おまけ2  ―内緒―




どうしてこんなことになったんだっけ。


俺、相地昇は俯き加減で歩き、隣にいる先輩を気にした。
冬の校内合宿を終えて、その打ち上げからの帰り道。
家の方向は違うはずなのに、いつのまにか隣を歩いていて気がつけば二人で並んでいた。
何を言えばいいのか分からなくて、俯いた顔も上げられなくて、夜道に白い息だけが吐き出されるまま足が動く。
こんなに気まずいのは、初めてだ。
転校してきた森澤と、部活の先輩である山井が晴れて付き合うようになり、俺は少しびっくりしたけど嬉しかった。
森澤は、俺から見ても可愛いと思ってしまう同級生で、ひとつ上の兄と同じ顔だと思うけれど兄より可愛いと思う。
そんな森澤が嬉しそうに笑っているのは、見ていて友達としても嬉しい。
が、そのときにとっても理解しがたいことが起こった。

「市成みたいに急がねぇよ・・・これまで待ったんだし。ゆっくり、考えててくれ」

そう言ったのが、部活で尊敬もしていた先輩、本間洸。
何を隠そう、今隣を歩いている人だ。
その言葉で俺はかなり動揺したけれど、本間先輩はそれ以来何をするでも言うでもない。
お互いの関係は部活の先輩後輩のままで、本間先輩もあの山井先輩のようにはっきりとしたアプローチもなくて。
冗談だったのかな。
そう思ってたくらいだ。
親友でもある山井先輩が、あまりに森澤に夢中だったからそんな感情に感化されたのかな。
そう、思ってた。
さっきまで。
思えば、二人きりになることなど一度もなかった。
だから俺はいつも通りでいられたのかもしれない。
が。
今になって、あのときの言葉を思い出してしまった。
本間先輩の家は、こっちではないはず。
なのに、どうして俺の隣を歩いているんだ?
そして、なんで何も言わないままでいるんだ?
俯いた俺がこの空気に困惑していると、本間先輩はピタリと足を止めた。
「ちょい、コーヒー飲みたい。付き合え」
「あ・・・はい」
見上げると本間先輩は通りかかった小さな公園の自販機へとすでに足を向けていた。
自販機の隣にベンチがあって、上からは街灯が照らされていてそこだけスポットライトが当てられたように明るい。
そのベンチに座って、俺は本間先輩におごってもらったコーヒーに口を付けた。
付けながら、隣に座った本間先輩の真意を測りかねていた。
何、だろ?
また何も言うことが見つからず黙っていた俺に、口を開いたのは本間先輩だ。
「お前、年明けの練習試合、スタメンに入れそうだぞ」
「え・・・・っ」
考えていたこととは遥かにかけ離れた内容で、俺は驚いたものの一瞬でその意味を知り隣の本間先輩を見上げた顔を嬉しさでいっぱいにしてしまった。
「ほ、本当ですか?!」
「ほんとほんと」
それが面白かったのか、本間先輩は苦笑したような顔で、
「足の速さは問題ないしな、体力も付いてきてるし・・・福澤とコーチとも話してる」
「そ、そうですかぁ・・・!」
嬉しさを隠し切れない。
俺のポジションはポイントガード。
身長がちょっと低いからセンターフォワードには成れない。
だから必死に全体が見えるようになるように勉強して頑張った。
それが、報われたのかな。
司令塔ともいえる場所だからこそ、誰よりも速く走り誰よりも上手くなりたい。
それまで何を悩んでいたのかも忘れてしまった俺に、本間先輩は楽しそうに、
「でも、もう少しシュート率上げたほうがいい」
「え・・・」
「お前が外から打てるようになると、内側に入るヤツらも安心するからな」
「あ・・・・はい」
喜んでいた俺は一瞬で俯いてしまった。
確かに、スリーポイントラインからの俺のシュートはイマイチだった。
落ち込んだものの、試合に出れると言われた言葉はやはり大きく、俺はわくわくした気分で落ち着かなくなってしまった。
もっと、頑張ろう。
そう思うと、髪の毛をクシャ、と本間先輩の手が撫でた。
「お前はセンスがいいからな、すぐになんでも出来るようになる」
「・・・え、そ、そうですか?」
隣に並んだ本間先輩の顔を見て、頭に載せられた手のひらからの熱を感じて、俺はまた、初めの思考を甦らせてしまった。
本間先輩は、なにを考えてるんだろ?
闇の中で、街灯に照らされる柔らかな笑顔。
男から見ても、あの山井先輩に劣りもしないほど格好いいと思う。
どうして、ここにいるんだろう。
俺はどうしてもそれが知りたくなって、理由をつけてすっきりしたくなって、笑顔を見せてくれた本間先輩を見つめた。
「・・・あの」
「ん?」
「・・・それ、言うために、一緒に帰ってくれたんですか・・・?」
出来るなら、それを肯定して欲しい。
でないと、俺はどうする?
どうすればいい?
俺の想いはあっさりと消された。
「それもあるけど、正しくは違う」
笑顔で言われた言葉に、俺は少し首を傾げた。
「お前、俺が言ったこと、覚えているか? それか、俺が冗談言ったとでも思って安心してないか?」
「・・・・・・っ」
硬直した俺の身体は正直で、覚えています、と本間先輩に教えてしまっていた。
「嫌われて避けられても、部活にも支障が出るからな・・・そのままにしておいたけど、そろそろ放って置かれるのもどうかと思ってな」
「ほ、放って、って・・・」
「相地」
「・・・・・はい」
本間先輩の手が、俺の頭に置かれていた手が、下へと降りてくる。
耳に触れて、頬を包む。
それから首へと移動して俺の身体が逃げないように支えられた。
「・・・嫌なら逃げろよ」
「え・・・・」
近づいてきた本間先輩に、驚いていると唇が重ねられた。
「ん・・・・っ」
思わず開いた唇から、本間先輩の舌が潜り込んでくる。
うわ・・・っ
俺、俺、初めてなんですけど・・・っ
どうすればいいのかすら分からない俺は、かなり大人しくその――キスを受け入れてしまった。
まぁその、流れ・・・かもしれない。
流されたのかな、俺?
触れた唇は温かく、吐き出される息は熱いくらいで。
本間先輩のキスに、初めてのキスに翻弄されてしまった俺は、その唇が離れても呆けてしまっていた。
いつのまにか、握っていたコーヒーの缶を落としたことも気付かないままだった。
それを本間先輩は至近距離で苦笑した。
笑顔が、好きだ。
眉を少し寄せるような笑顔が、格好良いとずっと思っていた。
「相地、そんな顔してると、また襲うぞ」
低い声で言われて、俺は目を瞬かせて正気を取り戻した。
顔が、赤い。
すっげ、熱い。
それを見られたくなくて慌てて伏せる。
本間先輩の笑いを含んだ声が頭上から聴こえた。
「お前、年末どうしてる?」
「・・・え?」
「31日、空いてるか?」
それは、どういう意味でしょう。
俺が視線を上げて本間先輩の顔を見ると、そこにあった顔は紛れもなく、嫌うはずもない笑顔で。
「・・・二年参り、しようって誘ってるんだが・・・分かってるか?」
「う、え・・・っえ?!」
「一緒に、初詣したい」
「・・・・え、えっと、部活の、みんな、で・・・?」
「・・・・俺は二人がいいが、お前がみんながいいと言うならそれでもいい」
「・・・・・・」
卑怯だ。
本間先輩は、そんな顔で。
俺が、実はその顔に弱いの知ってるんじゃないのか・・・?
そう言われて、俺が断れるはずないの知っているはずだ。
俺は赤い顔のままで、笑顔の本間先輩を睨みつけた。
それくらいの抵抗、許されるはずだ。
帰るか、と言って立ち上がった本間先輩に、慌てて倣う。その隙を、つかれた。
「相地」
「えっ」
顔を上げると、本間先輩のアップがあった。
止める暇もなく、もう一度唇が重なった。
けれどそれは啄ばむようなもので、すぐに離れる。
「内緒な」
内緒って・・・
内緒って、何が?!
どれが?!
笑って先に歩き出した本間先輩に、俺はまた真っ赤なままで動けなかった。
翻弄されっぱなしの俺を、本間先輩は引き返してきて手を取った。
動かない俺を引くように、また歩き出す。
手が、暖かかった。
俺とは違って、大きかった。
俺は結局、その手を振り払うことは出来ず、夜道で人気のないのをいいことにずっと繋いで歩いてしまった。
頼む森澤、助けてくれ。
先輩と、野郎と付き合ってるお前を、心から尊敬する。

だから、どうしたらいいのか、教えてくれ・・・!


fin

「ウソツキ」相地編オマケのおまけを書いてみました。
どうでしたでしょうか・・・!
何を考えてるのか、市成以上に本間は手強いぞ! 頑張れ相地! 負けるな相地!


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