拍手2 バレンタイン劇場 だから好きだと言っているシリーズ



「寒いっ!」
それが仙台空港に降り立った春則の第一声だった。
到着ゲートまで出迎えた繕は、何を今更と言う顔でそれを聞き流す。
厚手のブルゾンにマフラー、下にはしっかりとセーターまで 着込んだ春則に対し、繕は今日もユニフォームのようなスーツの 上に黒のロングコート一枚きりだ。
「なんでこんなに寒いんだっ」 誰に対しての文句かはわからないものが今にも凍えそうな 春則の口から飛び出す。
黙っていると本当に凍えそうな勢いだった。
「二月の仙台だからだろう」
「あっさり言うなよ!」
「お前は名前のとおり寒がりだな」
「うっさい! ああくそ、なんでこんなに寒いんだ・・・」
春則は呪文のようにそれを繰り返しながら、それでも 繕の後ろを付いて空港を出ようと足を動かす。
フロアから見える外に視線を動かし、本当に嫌そうな顔をする春則に、
「寒いのが嫌なら、どうしてこの時期に来る?」
繕は一足先に外へ出て、入り口近くにある灰皿を見て この距離ならいいだろう、と煙草に火を付けた。



振り返ると春則は嫌そうな顔のままそれを見ていた。
煙草を吸うことが嫌なのか、それとも外へ出ることが嫌なのか。
もしくは、それ以外の――繕の質問が嫌だったのか。
「・・・思い立ったが吉日っていうだろ、丁度休みが出来たんだよ」
マフラーを首にグルグルと巻いて、顔をそれで半分以上隠し ながら春則は外へ足を踏み出した。
やはり、寒い。
雪は降っていないが振り出しそうな雲行きで、あの上は晴れて いたのに、と春則は恨めしそうな目で空を睨んだ。
小さなボストン ひとつの荷物を肩に担いで、両手をポケットに入れて、
「さっさと行けよ、車までなら、我慢してやるからっ」
一本吸い終わるまで灰皿の傍から移動しそうにない繕を急かす。
車は社用車だと言ったけれど、どこにでもありそうな白い それは社名も入ってはいなかった。
上着を着たまま助手席に乗り込んだ春則は、脱いだコートを 後部座席に放り込んだ繕を見て、
「・・・仕事中なのかよ」
不満そうな呟きに、繕は運転席に乗ってから当然だ、と頷く。
「連休明けの平日だぞ。どうせならその連休に来れば遊んでやれたのに」
「・・・・・・・うるさいなぁ、俺の仕事にカレンダ通りの休みなんて関係ないんだよ」



仕事の合間を縫って迎えに来てくれた繕に感謝をしているが、 どうも春則は素直になれない。
いや、出会った当初から素直になったためしなどない。
これからも、ない。
それでも思い立ってしまったのは本当で、ついその足で 飛行機に乗ってしまったのだ。
約一時間の旅だけれど、その間に何度も後悔はしてしまっていた。
繕がここへ出向してもうすぐ一年が過ぎようとしている。
その間、春則は一度も会いに行ったことはない。
いつも繕が帰ってきたときに、僅かな時間をどうにか やりくりして逢っていただけだった。
すぐに仙台に帰るからと交通の便を考えて取ったホテル。
僅かな時間で出来ることは、交わす言葉も少なくただ熱を 思い出すように交わすセックスだけだ。
翌朝に眠った振りをしてまどろむ春則を置いて、繕は そのままホテルを出てゆく。
出会ったころから、何も変わってない、と春則は 湧き上がる想いを口にしかけて、喉奥に押し込んだ。
―――そんなこと、言えるか。



ボソリと口の中で悪態を呟いたのを、耳ざとく繕が聞き返してくる。
「何だって?」
「・・・いや、それより、市内までどれくらいかかる?」
春則は自業自得で機嫌の悪いことも押し込んで、空港からの 景色を窓越しに見た。
「一時間かからないくらいだが・・・」
「マジで? 成田から仙台まで、そのくらいだったけど?」
「帰りたいのか?」
「・・・・・・・・・せっかく来たんだから、別に、」
「ふん? ところで俺は会社に戻るぞ。お前はどうする?  どこかで夜まで時間を潰していろ」
「・・・・・何時に終わるんだよ?」
「八時くらいだな」
「遅っ! なんでそんなに働いてんだ?!」
「今日時間をロスさせた張本人の言葉とは思えないな」
「・・・・・・・」
春則はそのままマフラーの中に口を埋めた。
わざわざ迎えに来てもらったから、繕の仕事時間を奪ったのである。
春則はそのまま黙り込んだけれど、
「・・・・お前のうち、」
「え?」
「お前んちで、いい。寝て待ってるから」



家具も全て備え付けてあると言うそのマンションに 送られて、春則はすぐに会社へ帰る繕を見送った。
「・・・今はこんな便利なものがあるんだな、」
繕が東京から持ってきた荷物は、ほとんどが身の回りの 衣類などだったという。
つまり置かれている電化製品などは、全て備え付けだと言うことだ。
春則はその部屋を珍しそうに眺めて、繕の体格を考えれば 少し狭そうなベッドを見つけて、そこに倒れ込んだ。
「あーあ・・・俺、マジでなにやってんだろ・・・」
今日何度目かの溜息を吐いて、持っていたバックから ひとつ包装された箱を取り出す。
縦長のそれは品の良い黒の包装紙と焦げ茶のリボンで あしらわれていて、それを腕に抱きしめるようにして 春則はもう一度息を吐き出した。
「・・・・セックスしてぇ・・・ただ、それだけだ、うん」
自分の行動に思い込ませるように理由を付けて、春則は目を固く閉じた。



「・・・春則、春則?」
肩を揺り起こされて、春則は重たい目を擦って ぼんやりとした視界を確認した。
「朝だぞ、起きろ」
「んー・・・あさぁ・・・?」
窓から差し込む光の色は、夜型に近い春則にとっては 暴力的なものだ。
それに眩しさを感じて目を瞬かせると、 狭い部屋の中で繕がシャツを着込んでいた。
ベッドに横になっている状態で春則はそれをしばらく見て、 瞬間的に状況を理解した。
「朝っ?!」
飛び起きた、という言葉が正しい動きに、繕はなんの動揺もなく、
「朝。正確には午前7時半」
「7時半・・・って、ええ? 俺、昨日・・・」
少しのつもりで目を閉じた。
が、確かに時計は朝を示しているし、 いつのまにか格好も上着もセーターも脱がされて寛げてある。
しかも狭いベッドを一人で使っていたようだった。
「よく寝ていたからな、そのうち起きるかと思って放っておいた」
繕はなんでもないかのように朝の仕度を始めてしまっている。
今日も、仕事なのだ。
春則は頭を抱えて、
「・・・・・起こせよ・・・っ!!」
押し殺した声で詰って見せても、繕には全く通じないらしい。
クロゼットからネクタイを取り出して首にかけようとするのを見て、 春則は自分と一緒にベッドに寝ていた包装された箱を掴んだ。
「これ、」



「くれるのか?」
「・・・要らないなら、捨ててくれ」
春則は突き出した手をそのままに、赤くなってしまっている顔を 上げられない、と俯かせた。
その手から箱が取られて、 その場で開けられる音が聴こえた。
ネクタイだ。
濃紺の生地で、その先にだけ臙脂でデザインが入っているだけの、 シンプルなものだった。
けれど、繕に似合うと思ったのだ。
デパートの売り場でそれを見つけて、春則は衝動買いのように そのまま包んでもらう。
週末に仕事を仕上げてしまいながら、仕事の終わるテンションの 高さそのままにそれを持って飛行機に乗ってしまった。
そして、ここにいるのだ。 春則から繕に何かをあげたのは、これが初めてだった。
ただの思い付きと言ってもいい。
周囲の雰囲気に飲まれたのだ、と言い訳してもいい。
それでも春則は、買って渡すためにこんな寒い時に 寒い場所へ来てしまったのだ。



「いつ帰るんだ?」
「・・・・今日帰る。もう帰る。今週末にも、一個締め切りがある・・・」
「忙しないな」
「・・・・お前もだろ」
会社に行く準備をする繕と、春則はずっと下を向いたままの会話だった。
「半休するから、空港まで送ってやる。用意しろ」
「え? いいよ、一人でいける―――」
忙しい繕に余計な手間を掛けさせたくはなかった。
しかも夕べは一緒にいたと言うのに何も出来なかったのである。
断ろうとして顔を上げて、固まった。
目の前に、スーツ姿の繕が座っている。
その襟を締めているのは、春則の今渡したネクタイだ。
朝の用意も終わった繕は、相変わらず視線を引き付けてくれる 良い男で、しかもその顔に笑みがあった。
「・・・・繕?」
Tシャツにジーンズでベッドに座り込んでいた春則の頭を引き寄せ、 繕はその口を塞いだ。
そのまま潜り込んできた舌に、甘味を感じた。
「・・・んっ?!」
甘いのだ。
キスが甘いのではない。
溶け始めていた固まりが、春則の口の中で甘さを広げた。
「・・・チョコ?!」
驚いて顔を離すと、繕はやはり笑ったままだった。



「まさか来るとは思っていなかったからな、何も用意してなかった。 こんなもので悪いな」
「な・・・っな、・・・え・・・っ?!」
口の中で溶けてなくなるチョコレートに慌てて繕を見ると、 その手にケースに入った残りのチョコレートがあった。
「お返しは、三月にしてやろうか? それとも、これを全部食べさせてやろうか?」
「・・・・・・・っ」
完全に行動を読まれていることに、もう春則は罵ることも 出来ずただ真っ赤な顔を俯かせて、
「そ・・・っそれは、そういう、意味、じゃ・・・っ」
「じゃ、どういう意味だ?」
誤魔化そうとしても出来るはずはない。
「あまり可愛いことをするな。押し倒したくなるだろう」
「・・・・・・っ」
春則は脱力してしまいそうな身体をどうにか手で支えて、 最悪、と小さく呟いた。
「お互い様だ」
あっさりとそれを流す繕に、ただもう睨み返すことしか 出来なかった春則は顔を上げて想いを視線に乗せるが、 そのまま近づいてきた顔に全てを奪われた。
重なる唇の熱に、思わず手を背中へと伸ばしてしまう。
「・・・飛行機は、何時だ?」
「・・・・・もう、明日でいい・・・・」
耳許に送り込まれてきた吐息に、春則は今更引き返せるか、と 自分で贈ったネクタイを指に絡める。
今日この一日くらい、一緒にいさせて欲しいと誰かに願った。
「ネクタイを相手に贈る意味を、知っているか?」
「・・・・っ知らねぇよ!」


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fin



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