拍手20 実は、気になってました 糸の解ける日&だから好きだと言っている 




ベッドの上に腰を落ち着けながら、灰皿を引き寄せて煙草に火を点けた。
隣で、携帯相手に会話をする春則に少しだけ視線を向ける。
「や、だからー今はちょっと・・・おい、聞いてんのか、こらキナ!」
どうやら電話の向こうは酔っ払いのようだった。
先ほどから、同じ会話が繰り返されている。
「だからそうじゃなく・・・もう飲むなって、止めとけよ、え? 大丈夫じゃない」
煙草が一本、灰になる頃までその会話が続いた。
ようやく携帯を閉じた春則は振り返り、
「・・・悪い、」
一週間の海外出張から、帰ってきたばかりだった。
その繕を置いておいて、春則がどうしたいのか分かる一言だった。
そこまで気にかけてやる相手なのだろうか。
「相手は子供じゃないんだろう」
放っておいても良いんじゃないのか、と繕が呆れているのを隠さず言うと、春則は困った顔で、
「こいつ、かなり強いから滅多に酔わないんだけど・・・酔うと服脱ぐ癖があって」
季節は雪の落ちそうな冬だった。
夏ならともかく、今裸で酔いのままに寝てしまうと、風邪を引くだけでは済まないかもしれない。
友人を心配する春則に、繕がどうすることも出来るはずもない。
「悪い、この埋め合わせは今度、」
「気にするな」
今日、絶対に会わなければならないこともなかったのだ。
都合が付かないと、やはり平気で一ヶ月くらいはすれ違う二人だった。
今更だ、と繕は二本目の煙草に火を点けつつ春則を送り出した。
「ごめん、」
もう一度謝って出て行った背中に、それが見えなくなってから繕は紫煙の溜息を吐いた。



「・・・別に、もういいよ、俺だって、忙しいし」
繕はこの間の埋め合わせに、と待ち合わせた駅前のコーヒーショップで聞くともなしに聴こえた隣からの声に意識を向けた。
相手を気遣うように言いつつも、その声は完全に拗ねているように聴こえる。
「明日、仕事、こっちのが近いから、そっちには帰んないから」
所狭しとテーブルを並べてあるので、隣は本当に身体も触れそうな隣で、繕はつい視線も向けてしまった。
「・・・そんなの、知らない。じゃあね!」
拗ねた声は、想像を裏切らない幼い顔で一方的に耳にしていた携帯を切っていた。
そのまま手にした携帯で、テーブルを力任せにガンッと打ち付ける。
その衝撃で、繕のテーブルも揺れた。
隣に座るのは、足元に大きな荷物を置いた成人しているだろうがどこか幼い印象を持つ男で、繕の視線に気付いた顔は少し興味を引くほど可愛い顔をしていた。
「あ・・・ごめんなさい」
「いや」
繕は煙草を銜えつつ、気にしていないことを告げた。
それで終わりのはずだったが、隣からの視線が今度はなくならなかった。
なんだ、と視線を向けると、相手の目は自分の口許にある。
「・・・その煙草、美味しい?」
繕は一度口から話した煙草を見て、
「不味かったら、吸ってないな」
「そうだよね」
突き放すような繕の答えに、相手は何か嬉しそうに笑った。
「ただ、強いから吸い過ぎることは注意しているが」
「・・・そうなんだ?」
軽いとは言えない種類だった。
繕の言葉に、相手の顔が険しくなる。
「身体に悪い?」
「煙草は、良いとは言えない」
「・・・だよね、止めてくんないのかなぁ・・・」
それが繕に対してではなく、特定した誰かにだとはすぐに分かる。
繕はいつもなら放っておく他人に、少しだけ興味を向けたのはよく変わる幼い表情のせいだと思った。
「他のものを銜えさせておけばいい」
意見が返ってくるとは思わなかったのか、大きな目が驚いて繕を見た。



「他のもの?」
「犬ガムとか」
「いぬガム・・・っ」
そちらには興味のない一言に、相手は顔を引きつらせた後で盛大に笑い始めた。
「あはははは! い、いぬが・・・っヤベ、ツボはまった・・・っ」
何が面白いのか、小さなテーブルを強く叩いて喜んでいるのに、繕は理解できずただ紫煙を吐いて視線を向ける。
それに少し冷静になったのか、眼尻に浮かんだ涙を指で掬いながら相手が笑みを抑えて、
「ご、ごめ・・・はー、ありがと、」
「何がだ?」
「ううん、なんか、イラってんの吹き飛んじゃった」
すっきりした、と笑う顔はやはり幼く見えた。
いったいいくつなんだろう、と思いつつも繕は煙草を一本吸い終えて灰皿に押しつける。
「あのさ、不躾ついでに、もうひとついい?」
温くなったコーヒーを口に持って行きつつ、視線で了承する。
「ええと、おにーさんみたいなさ・・・サラリーマンっていうか、スーツの似合う人って、何をあげたらいいのかな」
「あげる?」
「うん、や、サラリーマンじゃないんだけど、毎日スーツ着てるし、ちょっと年上だし、ええと・・・」
言葉を探す相手は、少し頬が赤い。
誰のことについて言っているのかなどすぐに知れた。
繕は相手が異性ではない、と気づいて、
「なんでも」
「え?」
「なんでもいいだろう。君から貰えるのなら、そいつは何でも喜ぶと思うが」
「・・・・・・・そ、そかな・・・や! だけど、気に行って貰いたいし! 気が利いてるって思われたいっていうか!」
納得しかけて、相手は両手を握りしめて強い意志を告げてくる。
繕は自分の姿を何となく見てから、
「・・・ネクタイ」
「ネクタイ?」
「以前、貰ったものは重宝している。頻繁に変えるし・・・それかカフスかタイピン」
「あ・・・・あ、そっか! うん、それなら、見つけやすい、かも」
驚いた顔は、どうしてそれに気づかなかったのか自分に叱咤し激励しているようでもある。
繕は新しく煙草を銜えて、
「大変だな」
「なにが?」
きょとん、と首を傾げる名も知らない相手に、口端だけで笑んだ。
それに答える前に、ちょうど待ち人が騒がしく店内に入ってきた。



相変わらず視線を集める春則は、華やかな外見も纏わりつく視線も気にもせず、
「悪い! ちょーっと打ち合わせ長引いて・・・・・キナ?!」
繕の席まで来てから、すぐ隣に居た相手に驚愕して見せる。
「あれー? 春則ー?」
春則の言葉に、知り合いだったのか、と驚くと同時に繕は相手の正体を知った。
スタイリストで酒に強く酔うと脱ぎ癖のある、春則の友人のキナである。
銜えていた煙草に火を点けて、視線を外して長く紫煙を吐いた。
何度も会話にだけは出て来たキナという相手が、この目の前の幼さを見せる男だと知って胸の内に堪っていた何かが晴れたのだ。
それと同時に、そんな感情を持て余していた自分にも呆れた。
そんな繕には気付かず、友人たちは座った春則と会話を続けていて、
「仕事帰りか? てか珍しいなこんなとこで・・・」
「うん、ちょっと時間つぶし」
「待ち合わせ?」
「う・・・そう、じゃ、ないけど、」
「弁護士さんは?」
「・・・・別にっいっつも犬養さんと一緒にいるわけじゃ、ないよ!」
「・・・・またケンカか」
「けっケンカじゃないっ! だって最近ずっと勉強とか仕事とかって忙しそうだから、俺だって気を遣って邪魔しないようにって・・・」
「逃げてんのか」
「逃げてないってば!」
「勉強って、弁護士さんあれ以上頭良くなってどうするつもりだ?」
「わかんない・・・なんか、行くなんとかって資格取るとか・・・」
「いく・・・・?」
「行政書士?」
理解出来なかった春則の代わりに、つい繕は検討が付いて口を挟んでしまった。
キナは思い出したのかどうでもいいのか、
「そうそう! 司法なんとかは、あるけどそっちがどうとかってさ」
「司法なんとか・・・」
春則が呆れているのも気にせず、キナはそこで興味を隣に戻した。
「な、春則! この人なんだ、エリートサラリーマーン」
面白いものを見つけた、と笑顔のキナに、春則は思い切り顔を顰めてそれを肯定してしまった。
「エリート・・・?」
煙草の灰を落としつつ繕がそれは固有名詞なのか、と眉根を寄せる。
「ねぇ、春則とどこで知り合ったの?」
子供のように無邪気なキナに、繕はどう答えたものか、とその顔を見つめていると、キナはじっと見つめ返して、
「すっげ造り良いねー遊んでみたい! おにーさん、ええと、」
「村瀬だ」
「村瀬さん、ちょっとスタイル変えてみない?」
「遊ぶなら春則でしてくれ」
「春則はもう散々やったしー」
「スーツが条件なら、君の言う毎日スーツを着ている相手でも良いじゃないか」
「・・・・・っ」
核心を突いた繕の言葉に、キナは声を詰まらせて思い出したのか顔を曇らせた。
その向こうで春則が携帯を閉じたのを見て、今の間にメールしていたのだと知る。



それから二人で行くはずだった店に結局三人で腰を落ち着けた。
「俺は悪くない!」
「お前が悪いんだよ」
食い違う意見を繰り返し、しかし慣れているのか春則もキナも違うことについては追求しない。
「嫌われると泣くくせに」
「な・・・っ泣くもんか! 犬養さんにどう思われたって!」
「怒られると拗ねるくせに」
「向こうが怒らせてんだ!」
「ああはいはい、また逃げ出して、発信機付けられるぞ」
「今度それやったら、絶交って言ってある!」
「絶交・・・」
春則は幼い言葉に頭を抱えたけれど、まだ幼さを残す顔のキナにはどこか合っていてそれ以上何も言えなかった。
「村瀬さん、こんな小煩い春則のどこがいいのー」
気心の知れた二人の言い合いを黙って見ていた繕に、キナは突然矛先を変える。
繕はグラスの中身を飲み干して春則に視線を移すと、困惑して居心地が悪そうに身動ぎをする春則と絡まった。
「タテマエなしで、この際はっきりとさ」
他人事に口調が浮かれたキナに、繕は新しく煙草を銜えて、
「こいつに建前を使ったことはない」
事実を答えた。
質問をしたキナと、ただ聞いた春則が同じようにびっくりした顔を返してくるのに、繕は訝しんで眉根を寄せた。
「なんだ?」
「・・・・いや」
「うわぁー・・・俺聞いちゃいけなかった、春則?」
「煩いキナ・・・ああほら、丁度迎えだ、お前は」
「へ?」
手で額を押さえた春則が示した方向を思わず振り向くと、広くはない店にゆっくりと入って来たスーツ姿の男に嫌でも視線が向かう。
「・・・・・っ犬養さんっ?! なんで?!」
驚いたキナの前に素早く着いた、表情の険しい犬養は、
「こちらに連絡を貰った。帰るぞ」
「はぁ?! なんで春則が犬養さんの連絡先知ってんの?!」
「前に名刺を貰ったんだよ、大人しく帰れ」
追い払うような仕草をする春則に、キナは裏切り者、と睨んでそのまま犬養を見上げる。
「やだ、帰んない! 犬養さんとこ行っても、勉強の邪魔だろ?」
「邪魔じゃない」
「だって俺がいても、仕方ないじゃん・・・」
「お前が傍にいないと、何も頭に入らない」
「・・・・・・・」
さらりと言われた言葉に、キナは顔をさぁっと赤く染めて薄く開いた口からはもう何も零れては来なかった。
そのまま手を取られて引かれても、犬養が春則に挨拶をしても反応を見せず、ただ従うだけだった。
それを見送って、ようやく落ち着いた、と春則は溜息を吐いて繕を改めて見た。



「飽きそうにないペットだな」
繕の言葉に、キナの存在は嫌いではないと春則は感じる。
そして正しい意見に笑った。
「だろ、あんなのあんたも飼いたい?」
「あの飼い主ほどまめにもなれない」
躾けるのも面倒くさい、と正直な繕に、春則は目を細めて、
「確かに、弁護士さんはまめだな。それに、キナのツボみたいだ」
行動も言動も、キナを捕らえて放さない。
いい加減に拗ねて見せるのも諦めたらいいのに、と春則は呟くが、
「お前の友人なら、あんなものだろう」
「・・・どういう意味だ」
空のグラスを煙草を挟んだ手で弄ぶ繕の言葉に、春則は聞き捨てならない、と顔を顰めた。
繕はただ視線を流しただけで、
「別に・・・」
まだ長い煙草を灰皿に押し付けた。
それだけで、春則には意図が知れた。
どちらからでもなく立ち上がり、コートを手に取る。
「俺は明日早い」
「相変わらず、よく働くな、あんた」
「普通だろう、サラリーマンなら」
「そういうもん? 次は・・・いつ行くんだ」
どこに、とは春則は訊かないけれど、繕には通じた。
「来月。後半に2週間ほどだな」
「ふぅん・・・なぁ、ちょっと買い物頼んでいいか?」
「珍しいな」
そう繕が言うほど、春則が繕に頼むことなどない。
店を出てネオンの中を並んで歩きつつ、
「ギャオルジーの新作のグラサンがさ・・・ニューヨークの本店にしか売ってないんだよ」
「それが必要なのか?」
「・・・・・まぁ、ちょっと、いいなって、思って、」
言葉の切れの悪さに、繕はちらりと視線を向けて、
「向こうで悪さはしていないが」
「・・・はぁ?! んなこと、訊いてねぇだろ! つか、どーでもいいし・・・」
「そうか?」
むきになりつつも視線を合わせない春則に、繕は自分の思考が確実に春則のそれをトレースしたのだと分かる。
しかし春則が認めるはずもない。
「もういい、いらない。買うな。聞かなかったことにしてくれ」
「ギャオルジーのサングラスね・・・さぞお前に似合うだろう」
「だから、要らないっつってんだろ!」
顔を合わせなくても、明るい春則の髪の毛から覗く耳が染まっているのがよく見える。
視線は絡まないけれど、並んで歩くことは止めない。
二人が通り過ぎたネオンの空から、漸く舞うように雪が落ちてきた。
それでも、いつもの夜と変わらないことをお互いに知っていた。


いつもぱちはちありがとうございます!励みになります!


fin



INDEX