懇願恋愛  ―恭司―





「うるせぇ、黙ってやらせろ」





俺って、ナニサマ?
何を考えて、こんなこと言えたんだろ?
今、人生でこれ以上ないくらい、後悔中――――――





ちょっと、むかついてただけじゃん。
ちょっと、納まりつかなかっただけじゃん。
命令されんの、嫌いなの、見りゃ分かるだろ。
有り得ねぇし。
絶対、こんなの有り得ねぇだろ?
俺、大人になんか、成れねぇかも・・・
ごめん。
ごめんなさい。
ほんっとうに、すみませんでした。
土下座でもします。
許してくれるなら、なんでもします。
だから、また、俺を・・・・





ボロクソに詰ってください、皇紀さん――――――





やっぱ、俺ってナニサマ?
まさかって思ってたけど、俺、Mか?
じゃ、皇紀さんは・・・・S?
でもあの可愛さは・・・・違うかな。
でもな・・・・・・
皇紀さん専用なら、俺、Mでいいかも。
だから、頼むから。
許してください、皇紀さん。
もう二度と、あんな酷いこと言いません。





て、そんな誓ってる場合じゃねぇよな・・・
だいたい、皇紀さんも・・・なんで大人しくヤラれてんだよ。
頼むから、抵抗しろよ。
いつもみたいに、高速で殴れば良かったんだろ。
そしたら・・・・少しは、俺も頭冷えたかも・・・しれねぇし。
多分?
快楽に弱い皇紀さんは、いくら嫌がってても始めてしまえばこっちのものだ。
可愛い声で泣いて、啼いて、俺のほうがどうにかなりそうなくらいすげぇ良くて・・・
なのに。
いつもそうなるのに。
思いっきり歯ぁ食い縛って、顔顰めて、目を開かないんじゃないかってくらい閉じて。
絶対に、声なんか出すもんかって顔してた。
俺は・・・そんなに大人じゃねぇ。
だから。
そんな皇紀さんに、むかついて。我慢できなくて。
思いっきり・・・・・しました。
終わった皇紀さんはいつもより力なくて、ぐったりして、だけどいつもと変わらないように起きてシャワーを浴びに風呂に入って行った。
俺は。
なんにも言えなくて。
そのまま、出てきた皇紀さんに顔も合わせられなくて。
帰った。
俺。
最悪・・・・・





      *





俺はバイトを始めた。
いや、今までもしてたけど、今回はちょっと、就職活動を考えてみた。
出来ることを考えて、就職雑誌を読み倒して、興味のあったものを選んだつもりだった。
それが、雑誌社の雑用だったんだけど・・・・これがまた、腹が立つこと多すぎだろ。 
なんで、こんな顎で使われなきゃなんねぇの?
なんで、見下されなきゃなんねぇの?
お前らって、俺よりなにが偉いんだよ?
と、思いながらも我慢した。
仕事って、我慢も大事かと思って。
俺の周りの奴らが見たら、絶対目を疑うね。
それくらい、俺はひたすら我慢して・・・耐えた。
耐え抜いた。
それも全部、皇紀さんに近づくためだ。
これを耐えて、仕事が出来るようになれば、皇紀さんはもう俺を子供扱いしないはずだ。
俺も・・・皇紀さんのことが、少しは解かるかもしれねぇし。
でも、苛々は溜まってく一方で治まらねぇ。
憂さを晴らしたくて、連れと入った居酒屋で。
俺は・・・・理性が切れる音が聴こえた。





「お前が耐えてんのって、かなりウケル」
言いながら、付き合いの長い連れが笑ってんのを堪えもしないで言いながら暖簾を潜った。
俺はその後をついて入って、
「うるせぇ、俺はもうガキじゃねぇよ、これっくらい何でもねぇ」
言いながら、無理してんのは相手にも伝わった。
だから笑うのを止めずにこの男も、
「あと、三日もてよ?」
「・・・・・・てめ、」
俺は鋭く睨みつけて、
「賭けてんな?!」
「とおっぜんだろ!」
当たり前のように言われた。
そうだよな。
俺だって、同じ状況なら・・・賭けるだろ。
続かないほうに。
でも、辞めることもできない。
絶対、辞めねぇ。
俺はむすっとした顔でその居酒屋の開いたテーブルに座ろうとしたとき、視界に入ったものを疑った。
そして、凝視した。
何度も、確認した。
「・・・・・・皇紀さん」
まじで。
向かいの席に皇紀さんがいた。
俺の呟きに気づいた皇紀さんが、驚いて俺を見上げてる。
「恭司?」
皇紀さんは一人じゃなかった。
当然か。居酒屋に一人で入るはずもない。
向かい合わせに座っていた男が俺を振り返り、
「誰? 知り合いか?」
スーツだった。
俺より、皇紀さんより、年上の男だった。
皇紀さんは少し動揺して見せたけど、すぐにいつもの表情のない顔で、
「・・・隣の部屋の学生です」
学生?
隣の部屋の、学生?
それだけ?
俺らの関係って、それだけ?
俺は体温がなくなっていくのが解かった。
皇紀さんの向かいに座ってた男は、俺の全身を見てから、
「・・・ふぅん、学生ね、いいね」
何がだよ!
俺が言い返す前に、皇紀さんが口を開く。
「何がですか、牧さん」
「いや、別に、いろいろとね・・・思い出すよなぁ、昔気楽に学生してた頃」
「牧さん・・・・年寄りみたいですよ」
「お前ね、皇紀! 変わんねぇだろ!」
「二つも、違います」
「変わんないって、こいつらからみれば」
言って、皇紀さんが牧と呼んだ男は俺を指した。
笑って。
やばい。
この感情・・・抑えらんねぇ。
「き、恭司?」
うろたえた声で俺を呼んだのは俺の連れだ。
俺が、その男の前に足を踏み出したからだ。
「・・・・なに?」
笑いながら俺を見上げてくる男を、俺は思い切り睨み付けた。
「悪かったな、学生で」
「・・・なに?」
「気楽な学生で、悪いかよ、誰にも迷惑かけてねぇだろ」
「恭司!」
今度は皇紀さんが、俺を諌める声で呼んだ。
でも、止めらんねぇ。
「学生気楽にやってても、人生まで気楽にしてるわけじゃねぇよ!」
気楽に?
そんなもん、出来るはずがない。
俺の人生はもう、皇紀さんでいっぱいだ。
どうやったら、皇紀さんと一緒に居られるのかだけで、俺は動いてる。
こいつは大人だ。
バイト先で、俺を顎で使う大人と同じ人間だ。
まだ学生だからと、俺を突き離して違う世界にしてしまおうとする皇紀さんと同じ人間だ。
そんなこと、絶対許せるはずねぇ。
俺は皇紀さんの腕を取って無理やり立たせた。
「恭司!」
振り放そうとする皇紀さんを、俺は絶対離さない。
俺から、逃げれるわけねぇだろ。
俺は誰の目も気にせずに皇紀さんを掴んだままそこを後にした。
イライラが、治まらねぇ・・・!
部屋に帰ってベッドに皇紀さんを押し付けて、
「止めなさい! 恭司! お前なに考えて・・・っ」
「うるせぇ」
皇紀さん、抵抗して、俺に勝てたことあんの?
「恭司・・・っ」
そんな顔、やって下さいって言ってるようなもんだろ。


「うるせぇ、黙ってやらせろ」





      *





俺は真面目に大学に行った。
それ以外に思いつかなかったからだ。でも、真面目に講義も受けてなんかいられない。構内のカフェの隅で、ぼーっと煙草を持っていただけだ。
その煙草に火すらつけてないし、取り敢えず買ったコーヒーはすでに冷めてテーブルの上にあるだけだ。
「・・・恭司!」
目の前で、何も見ていない視界を遮るように手を振られてやっと、友人がいることに気付いた。
何人かいるいつもの面々を見て、また視線を落とす。
溜息を吐いた俺に、いい気持ちでいるはずがない。
「なんだよ、その態度!」
「カンジ悪っ」
なんとでも言え。
お前らの言葉なんか、俺にはなんにも響かない。
俺が聴きたいのは、あの少し低い冷たい声。泣きながら熱くよがる、あの声。
昨日の意地でも声を上げなかった皇紀さんを思い出して、俺は顔を歪める。

クソ・・・っ

なんで俺、あんなことしか出来なかったんだろ・・・
「恭司、昨日・・・」
少し真剣な顔で俺の隣に座ったのは、昨日の連れだ。
「・・・あれから、どうしたんだよ」
躊躇いがちに聞いたのは、こいつは付き合いが長い分俺の性格を良く知っているからだ。
「・・・やった」
俺は一言だけ答えた。
「やったって、お前・・・まさか、無理やり・・・」
非難するような声に、俺はじろりと睨む。
だからなんだよ。無理やりやったらなんだって言うんだ。
俺のそれだけで解った相手は、溜息を吐いて、
「お前・・・! あんな、すぐ壊れそうな人に・・・っ」
皇紀さんは細い。
あの綺麗な顔は、すごく儚げに見えてまるで触れたら壊れそうな硝子細工のようで。
一目見ただけでこいつにもわかったんだろう。
「あんまり酷いこと、するなよ、お前自分の機嫌が悪いからって・・・」
俺の機嫌が悪いことも、俺の行動もよく知るこいつは、俺がどんなことをしたのかすぐに理解する。
二人の会話に入ってきた他のやつらは、好奇心いっぱいの声だ。
「なに! トモ会ったの?!」
「恭司の付き合ってるオトコ?!」
「どんなのだった?」
俺は蹴散らしたい勢いで睨みつけたけれど、それに怯むやつらじゃない。俺の隣のこいつは思い出したのか嬉しそうな顔で、
「すげ、綺麗だった。恭司が嵌るのもわかるわ、アレ・・・まじ、年上?」
「うわぁ・・・」
「そうなんだ! 見たい!」
「私もー!」
「うるせぇ! 見せるわけねぇだろ!」
本気で、見せたくなんかない。
コイツに見られたのだって、不可抗力だ。
「俺、あの人なら俺もいけるわ・・・野郎でもいい」
その言葉に、俺は目を剥いた。
「は?! 何言ってんだお前!」
「何って・・・そのまんまだけど? いやマジで、恭司の気持ちも解らなくもないね」
「な・・・っなこと、許すはずねぇだろ! ぜってぇ、渡さねぇし!」
言い切った俺に、笑ったままで、
「でもお前、無理やりやったんだろ? もう、嫌われてんじゃねぇの?」
「・・・・・っ」
あっさりと言われて、俺には返す言葉がない。
その通りだ。
もう、嫌われたかも・・・・いや、見捨てられたかも。
俺は相当、情けない顔をしていたんだろう。いつもからかっている友人達が、溜息を吐いて困った顔をしていた。
「謝れよ」
呆れた顔で言われた。
「・・・なに」
「謝って、謝って、謝り倒してこい」
そんなの・・・しても、許してもらえなかったらどうするんだ。
「それでも許してもらえなかったら、慰めてほかの女紹介してやる」
「・・・・・・皇紀さん以外、いらねぇ」
呟いた俺を、ぺし、と叩いた。
「なら、さっさと土下座でもしてこい」
俺は頷いて、本当は人のいい友人に苦笑して見せた。
ふざけてるし、俺とおんなじでガキみたいな集まりだけど、どこかでやっぱり安心できる。
お互いに寄り合って、子供みたいに莫迦騒ぎして。
でも、だからこそ困ったときは子供みたいに一緒に悩んでくれる。
背中を蹴り出してくれる。
周りから見れば子供かもしれないけど、やっぱりこいつらだって、俺には大事だ。





皇紀さん、俺、マジで子供かもだけど・・・
絶対、離れたくなんかない。


fin



INDEX