拍手16 神様、お願いがあるんだ 神様の人形シリーズ 




「願い事が叶うよ」
そう言って、すでに吐く息も白い季節のなかで暖かな気温を保つ城の住人は笑った。
シュリは遊び場にしている広大な温室の中で、初めて苗から植えた薔薇の華を咲かせた。
初咲きの薔薇には毎日願えばそれが叶う、と教えられた。
シュリは早速家に持ち帰り、小さなコップにそれを活ける。
「お願い、」
両手の指を絡めて、シュリはぎゅう、と目を瞑る。
小さな願いだから、と気持ちを込めて祈った。

いつもより、何故か早く目が覚めた。
あまり大きくもないベッドで一緒に眠るブルーも、まだ隣で目を閉じていた。
シュリが起きて身体を動かしたことで、ブルーが気付いたように目を覚ます。
起こしたかな、と少し慌てると、
「・・・早いね、お早う・・・」
ブルーは寒くなった部屋の温度など気付かないようにふわり、と笑ってシュリの額に唇を触れさせた。
「・・・・・」
それはとても暖かく、それだけで胸が一杯になったようだった。
「寒いね、すぐ暖炉を点けるから・・・昨日のスープを温めようか」
言いながら、すぐにベッドを降りていくブルーの背を、シュリは嬉しさで頬を染めながら見つめた。



それからシュリは毎日コップに活けられた薔薇に祈った。
明日も、早起きが出来ますように。
ブルーに褒めてもらえますように。
もう一度キスを、くれますように。
それが三日続いた日の朝、シュリは目を覚ますと隣にはもう誰も居なかった。
「・・・・あれ?」
時計を見れば、前日まで起きていた時間ではない。
すでに日は高く昇っていた。
「シュリ、お早う」
いつものように朝食を用意してくれるブルーがキッチンと呼ぶには狭い場所から振り返る。
シュリはその距離に残念に思い、ベッドの脇に飾っていた薔薇を振り返った。
「・・・・・あ、れ?!」
昨日と同じ姿で、そこにあると思っていた一輪の薔薇がなかった。
シュリが活けたコップごと、そこには初めから何もなかったように消えていた。
「ブルー、ねぇ、ここに、薔薇がなかった?」
狭い部屋に住むのは、シュリとブルーしか居ない。
シュリが知らなければブルーしかいなかった。
ブルーは理解したように頷いて、
「ああ、その薔薇、枯れていたから・・・」
「え・・・っ」
毎日、何度もシュリが祈りを込めた薔薇だった。
初めて、自分で世話をして華を咲かせた薔薇だった。
その全てを思い出し、全てを失くされて、シュリは顔が歪むのを知った。
「シュリ・・・?」
「・・・・・ブルーの、ばかっ」
シュリはそれだけを言い捨てて、そのまま部屋を飛び出した。
背中に驚いたブルーの呼ぶ声が聴こえたけれど、振り返らずそのまま走った。



「おや・・・あの薔薇を処分してしまったんですか」
「あの薔薇って・・・」
シュリが行くところは一つしかない。
ブルーはそれを知っているから、上着も着ないで飛び出したシュリを追いかけて丘の城まで登り、その住人に厭味のように教えられたのだ。
シュリが初めて育てた薔薇で、大事に毎日お願い事をしていた薔薇なのだと。
ブルーは知った瞬間に頭を押さえて、
「そんなことはもっと早く・・・」
教えて欲しかった、と片目にモノクルをかけたまま笑みを崩さない博士を睨む。
「何をお願いしてたんですか」
ブルーはそれを叶えれば機嫌が直る、と思い直したけれど、
「それはシュリしか知りませんよ、まぁ・・・想像はつきますが」
「なんです」
訊き返したけれど、博士は思わせぶりに笑うだけだ。
それが知っているでしょう、と教えられているようで、ブルーは視線を外してしまう。
同じベッドに眠りながら、シュリとブルーの関係は保護者と子供のままだ。
シュリが何を求めているのか、理解しているからこそブルーは足踏みしていた。
温室にいる、と教えられて、ブルーは小さな背中を丸めて拗ねているだろう子供を捜した。
願いを叶えてあげる、とすぐに言えない以上、さてどうしたら機嫌が直るものか、とブルーはその背中を見つけて溜息を吐いた。
道のりは、短いようで長かった。


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fin



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