おまけ1  ―相地の視点―




「あっれー、どうしたの?」
ボールをみっつ、抱えたままで俺、相地 昇は体育館の入り口で足を止めた。
今朝から、そわそわしてた転校してきたばかりの友人、森澤葉一は、仕上がったばかりだというブレザーに身を包み、一層兄と見分けが付けにくくなった。
が、森澤先輩は、こんな顔しない。
赤らめて、俯いて、唇を何度も開いたり閉じたりしてる。
俺が見ても、可愛い。


森澤は、最近転校してきたけれど、事情が複雑で、しかもそっくりな兄貴がすでに二年に居て、校内では知らぬものなどいないほどの有名人だ。
それに拍車をかけるようにしていたのが、うちの部の先輩、山井市成。
この先輩、始めは兄貴の一葉をスキだったみたいだけど、どう見てもこの弟のほうが好きになったように見えた。誰もが解ってたけど、この本人だけは、それを信じなくて、先週末まで、それでずっと揉めてたのだ。
追いかけられるのも嫌で、逢うことすら拒絶して、だから、山井先輩のいる、このバスケ部だけには、絶対に近づかなかったのに・・・なんでまた。
「俺に用?もう終わるから、ちょっと待ってて?」
「あ・・・ううん、えっと」
俺と視線を合わさずに、手を振って、
「え?なに?」
俺はその顔を覗き込んだ。
するとそこに、
「悪い、待たせたろ?」
俺の後ろから、声が掛かる。
それは、俺にじゃないみたいだ。
振り向くと、見上げる先輩がいた。
その、山井先輩だ。
山井先輩の視線は、俺に向いていない。
恥ずかしそうに俯いている、森澤に注がれていた。
「・・・え?ええ?」
この、週末を挟んだだけの急展開に、俺の頭はパニックになりかけた。
「も・・・森澤?まさか、この先輩と・・・」
「あ、あんな、相地、実は、・・・」
俯いたまま、森澤は視線を上げてくれない。
きっと、真っ赤になってるのだろう。
耳まで赤い。
その先を、山井先輩が続けた。
「俺のだから、手、出すなよ、相地」
山井はその小さな肩を抱き寄せて見せた。
「・・・ちょっと、こんなとこで・・・」
恥ずかしがって、山井先輩を押し返す森澤は、困った顔をしてるけど、嫌じゃないみたいで、俺は、ボールを全部、床に落とした。
「え・・・ええええええええ?!!!!」
それから、体育館全体に響くほど、叫んだ。
帰ろうとしてた先輩も、片づけをしてた同級生も、全員振り返る。
「い、いつ、いつのまに・・・!」
その状況を見て、回りも驚愕する。
口々に言い募る声を、山井先輩は一蹴した。
「うるせぇ!!なんでもいいだろが!お前らぜってぇこいつに手ぇ出すなよ!!」


俺はよろめきながら、この事実を受け入れようと・・・頑張った。
「も、森澤・・・あんなに嫌がってたのに」
「市成の粘り勝ちかな」
後ろから、声がした。
振り向くと、また見上げた。
本間先輩だ。
山井先輩の友人で、工業科で、バスケがスキで、結構、仲がいい。
山井先輩と森澤のことで、最近とくに話をしてた。
「粘りって・・・まぁ、森澤、山井先輩のこと、ほんとは好きっぽかったし、仕方ないけど」
「そうだったのか?」
「はぁ・・・森澤先輩の、代わりがやだったみたいです」
「ふぅん」
「でも、森澤がいいなら、良かったですけど」
「・・・俺は、ちょっと、つまらん」
本当に、口を尖らせて言われて、俺は笑ってしまった。
「はは、何でですか?良かったじゃないですか、もう、振り回されなくてすむし」
お互い、友人に最近振り回されっぱなしだったのだ。
本間先輩は俺を見て、
「お前と話す機会が、減るだろ」
「え・・・?どう言う・・・」
意味だ、と聞き返そうとして、頭の中で、その理由が巡らされる。
本間先輩が、ちらりと俺を見て、
「部活でしか、会えなかったし」
「・・・・・」
誰とですか、と聞き返せなかった。
呆けてた俺の頭に手を差し込んで、くしゃり、と髪を掻き混ぜて、
「市成みたいに急がねぇよ・・・これまで待ったんだし。ゆっくり、考えててくれ」
笑って、俺を残して行ってしまった。


俺はその後姿を見つめたままで、動けなくて、今度は、心のなかで思いっきり叫んでいた。

  俺?
  先輩が?なんで?!!!!
  急ぐって?
  どういう意味の?!


  俺の顔、森澤に負けないくらい、赤かったと思う・・・


fin



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