おまけ3 ―二年参り―
「悪い、電車混んでた」 そう言って、駅前の人ごみから抜け出てきたのは、相地の先輩である本間だった。 周囲より、頭がひとつ飛び出ているので良く解かる。 むしろ、向こうが良くこの中で自分を見つけたものだ、と感心してしまう。 バスケ部に所属しながらも、身長も平均で頭も平均で顔も平均な自分なのだ。 もう翌年になろうという時間だが、神社の前は一年で一番の人ごみを見せていた。 約束通り――になるのかは分らないけれど、部活ではなく二人っきりで、二年参りに来た。 これってなんて言うんだろ、と相地は少し躊躇いつつも、嫌ではない。 デート・・・って、俺のガラじゃないし! 森澤あたりなら、嬉しそうにはにかんで、その言葉が似合うのだろう、とまだ関西なまりの抜けない友人を思い出す。 や、普通に! 普通にお参りに来ただけ! 友人同士でも、来たことがないわけではない。 相地は顔が赤くなってしまう思考をどうにか切り替えて、人ごみに沿って境内へ進んだ。 漸く賽銭箱の前に辿り着いたときには、すでに除夜の鐘も鳴り終わり周囲は俄然新年ムードだった。 両手を合わせて目を瞑り、相地は隣に本間を感じながら願い事をする。 それを終えてから、隣を見上げて、 「明けまして、おめでとうございます」 「・・・おめでとう」 頭上から降るように、少し眉を寄せるような笑顔が返ってくる。 それ、反則だし。 相地は顔が熱くなるのを下を向いて隠した。 また流れに沿って、境内から離れてゆく。 行先は皆同じだけれど、帰りは誰も決まっていないのか帰路のほうが空いていた。 このまま、駅まで帰るのだろうか、と相地は黙って本間の隣を歩く。 「相地」 「え?」 「寄り道、いいか?」 「あ、はい、」 驚いても、上下関係の厳しい運動部後輩に断る権利はない。 神社を出て、駅に向かうと神社と重なるようになった公園がある。 その中に迷わず進む本間に付いていきながら、徐々に人気のない駅とは反対へ行くに連れて落ち着かなくなってきた。 「・・・・あの、先輩、どこへ・・・」 「人のいないとこ」 「え?」 「お前、願い事なにしたの」 「う、えっと、スタメン、がんばれるように・・・ですけど」 新年早々の試合で、相地が試合に出られる、と教えてくれたのは他でもない本間だった。 「・・・そっか」 ため息に聴こえた呟きに、相地は思わず訊き返した。 「先輩は? 何お願いしたんですか」 「お前と今年こそ進展しますように」 「・・・・・・はい?」 訊き間違いか、と思いたかったのに、相地を見下ろす本間の視線は本気のそれを教える。 「お前は本当、無防備だよなぁ」 「え・・・っええ?!」 「こんなとこまで、下心のあるやつにノコノコついて来てどうするんだよ?」 「えー・・・えっと、あの、」 辺りはすでに、人気がないことに相地はようやく気付いた。 二人っきりのその闇の中は、いつかの公園を思い出して少し焦ってしまう。 躊躇っている相地をよそに、本間の腕が伸びて一回りは違う身体を引き寄せた。 「せ、先輩・・・っ」 「んー?」 「先輩、俺、よくわかんないんですけどっ!」 「なにが?」 相地を腕に抱きいれながら、本間はのんびりとした口調で答えてくる。 「先輩が、どうして・・・俺、なのか」 「相地?」 「森澤みたいに、可愛くもないし、熊谷みたいに、頭も良くないし、バスケだって、他にもっと上手いヤツいるし、ほんっとう、フツーの野郎なんですけど、俺?!」 相地の口から出たのは、ずっと考えていた疑問だった。 困惑と疑問をいっぱいに顔に表していると、本間はそれを見下ろしてから、噴き出すように笑った。 「ちょ・・・っ先輩!」 「いや・・・悪い、だってお前・・・」 「なんですか!」 「あー・・・俺、ゲイだって、言わなかったっけ?」 「・・・・・・は?!」 「女にキョーミないの。だから女の子の代わりが欲しいんでもないし・・・ゲイでも好みがあって、それがお前」 「・・・・・・」 その告白は、相地の思考を攫って唖然とさせた。 「いつも誰かに気を遣ってるとことか、素直なとことか、本気でバスケが好きで、がんばってるとことか・・・それから、俺を見て赤くなるとことか」 「・・・・・っう、」 「全部好きですよ、相地くん」 「ひー・・・ひ、きょう、です・・・!」 なんですかその口調! 相地の思考を奪って、抵抗もなくしてしまう。 止めの笑顔に、相地は全てを手放した。 唇を重ねるために、近づく顔にも、腰を押しつけるようにする、いやらしい手にも。 このまま流されても、後悔だけはしない、 相地は初めて、本間の身体を知るように背中に腕を回した。 |
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