拍手17 ご主人様、もう我慢出来ません 神様の人形シリーズ 




「アリタータは、予定ではオルゴールだったんですよ」

ツェンは雪のちらつき始めた北の城を出る時、見送る博士に言われた言葉が頭から離れなかった。
来た道とほぼ同じ場所を通って、暑い砂漠の国へ帰る途中だった。
アリタータは涙を見せたその時から、ツェンによく変わる表情を見せ感情を表す。
それが何より嬉しい。
「リュ シータ」
そうツェンを呼ぶ黒髪のアリタータは、誰よりも綺麗に微笑んでツェンの手を握る。
「アリ、ツェンで良い」
名前を改めさせると、少し考えてからアリタータは笑って繰り返す。
「ツェン」
「アリ、今夜はこの街に泊まろうか」
「はい」
もう気温は高く、次の街を越えたらそこはツェンには見慣れた砂の国だった。
帰りも同じ宿で駱駝を借りて、新婚の相棒の待つ地へ帰る。
そこでアリタータとの暮らしが始まる。
ツェンはそれを何より望んでいて、誰にも邪魔されるものではない、と思っていた。
しかし、道徳観の強いカジクには小言――大言かもしれない――を言われることは覚悟している。
どう見ても、アリタータは少年に見えるアンドロイドだ。
それに大人として、邪まな感情を持つツェンを冷たい目で見て罵ることは確実だった。
それでもツェンはアリタータをもう手放すつもりはない。
そして、すでに一か月以上再び旅を続けているが、ツェンはアリタータの肌に触れたことはなかった。



博士の言葉が頭に残る。
その意味は、つまりアリタータはAタイプ――セックスドールではないという事実だ。
その身体に、他の人間が手を出していたことに怒りを覚え、さらに自分も同じ感情を抱いてしまうことに葛藤する。
「ツェン、お風呂があります」
広めの部屋に木枠の浴室が付いていた。
そんな部屋を借りられたのも、博士のお蔭だった。
アリタータを救い出してくれたお礼――と言いながら、自分の人形を野宿させることが好ましくないようで、袋一杯の金貨を渡された。
その代償として、あの城にいる間グロウを貸し出した。
出発するときには、グロウに何の変化も見られなかったし、首から下げた碧の石もそのままだった。
しかし、博士の隣に寄り添う髪の長い人形の首にも、まったく同じものがあった。
どちらが本物で、偽物なのかツェンに区別はつかなかった。
それを記憶に押し込めて、着替えを用意して、
「一人で入れるな?」
アリタータに渡した。
「はい、用意します」
素直に受け取ったアリタータの言葉に、訝しいものを感じて振り返ったときにはすでに綺麗な人形は浴室に消えていた。
埃を落として部屋に戻ってきたアリタータは、初めて見つけたガラクタのような片鱗はひとつもなく、ただ美しい存在だった。
相変わらずそれを腕に抱いて寝ているので、この部屋には大きなベッドひとつしかない。
「俺も入ろう、先に眠れるか?」
いつも素直なアリタータは、この時は首を横に振った。
「一緒が良いです」
「・・・そうか、少し待ってろ」
「ツェン」
「ん?」
「抱きしめられるだけじゃ、もう厭です」
「・・・・・・なに?」



アリタータの顔は、初めて見る少し寂しそうな拗ねたものだった。
それにも驚いたが、言葉の意味を考えてさらに驚愕してしまう。
どういう意味だ、と改めて問おうとしたが、
「僕、抱かれたいです」
「・・・アリ?」
「・・・駄目ですか?」
ベッドの上で首を傾げて、主人の気持ちを誘う人形に、ツェンは理性と本能が交差する。
そして、博士の言葉も忘れられない。
「アリ、だが――お前は、もともとそんな目的で創られたわけじゃないだろう?」
それだけが欲しくて、ツェンはアリタータを願ったわけではない。
優しく言い聞かせるようにしたのに、アリタータは珍しく強情に首を振って、
「ツェンが、僕以外の人を抱くのが厭です。僕、精一杯良く啼きますから」
歌姫、と呼ばれるアリタータの声は極上だった。
その声で、ツェンの理性を攫うようなことを言う。
ベッドに戻ったツェンに、アリタータは逃がさない、と言うように服を掴んだ。
「アリ・・・俺は、他の男がお前にしたような酷いことをするかもしれない」
最後の躊躇いを、アリタータは美しい顔で笑い、透き通る声で誘った。
「他の人なんて、覚えていません。僕、ツェンのことだけ、知りたい」
新しく覚えて、身体に留めたい。
ずっと繋ぎ止めておきたい。
誰よりも綺麗な人形に、主人が一番敵うはずもなかった。
――やっぱり、カジクに怒られるな・・・
相棒がそうなるのを想像しながら、ツェンは愛しい人形を抱きしめて初めてその唇に口付けた。
「アリタータ、俺だけに、声を聴かせてくれ」
主人の願いに、アリタータが答えないはずもない。
願いを満たされた人形は、誰よりも強く美しかった。


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fin



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