拍手15 ご主人様、可愛いだけじゃだめですか 神様の人形シリーズ 




長年一緒に居る執事に紅茶を淹れてもらいながら、ルイエルは首を傾げた。
「あそこにあった・・・花瓶はどうしたんだ?」
執事が申し訳なさそうに目を伏せて、
「行き届かず、破損させてしまいまして・・・」
高価なものだが壊れてしまったものは仕方がない。ルイエルは気にせず、
「マルワールのカップはどうしたんだ?」
いつも愛用しているカップでない手元を見て首を傾げる。
「・・・・そちらも、行き届かず今朝、」
壊れた、と事実を言われて、ルイエルは少し考えた。
それから落ち着いた部屋の、暖かな絨毯の端に鈍く赤い色の染みを見つけて、
「あれは・・・」
「申し訳ありません、ワインを溢してしまいまして。少々気づくのが遅れたのでどうしても色が・・・」
執事の答えにルイエルは部屋を見渡し、
「あのカーテンの裾が少し綻びているのも・・・」
「・・・申し訳ありません」
執事はただ、頭を下げた。
ルイエルは全てを理解した、と頷いて、
「ルビィはどこへ?」
愛らしい自分の人形の行方を訊いた。



薔薇園に居る、と教えられて、吐く息も白い季節にルイエルは大きなストールを抱えて外へ出た。
迷路のように大きな薔薇園はこの屋敷の名物で、しかし今は蕾ひとつすらない花も眠る時期だった。
その中を迷うことなく進むルイエルは、ちょうど真ん中に立てた噴水の傍に小さな塊を見つけて、
「・・・風邪をひくよ」
人形が風邪をひくはずもないのだが、薄着でそこに座り込んだ少年にストールを広げて包んだ。
真正面から覗き込むと、その愛らしい顔が悲しそうに歪み、拗ねているというよりいじけて見えた。
そんな顔でも可愛いな、とルイエルが笑うのに、人間のようでありながら人間より愛らしい人形のルビィはますます顔を顰めて、
「・・・怒らないの?」
「どうして?」
「だって・・・」
ルビィは頻繁にメイドたちの仕事に手を出しては、今日のように何かを壊し汚して上手く出来ない自分に悲しくなって拗ねているのだ。
「・・・花瓶落とした。ルイの大事なカップも割ったし、昨日溢したワインも見つかったし、窓を拭こうとしてカーテンを引っ張ったら破れたし、椅子を運ぼうとして動かしたら壁に傷が入った」
ルイエルはまだあったか、とその素直な言葉にただ笑って受け止めた。
「怒るはずないよ。汚したくて汚したわけでも、壊したくて壊したわけでもない。全部俺のために頑張ってくれたんだろう?」
「だって・・・っ」
「だって?」
「俺、他になんにも出来ないよ・・・?」
愛らしい人形は、ただルイエルの傍にいる愛されるだけの存在だ。



ルイエルは少し驚いて、
「ルビィは居るだけで、いいんだけど・・・」
「でも! ルイのために何かしてないと、俺、嫌われた時困る・・・」
「・・・・・ルビィ、嫌うことなんて、絶対にないから」
必死に主人に愛されようとする人形に、ルイエルは困った子だな、と小さな身体を抱き上げて膝に乗せ座る。
「俺、エッチしか出来ないし」
「ルビィ・・・」
素直で躊躇いのないルビィは自分の役割をさらりと口にする。
そのための人形なのだからそれだけでも十分なのだが、ルビィはルイエルのためにそれだけでは物足りないのだ。
作り物の顔は、誰より美しく愛らしい。
その額に口づけて、
「ルビィの仕事は、俺の傍に居ることだよ」
「・・・でも、」
「勝手にどこかへ行ってしまわないこと。朝起きたら俺にお早うと笑って、夜眠るときはお休みと笑う。それだけで俺はすごくすごく幸せだ」
「ルイ・・・」
「お休みと言った後で、俺の腕の中で可愛く啼いてくれたらもっと嬉しい」
その情事を思い出して、ルビィは少し顔を染めた。
それだけでとても手放せるとは思えないのに、ルイエルは愛らしい人形がこうして拗ねることも可愛らしいと思ってしまう。
「ルイ・・・じゃあ、それだけでいいの?」
「当然だよ」
「俺、ルイの下で啼いてたらいい?」
「上でもいいよ」
さらりと言われて、ルビィは赤くなった顔を主人に擦り寄せた。
「ルイ・・・夜までだめ?」
何よりも可愛い人形のおねだりに、何よりも甘い主人が断れるはずもなかった。


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fin



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