拍手19 ご主人様、一人じゃ寝られません 神様の人形シリーズ 




ツェンが住み慣れた砂漠の街に帰ってきたとき、その腕に抱かれたアリタータがいた。
その姿を見たカジクは、やっぱり、という顔をしつつ盛大に溜息を吐いたのだ。
レヒェンはしかし、物珍しそうに目を輝かせて、そして笑った。
「あら、連れて帰っちゃったの?」
「お前・・・! やっぱり!」
夫婦の反応にツェンは受け流すように笑っただけで、
「これから一緒に暮らすことにした」
結果を報告した。
カジクはその胸の内にいろいろ考えるところがあるのか、複雑そうな顔をしたけれど、
「・・・ええいっ、まぁお前とその子がいいならいい! とりあえず、雨季だ、行くぞ!」
その季節には間に合わせるように、と言われて、ツェンは本当に合わせて帰ってきたことになる。
空はこの街では珍しい雲行きに染まりつつあった。
何かを吹っ切ったカジクに、ツェンは心得て、
「アリ、レヒェンと一緒に居るんだ。レヒェン、暫く頼む」
アリタータをレヒェンの前に下ろし、その黒髪を撫でた。
「ツェン・・・」
どこに行くの、と訊く前に、了解したレヒェンに頷いてツェンは先行したカジクを追う。
これから、寝る間もないほど忙しくなるのだった。



一週間降り続いた雨が止み、今朝はきつい日差しを予想される青空が街の上空にあった。
地面は乾燥した土の上に川になるほど降った雨のお陰で、どろどろにぬかるんでいる。
アリタータは家の入口にしゃがみ込んで、その向こうをじっと見入っていた。
後ろから欠伸を繰り返すレヒェンが、
「もうすぐ帰ってくるわよ〜」
良かったわね、と声をかける。
それが聴こえて、道の向こうからこのぬかるみのせいでいつも以上に汚れた二人組が目に入ったとたん、立ち上がった。
「アリ」
名前を呼んで、幼い人形の姿に微笑むのはツェンだ。
声を聞いて、笑顔を見て、その身体を確かめよう、と手を伸ばすと抑えられて止められた。
「今汚れてるから、駄目だ」
自分で言うほど、ツェンは汚れていた。
アリタータは盛大に顔を顰めて、
「平気です。汚れてなきゃ駄目なのだったら、僕を汚してください」
「・・・・・・・」
その言葉に、遮る力を失くして細い腕が身体に回るのを止められなかった。
隣でいつもの雨季明けの出迎えをしていたレヒェンとカジクが目を丸くしてその光景を見て、
「お前・・・とんでもないもの、掴んだな」
呆れも半分入った声で、カジクが言うのに、ツェンはそれでも笑みを堪え切れず答えた。
「二人とも、とりあえずお疲れ様。お風呂の用意できてるわ」
レヒェンの苦笑を含んだ声に、アリタータは思い出して顔を上げて、
「旦那さま、お疲れ様でした。ご飯にします? お風呂がいいですか? それとも僕?」



「・・・・レヒェン!」
ツェンはその可愛らしい声にクラ、となりかけて、しかし鋭く相棒の嫁を呼んだ。
「お前だな!? 何を教えてるんだ!」
「だって、暇だったんだもの〜それにアリは素直だし覚えも早いし」
悪びれないレヒェンに、その隣からカジクが、
「・・・俺、あんなこと言われたことないけど?」
「言われたいの」
「・・・・・たい」
躊躇いつつも、素直な夫にレヒェンは微笑んで、
「また今度ね、先にちょっと休ませて」
欠伸を噛み殺す。
「眠そうだな?」
働きづめだった二人よりも、レヒェンに疲れが見えた。
「だって、アリが寝ないんだもの、それに付き合っちゃって・・・」
ツェンはその意味を確かに理解して、
「アリ? またお前・・・」
「一人は厭です」
何よりも悲しそうに顔を歪ませたアリタータに、仕方ないな、と溜息を吐きつつ嬉しさがないはずもない。
「ツェン、どれがいいですか?」
先ほどの、質問だった。
まだそれは有効だったのか、と思いながらも、ツェンは汚れるのも今更だ、とアリタータを抱き上げて、
「お前と一緒に飯を食って、お前と一緒にお風呂に入って、お前と一緒に寝るよ」
それで正解か、と苦笑して見せると、アリタータは何よりも嬉しい、と微笑んだ。
隣で全てを見せつけられた新婚夫婦が呆れるのも気にならないようだった。
新しい生活が、始まったばかりなのだ。


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fin



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