拍手28 惚れ薬の効果 ビーナスの思想シリーズ




「これを飲んだら、もっと立見が好きになるらしいよ」
そう言って立見の父、昭吾が取り出したのはグレープ色のジュースだ。
半信半疑ながらも、菊菜はそれを手に取って見つめてしまった。
カウンタの中の男の経営するレストラン・バーで、菊菜はフロアで忙しく働く立見が仕事を終えるのを大人しく待っていた。
時間つぶし、と昭吾にカクテルの話を聞いていたのだけれど、その途中で昭吾が差し出したのだ。
「・・・グレープジュースに見えます」
「うん、その通りなんだけど」
「・・・昭吾さん?」
「秘密の薬を入れてあるから、試してみる?」
「これを飲んだら、もっと立見が好きになるの?」
「そう」
「・・・・逆は、ないの?」
もっと、立見に好きになってもらいたい、と困惑を顔に乗せると、昭吾は一瞬驚いて、それから控えめに吹き出してしまった。
「っくっく・・・! いや、あいつはもう充分、菊菜ちゃんに惚れてると思うが」
「そうでしょうか・・・」
「間違いないね」
昭吾が言い切るのに、菊菜はもう一度手許を見て、それを一気に呷った。
「あ・・・・」
昭吾が驚いたのは、随分素直に受け入れたことに対してと、菊菜の後ろに息子の姿を見たからだ。
「親父、なに勝手に菊菜に飲ませて・・・・」
「いや・・・ジュース、だしな」
「は?」
グラスの中身を飲み干した菊菜は、頭の中に立見の声が聴こえる、と知ってそのままふわり、と身体を揺らした。
「菊菜?!」
グラリ、とスツールから落ちるように身体を傾けたのを受け止めたのは立見だった。



「あ?! 惚れ薬?!」
低い声で、立見が父親を睨みつける。
店の奥にある控え室で、そのソファの上に菊菜を寝かせてこの状況を説明しろ、と昭吾を責め上げると、
「うーん・・・友達からの妖しいもんだったから、てっきり冗談だと・・・」
小瓶に貰ったそれを、飲み物に――菊菜に出したジュースに入れたのだが、
「妖しいもんを菊菜に飲ませたのか!」
正当な息子の怒りに、昭吾はさすがに悪かった、と頭を下げた。
そこで病院へ連れて行く行かない、の話になっていたのだが、それまでソファの上で眠っているだけのようだった菊菜が目を震わせて開く。
「菊菜?」
大丈夫か、とすぐに気付いた立見がそれを覗き込むと、気が付いた菊菜の目がまっすぐに立見を捕らえて動かない。
「・・・菊菜?」
何度か瞬いて、じっと見つめてくる菊菜に眉根を寄せると、何を思ったのか菊菜はふわり、と微笑んだ。
そして腕を伸ばして立見の首に絡め、
「・・・たつみ、」
縋るようにして擦り寄って来たのだ。
「菊菜?」
「ん・・・っやだ、たつみ、離さないで、」
「・・・・・菊菜?」
「なぁに?」
縋ってくるのを、その腕を取って離そうとすればいやいや、と相変わらず可愛い顔を顰めて、顔を覗き込めば見つめられるのが嬉しい、ととろり、と笑う。
控え室には立見だけではなく、昭吾も居たのだが、その菊菜に驚いて居心地が悪そうに立見の後ろに立ち尽くしていた。
「・・・冗談だと、思ってたんだけど・・・」
その呟きに、果てしなく同意したいのは立見のほうだった。



「それで・・・その状態なんだ?」
翌日、店が休みでバイトがないのをいいことに菊菜はそのまま立見の家に泊まったのだが、昭吾は責任を立見に押し付けて逃げてしまった。
昼間に訪れた克が、他人事に楽しそうにこの状況を見る。
「笑い事じゃねぇ」
低い声で唸ってみせるが、ぴったりと立見に寄り添う相手には聴こえていないようだ。
ソファに座る立見のその腕に手を絡めて、許されるならすぐに膝の上にでも上がってきそうに縋るのは菊菜だ。
目の前に克がいるのもきっと見えていないのだろう。
「何が気に入らないの・・・嬉しいことじゃないか」
実はかなりベタ惚れだ、と知られてしまっていても、立見は素直に頷けるはずがない。
「なにが! コイツ昨日からずっと離れねぇんだぞ?! 風呂ならまだしもトイレまで入って来ようとするんだぜ?!」
「・・・・・入れてあげれば?」
「あほか! 自分が入るときも俺を引き込もうとしやがる・・・」
「・・・・それは、楽しいんじゃないの・・・?」
「んなわけあるか」
「結構、嬉しい状況じゃないの・・・こんなに積極的で、ねぇ?」
この菊菜なら、立見がどんな状況でどんなことを言っても素直に従うだろう。
しかし立見はイライラとしたのを隠しもしないで、
「両手広げて待っていられても、それはそれで面白くねぇ」
相手を追い詰めて、逃げられなくすることが得意で好きな立見だが、上げ膳据え膳は何より気に入らない、と吐き捨てる。
克はわがままだね、と苦笑して、
「昨日は・・・どうしたの」
「してねぇよ」
「・・・そうなんだ?」
「誤魔化して押さえつけて寝かせた」
「あ、そう・・・それでもお姫さんは治らない、と・・・中和剤なんてものもないの?」
「親父が知り合いに聞いたら、そのうち効果は消えるらしいって・・・ったく、無責任にもほどがある!」
確かに、あの父親と母親の子供としては立見は意外に真っ当だな、と克は思ったが、ただ悪友の面白い不幸を笑っただけだった。



克が帰った後で、菊菜は諦めたようにソファに身体を預けると、菊菜がその身体に手を絡めて、
「たつみ・・・すき、」
うっとりとした声で囁く。
それに立見が舌打ちをしても、聴こえていないようにその膝を跨いで乗り上げ、
「ねぇ・・・しよ? して・・・たつみ?」
「・・・・きく、」
「エッチなこと・・・いっぱい、したい・・・ねぇ」
ダメ? と可愛らしく首を傾げながら、その手が立見の中心へと伸びてジッパーの上を探る。
「お前・・・」
「なぁに・・・」
「・・・銜えるか?」
細い顎を取って、試すように訊けば、菊菜は躊躇うこともなく微笑んで、
「うん・・・」
膝を降りて足の間に身体を滑り込ませる。
止める間もなくジーンズの前を開いて、両手に取り出したものを包んで顔を寄せた。
「ん・・・っん、ぁ、ぅん・・・っ」
小さな舌を伸ばして、苦しそうに奥まで銜え込んで、立見が固くなればなるほど嬉しい、と目を細めて奉仕を止めない。
立見は舌打ちをして、
「クソ・・・どうにでもなれ」
理性を放棄して菊菜を引き上げて組み敷いた。



菊菜が目を覚ますと、そこは暖かな腕の中だった。
「・・・・?」
それが立見のものだ、と目の前の寝顔に驚きながらも知ったけれど、辺りを見ると立見の部屋のベッドだ、と気づいたけれど、
「・・・あれ?」
密着した身体に、お互い何も着ていないことも解かったけれど、眉根を寄せた。
「なんで・・・あれ?」
昨日はしたのだろうか、と思い出そうとしても、どうも記憶がない。
なんでこの状況なのだろう、と訝しみながらも、菊菜は自分を引き寄せて眠る身体を押して、
「ちょっと・・・離せ、もう、」
「ん・・・」
とりあえず、この拘束から逃れたい、と腕の中から抜け出そうとすると、立見が朝の光を眩しそうに顔を顰めながら起きた。
「・・・・菊菜?」
「なに? ねぇ、離して、俺もう起きる・・・ってか、昨日、俺、した・・・の?」
覚えてないんだけど、と少し頬を染めながら訊くと、立見ははっきりと不機嫌そうに眉を寄せて、
「・・・覚えてねぇのか?」
「え・・・なにを?」
「てめ・・・・」
呆れながら、立見が怒ったことが解かるから、尚更菊菜は困惑して、
「えっと・・・俺、あれ? ブルービィで、ジュース飲んで・・・あれ?」
そこから記憶がない、と首を傾げる。
そっからかよ、と溜息を吐き出す立見に、いったい何があったのだ、と問う。



「いや・・・ったつみ、あ、お願い、おねが、い、うしろ・・・っうしろから、ぎゅって、して!」
「わがまま言うな・・・」
「お願い、ねぇ・・・っして! 後ろからがいいっ奥まではいるから・・・っぎゅってしてよ」
自ら身体を伏せて膝を立たせて、ここに欲しい、と足の間から指で広げて見せる。
挑発に乗りたくない、と思いつつも、その痴態に理性が耐えられない。
「あ・・・あ! あああぁっ!」
「ん・・・・っく、ほら、挿れてやったぞ・・・」
「んああぁんっ、あ、あー・・・っも、も、っと、もっと、なか、こすって、いっぱい、」
「擦ったら・・・イイのか?」
「んー・・・っいい、い、からぁ・・・ったつみ、もっと、」
立見を受け入れる小さな臀部を見つめ、柔らかすぎる、と思いつつ撫でて腰を掴む。
相変わらず細い、と思いつつもこうなれば止めてやれない。
「あ、ああー・・・っいく、いっちゃ、う! いくー・・・っ」
後ろから散々に揺さ振られながら、自らの手で自身を扱く。
その手を後ろから取って止め、
「あ、あん! やだ、たつみ、やー・・・っいく、のにぃ・・・っもう、ちょっ、と、で、」
「イけよ・・・ここだけで、イって見せろ」
「やぁ、あ! あっあっあぁ・・・!」
無理だ、と首を振りつつも、追い上げられていくのに菊菜はその快楽を逃すまいと必死になる。
最後に果てたときはお互いに汚れすぎていたのに、菊菜は恍惚とした目で立見を見上げて、
「・・・も、っと・・・よごし、て?」
これをどうしてくれよう、と立見は怒りのままに欲情したのを最後に覚えていた。



起きてみれば、薬の効果が切れたのかいつもの菊菜で昨日の痴態など一切覚えていないようだった。
「俺・・・昨日、なんかした?」
解からないことに恥らう顔もそそるけれど、立見はイラッとしたものを抑えられず大きく溜息を吐いた。
べったりと付かれるのもウザったく感じるけれど、まったく嬉しくないと言えば嘘になる。
そして手の平を返すように、覚えてません、と言われればやはり面白くない。
勝手だな、と自覚はあるけれど、ベッドの上で不安そうに立見を見つめる目に、

惚れたほうが負けって、誰が言ったんだか。

諦めを乗せて目を据わらせた。
「立見・・・あの、怒ってる?」
自分がまた何かしたのだろうか、と怯えている菊菜に、
「俺が好きか?」
意地悪く訊いてやる。
驚いて、目を瞬かせながら菊菜は動揺を見せて、
「え・・・っな、なん、で、そんなこと・・・」
「好きじゃねぇのかよ」
「そんな・・・」
慌てる姿が、目に楽しい、と立見が思っているのを菊菜は知らないままだ。


おまけ


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