 「お前の飲みたい酒だろう、お前が飲め」 「俺は・・・いいよ、たくさん飲んだ」 「信じてるのか」 「し、信じてねぇよ」 「怖いのか」 「怖くねぇ、よ!」 むきになって言い返す声が、繕の言葉を肯定してしまっている。 睨み合ったまま、部屋に沈黙が落ちた。 4 時間の経過とともに、テーブルの上や床に飲みほしたビンやカンが転がる。 酒には強い二人が、飲み比べを始めれば冷蔵庫のストックもすぐに切れてしまう。 実際、コンビニには2回走った。 夜風に当たって、また酔いが冷めて次を煽る。 それの繰り返しで、お互いに決着がつかないことを知っているけれど止められない。 テーブルの上で、ただずっと飲み手を待って佇んでいるのは室温に暖まったタンブラーだ。 未だそれはどちらも口に付けるところにいかない。 「そっちからどうぞ」 「お前が飲んで見せろ」 一口違う酒を飲むたび、延々とそれを繰り返している。 漸く、どちらかが、ではなく、二人とも飲んでみる、という話にはなったのだが、またその順番でずるずると延びる。 さらにお互いがダウンすれば、その口に無理やり入れられそうな気配なので落ち着いた雰囲気にもならない。 「出張から帰ってきたばっかりだというのに」 疲れた身体に何をさせる、と繕が愚痴れば、 「だから早く飲んでゆっくりしようって言ってんじゃん」 春則もここは引けない、と言い返す。 二人の夜は、まだまだ続きそうだった。 いつもぱちはちありがとうございます!励みになります! |
fin