ルビィ





「返品?」
金色に近い栗色の髪は頬に掛かる程度に伸ばし、鳩の血のような瞳。
着飾られた衣装。
スラリとした肢体。
表情のない顔。
それでも美しさは衰えない。
彼はアンドロイド、「ルビィ」


シェリーです。
博士の元にはたまにお客様が見えられます。
博士が僕たち、Aタイプの製作者だからです。
世間にアンドロイドの普及が始まり、一般的なものは普通の方々も手に入れられるものがあります。
でも博士の創られるAタイプはいまだに値が落ちず、資産をすべて出されて買われる方もいらっしゃるほどです。
それでも欲しいと言われる方は後を絶ちません。


今度のお客様は、少し違う依頼でした。
「この少年そっくりのものを?」
博士は立体フォログラフを見て、言いました。
手のひらに乗るそれには、とても綺麗な少年が笑って立っています。
「・・・一年前に逝った、私の天使です」
顔色の悪い、男の人。彼が依頼人です。
まだお若いでしょうに、疲れた表情をされています。
お客様の言う、この天使のような少年に先立たれ、気を落とされているのでしょう。
そして、博士に少年そっくりなアンドロイドを依頼されました。
これまでにもこういう依頼はありましたが、すべて博士は断られてきました。
「いいですよ。一週間後に、また来てください」
博士は受けられました。
僕がどうして受けられたのか訊くと、
「顔が気に入った」
のだそうです。
ともあれ、博士は小さな紙に鋏を入れて楽しそうに始められました。


一週間後、あのお客様が来られたとき、少年、ルビィは完成していました。
お客様はとても喜び、大切そうにルビィを慈しみ、連れて帰られました。


それから、三日後のことです。
またお客様は城を訪れました。
とても、困った顔をされています。
傍には、変わらず美しいルビィがいます。
そのルビィを、お客様は返したいとおっしゃいます。
「・・・どこか、ご希望に沿わない点でも?」
博士の仕事は丁寧で、完璧です。
不満を言われた方など、いらっしゃいません。
「いいえ・・・不満など、ありません。ですけど・・・」
お客様は少し迷って俯き、それでもおっしゃいました。
「あの子は・・・私にとって、天使だったのです。穢れなき、私の唯一落ち着ける場所でした。私には、あの子を汚すつもりはありませんでした。しかし、この子・・・ルビィは、」
「なるほど。私の創るAタイプはセックスドールですからね。基本的にそれを求めます」
お客様は顔を赤らめて、
「私も男ですから、求められると・・・でも!ルビィを穢したくはないのです」
お客様はとてもはっきり言われます。
博士は少し考えて、ルビィを見ました。
ルビィは何も言わず、立っているだけです。
「つまり、まだ手を出されていない」
「・・・出せるはずがありません」
「しかし、私のもとに返されても、同じですよ」
「え?」
「この子達は、セックスドールなのです。ルビィにも、当然そのようにしてもらいます」
「俺は・・・!」
お客様は一瞬、とても怒ったようです。
でも、言葉を改め、その怒りを抑えきれないまま言われます。
「・・・私は、そんなことをさせるために、返すのではありません」
ルビィの頬が、ピクリと動きました。
お客様はそれに気づきません。
博士は大きくため息を吐かれ、右目のモノクルを直されました。
「私の創るAタイプは基本的には従順で大人しく、非常に躾やすいと評判なのです」
「は・・・?」
「まぁ、お客様の躾によって、性格も変わってしまうのはしばしば見られるのですが・・・」
「はぁ・・・」
「稀に、自我を持って創られる子もいます。そういう子達は、すでに完成してしまっているので、私にはどうしようもないのです」
「あの・・・いったい何のことでしょう」
お客様は博士の言葉の意味が解らなかったようです。
博士は何も無かったように微笑まれて、
「いいえ、別に。それで、ルビィは私が引き取っても構わないのですね」
お客様は俯き、
「・・・正直、私はもう・・・」
もう、何をおっしゃりたいのか、お客様の声は聞こえません。
「・・・・なよ」
違う声が聞こえました。
お客様は、驚いて顔を上げられました。
「・・・ふざけんなよ」  
声を上げたのは、今までそこに立っていただけのアンドロイドです。
何の感情も無かったルビィは、今はその美しい顔に怒りを表しています。
「お前ナニサマのつもりだよ!」
お客様はとても驚いた顔で、ルビィを見ています。
博士は面白そうに、お客様に突っかかるルビィを見ています。
「自分でヤル度胸も無いくせに他人がヤルのも嫌だと?!いい加減にしろよ!」
「る・・・ルビィ・・・?」
「お前のせいで俺はここに居るんだぞ!お前が願ったから、俺は創られたんだぞ!俺はお前しか要らないのに!お前がいいのに!どうしてそのお前が俺を否定するんだ!」  
ルビィの顔が苦痛に歪みます。
その紅い目に、涙が溢れて来ました。
「俺はお前しか要らないのに、お前しか見えないのに、そのお前にいらないって言われて、俺はどこに行ったらいいんだ・・・!」
ルビィは悲しくて悲しくて、泣き出しました。
産まれたばかりのルビィが可哀想で、僕は手を差し伸べ、抱きしめて上げます。
ルビィも僕にしがみ付き、涙が止まりません。
「・・・・あの・・・?」
お客様がとても驚いたまま、博士に説明を求めていらっしゃいます。
博士は笑って、
「先ほど言いましたでしょう?稀に、自我を持っている子が居るのです」
今までは、ルビィも大人しくしていたのでしょう。
お客様は驚いたまま、ルビィを見ていました。
「どうされますか?」
「え?」
博士が訊くと、お客様は振り返ります。
「この、貴方が好きで泣いているこの子を、どうされますか?返品なさっても、結構ですよ」
「・・・え」
博士はルビィの顔を持ち上げ、泣き顔をご覧になって、
「綺麗な顔ですからね、私が一から仕込んで・・・」
「だ、駄目です!!」
お客様が博士の言葉をさえぎり、私からルビィを取り上げてご自分の腕の中に入れました。
お客様は決められたようです。
ルビィは涙目でしたが、とても嬉しそうでした。


「なんだか嵌められたような・・・・」
お客様が呟きます。
「博士には誰も敵わないよ」
そう言うルビィと一緒に、城を後にされました。


博士は、それから暫く不機嫌でした。
本当に、ルビィを惜しがっていらっしゃいました。
そんなに欲しかったのでしたら、もう一度創られたら良いのに。
僕がそう言うと、


「お前以外はこの城にはいらないよ」
博士はそう言われます。
・・・・・・・?


fin



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