密着濃度 「ん、あ・・・あっ」 こうして、ベッドに倒れ込んでからどれくらい時間が経っただろう、とキナは視線をめぐらせた。 ほの暗いオレンジ色のルームライトもあって、室内も相手の身体もちゃんと見分けられる。 汗ばんだ身体は、肌が重なるたびにぬるり、とするので良く解かる。 シーツは、その汗と吐き出したものを吸い込んで、すでに使い物にならないほどだ。 けれど今は、そんなことも気にならない、と深くを抉られるような揺れに視界が緩む。 キナの足を広げて、つま先から付け根まで執拗に撫で回していた相手が、不意に身体を傾けて唇に音を立てて吸い付く。 「んっ」 「・・・今、何を考えた?」 「あ・・・・」 どうして思考が解かるのだろう、とキナは不思議に思いながらも、すぐに意識が奪われる。 キナは力ない腕を上げて、汗ばんだ身体を掴む。 「・・・ようじ、もっと」 名前を呼ぶだけで、相手の機嫌が直ることはすでに知っていた。 けれど誤魔化すな、と強い視線に睨まれる。 キナは繋がったままの身体が、苦しくて切ないけれど嬉しい、と素直になることも最近覚えた。 「みっか、かんも、居なかったの、そっち、じゃん・・・まだ、もっと・・・」 「・・・煽ることだけは、上手くなったな」 舌打ちを隠さなかったけれど、機嫌が悪くなったわけではない。 三日間、犬養は珍しく地方へ出かけていた。 犬養がこんなにも長く家を空けたのは初めてだ、と帰るなりどちらからでもなくベッドにもつれ込んだ。 少し前に、キナが貰ってきた仔犬は、主人たちの気持ちをちゃんと理解しているのか、寝室には入ってこない。 お腹が空いた、と言い出す朝はまだ遠かった。 犬養の事務所は五階建てのビルの二階にあって、エレベータもあるけれどキナは張り切って階段を駆け上った。 事務所の前は広く、入り口の前にキナの背丈ほどの観葉植物がある。 ここに来るのは二度目だった。一度目は犬養が忘れ物を届けて欲しい、と言われてその通り届けたときで、それ以外は呼ばれたこともない。 用事もなかったけれど、キナが来ることを犬養があまり嬉しく思わないからだった。 しかし今日は足取りも軽く階段を上り、事務所の名前の入ったドアを見る。 向こうの見えないガラスの中を覗き見て、ノックした。そして返事も聞かず開けた。 「こんにちはー犬養さん?」 中は絨毯が敷き詰められ、応接セットのソファにローテーブルがある。フロアは広く、窓からの光もよく入るようにしてあるようだ。けれど今は夕方の時刻なのでブラインドがすでに下りている。 衝立を立てて隔ててある向こうから、今日も隙のない格好の秘書が顔を覗かせて、 「お約束でしたか?」 キナは首を振って違うけど、と笑う。 「外で待ち合わせてたんだけど、今日早く終わったからさ」 「先生はまだお客様のお相手をしていますが」 「待っててもいいかな」 「そちらへ、何かお飲み物は?」 「え? 相田さん仕事は?」 いつもは冷徹にも感じる犬養の秘書の対応に、キナが首を傾げる。 「お客様が帰られたら私も終わりです。今日はこのまま?」 一杯用のドリップ珈琲を手際よく淹れてキナに差し出してくる相田に、キナは我慢出来ないように顔を綻ばせて、 「うん、ご飯行こうって約束なんだ」 「そうですか。先生も本当ならもう終わっていらっしゃるはずだったんですが」 「え? 仕事長引いてんの?」 「いえ、急にお客様が」 「ふうん・・・大変だね」 珈琲を啜りながらキナが仕事の内容までは関わらないように曖昧に相槌を打つと、事務所の受付フロアでもあるその部屋のもうひとつ奥の部屋、犬養の部屋へ続く扉が開いた。 「犬養さ・・・」 「ですから、とりあえず今は何も出来ません」 キナが顔をすぐに振り向かせると、きっぱりとした犬養の声と姿が見えた。 一人ではない。 来客だという相手が先にドアから出てくる。 「ええ、ですけど、私どうしても落ち着かなくて・・・先生、いらしてくださるでしょう?」 「その書類が本当であるなら、早急に確認したほうが良いですが」 「本当です! ですから私不安で不安で・・・」 「解かりました、相田、すまないが・・・」 ドアをまたぐ様にその場で押し問答していたのだが、犬養は相手を押さえて秘書を見て一度動きを止めた。 見逃すことなど出来ない相手が秘書よりも先に目に飛び込んできたからだ。 驚いたのはキナも同じだった。 出てきた犬養と、それにすがるようにしているのは和装の女性だ。年齢は微妙だったけれど30になるかならないかだとキナは予想した。 上品に選んだ着物は派手でも地味でもない。綺麗な化粧も控えめで、誰が見ても思わず手を差し伸べたくなってしまう美人だった。 その「お客様」が、キナの目の前で犬養にしなだれかかっている。 犬養はキナに気付きながらも一瞬で視線を戻し、 「もう一度向こうへ行ってくる。書類が必要になるかもしれないからこっちで準備していてくれ」 「はい、明日でよろしいですか?」 「ああ、明日官公庁が開いてからだ。これから新幹線のチケットが取れるか?」 「宿泊されますか?」 相田といつもの打ち合わせのように話している犬養に、和装の女性は、 「まぁ、私の車でご一緒いたしましょう。それに以前もホテルでしたでしょう? お通いになるのは大変ですもの、是非うちへお泊りください。田舎の古い家ですけれど、部屋数だけはありますのよ」 「では、ご同道させてください。宿泊先は立場上のことがありますので申し訳ありませんが」 その応えに相手は本当に嬉しそうに微笑む。 「ええ、弁護士さまもいろいろありますものね。ですけど私、犬養先生のことは他人とは思えないんですの」 是非これからも懇意に、と態度から見えるオーラに、キナの視線が自然と据わる。 犬養は冷静な顔のまま、その相手に先に出ているように促してから、 「キナ、どうしてここへ?」 「仕事早く終わったから」 冷静にしようとした声は、どう聞いても拗ねたようなものになってしまっていた。 「ここには、来ないようにと・・・」 「ああ、そうだっけ、ごめんね」 「いや、そうじゃなく・・・それで、今日は」 「仕事だろ」 躊躇うように唇を舐めて、言葉を捜す犬養に、キナは視線を合わせることなく顔を背けた。 「悪い、この埋め合わせは」 「仕事だろ」 仕方ない、と態度とは裏腹になっていることも知りつつ答える。それに犬養が口を開きかけたところで、 「先生、ホテル取れました。以前と同じ場所です。チェックインが遅れるのも伝えてあります」 「ああ、解かった」 相田と会話している間に、キナはそのまま背を向けて歩き出す。 「キナ!」 背中に引き止めるような声が聞こえたけれど、足は止めない。 ビルを出ると、どこからか黒塗りの大きな車が止まっていた。後部座席にいるのはあの和装の女性だ。 そこからも逃れるように、早足で歩き出した。 「事務所に来るなって・・・そうゆうことかよ! エロ弁護士!」 キナはただそれだけ罵るように口にすることが出来た。 「それで、また家出・・・」 綺麗に磨かれたカウンタに肘をついて、春則は溜息を吐いた。 「家出じゃないよ。犬養さんも家にいないもん」 「ただ飲みに来るだけなら、犬は置いてこいよ!」 一応飲食店だぞ、と店のマスターに代わり眉を顰める。 カウンタの中でそのマスターである颯太は、キナの膝の上に大人しく座って見上げてくる愛らしい仔犬に苦笑して、 「まぁ、キナが連れてくるなら誰も文句は言わないでしょうけど」 常連客の誰一人として、キナを怒るものなどいない。 確かに成人しているというのに、相変わらず周囲に甘やかされる存在なのは春則だって解かっていた。 「だって誰もいない部屋に残しておけないじゃん」 「仕事のときは残して行ってるだろ!」 「今日は仕事ないもん」 「もん、とか言うな! いい年した男が・・・」 「春則、俺のねぇちゃんみたい」 「お前みたいな弟は持ちたくない!」 手がかかるだけで他に何の見返りも期待出来ない。本当に愛らしい存在だけでそこにいるような愛玩物だ、と春則は忌々しそうに吐き捨てた。 「俺だって春則みたいなお兄ちゃんいらないよ」 「お前なぁ、」 春則が言い返そうとしたとき、ドアがカラリと音を立てて開いた。 「いらっしゃいませ・・・あれ、」 すぐに気付いた颯太が、驚いた顔で客を見たあとキナに振り向いた。 それになんだ、とキナも振り返れば、入り口に居たのはきっちりと隙なくスーツを着た弁護士秘書だった。 「相田さん・・・」 珍しい、というより、何事だ、とキナは驚いて名前を呟く。 相田は表情を崩すことなくキナの隣に座り、 「先生のプライベートには本来興味がないんですが」 注文することなく細く息を吐いた。 「え? どういうこと?」 「先生もプライベートを仕事に持ち込まれることはありません。――今までは」 「今まで?」 「貴方と関わってからというもの、先生は驚くほど変わられたので」 「え? え?」 「今も仕事をしながら、口にはしませんが気が気でないようで、冷静になっていただかないとそのうちヘマをしかねませんから」 「――ヘマ?」 清廉潔白、というような顔と一致しない言葉にキナが驚いていると、相田は少しだけ困ったように眉根を寄せた。 「先生は公私混同をしないんですが」 「はぁ・・・?」 「例外は一度だけです」 「ん?」 「貴方です」 「・・・・え?」 「仕事の関係者に手を出すなんて、有り得ないと思っていました」 キナは仔犬を膝に置いたまま、隣の相田を見つめた。真意を確かめるのではなく、視線が動かなくなっていた。 「まったくいい年をして、相手のご機嫌に一喜一憂」 情けない、と声に出さなくても聞こえてきそうな物言いだった。 「先生は、呆れるほどどなたかにご執着なんですよ」 「・・・・・」 自分がどうしてこんなことを言っているのか、それが一番嫌だ、と相田は表情にする。 キナは相田から視線を外し、膝の上の仔犬に落とした。 「本来は、先生は地方のご依頼は受けないのですが・・・今回は恩師である川内先生からの紹介で断れなかったんです。先ほどご連絡いただいたので、明日の夜にはご帰宅なさいます」 「え?」 「前回の出張で完璧にご依頼は解決されたはずですが、その後新しい書類が見つかったとのことでまたあちらへ行っていたのです。それも――まぁ終わられたそうですので」 少し誤魔化そうとしたのもキナは気付かず、段々落ち着かなくなったように仔犬の前足を手に取って玩び始めた。 「お、終わったんならさ、電話くれれば、いいのに」 「携帯に電源を入れてからおっしゃってください」 キナは昨日から切りっぱなしの自分の携帯を思い出してますます俯く。 その向こうで春則はすでに他人のふりをしているし、カウンタの中で颯太も関わらない姿勢を見せる。 「先生は民事専門ですが、以前は刑事事件専門の事務所にいらっしゃったことはご存知ですか?」 「みんじ? けいじ?」 「ああ・・・警察検事が介入するような事件が刑事事件です。それ以外に相続などの権利訴訟が――解かりますか」 相田の説明にキナは理解したわけではなかったけれど、違うことだけを納得して頷いた。 「刑事事件のほうが一般的に見ても花形です。弁護士を目指す方の八割はこちらを希望します。先生も勧められるまま刑事弁護士になられました」 「うん・・・?」 「私がその事務所に入ったときはすでに、先生は全勝の看板を背負っていました」 「全勝?」 「初めて持たれた事件から――勝てないにしても、負けられたことがなかったんです」 「・・・ごめん、それってすごいの?」 相田の言いたいことがなんなのか解からないキナは、突然話される内容に付いていくだけで必死だ。 「ある殺人事件を担当したとき、証拠はすべて被告を示していましたし、弁護側の誰も勝てないと思っていました。ですが勝てなくても、減刑は出来るだろう、と先生に頼まれたんです。ですがどうしてかその裁判で――」 「・・・勝ったの?」 「はい。実刑は免れ執行猶予でした。それ以来、絶対に負けない、と言われ始めた先生は次々と舞い込んでくる仕事に嫌気が差したようですね」 キナはそれがどんな状況なのか頭をフル回転させるけれど、結局は眉を顰めるだけだ。その向こうで春則が息を呑むように沈黙し、颯太も完全に聞かないふりを貫き通している。 「そこで独立を考え、今の事務所を構えられました。何度も引き止められましたし、今でも刑事事件の依頼が入ってきます」 全て断っていますが、と相田が付け加えるのに、 「えーと・・・刑事と民事って何が違うの? 仕事内容がやっぱり・・・」 「弁護料が違います」 相田のきっぱりとした言葉は、どこか吐き捨てるようなものにも聞こえた。 「とにかく・・・いろいろあったことから、先生はあまり他人に興味を示さなかったのです」 「・・・・え?」 「今の先生を見れば、疑われるかもしれません。ですが、昔を知る私から見れば一目瞭然です」 「え?」 「それほど・・・お変わりになられた。変えられたのが自分であるということ、貴方にはご自覚いただきたいのですが」 「え・・・え?」 結局、何が言いたいのだ、とキナは今までの会話の全てが煙に巻かれたようで仔犬の手を持ったまま相田を見つめる。 「先生のお仕事に支障が出ないよう、配慮していただきたいのです。私が言いたいのはそれだけです」 相田は言い終えると、用事も終わったとばかりにスツールから腰を上げて注文もないまままた店を出て行った。 店内には沈黙が残されたけれど、キナは俯いたまま、帰る、と呟いて仔犬を抱いて真っ直ぐ帰路についた。 翌日、相田の言うとおり犬養はいつもの帰宅時間と同じ頃帰ってきた。 ソファに寝転がり、お腹の上で仔犬を寝かせていたキナがその音に気付くと、犬養はどこか安堵するように息を吐き、 「ただいま」 ジャケットを脱いで鞄を床に置き、すぐにソファの前に跪いた。 「・・・おかえり」 「キナ・・・」 キナは身体を起こし、仔犬をそっとソファに降ろして犬養の前で俯く。その態度に犬養はかける言葉を考え、一瞬躊躇すると、キナのほうが先に口を開いた。 「なんで、俺、事務所行っちゃ駄目だったの」 「・・・・・」 「ああいう、女の人が、たくさん来るから?」 「いや・・・」 「俺、犬養さんが浮気してるとか、疑ったりしないけど」 「いや、そうじゃなく」 「仕事してるとき、かっこいいなって惚れ直すくらいだと思うけど」 「・・・・・・」 「そりゃ、あんまりいい気分じゃないけど。他の人にベタベタされてるの見るのさ」 でも、仕事なら仕方ない、とキナは拗ねた声になりつつも口にする。 「相田さんに、犬養さんが独立した話とか聞いて」 「・・・え? 相田が?」 「俺頭悪いから、犬養さんがどんなことになってたのかはよくわかんないけど、大変だったんだな、くらいにしか思えなくて。それでも弁護士続けてるんだから、仕事好きなんだろうな、とか。なら、その仕事の邪魔はしたくないし、邪魔だと思われたくないし」 「邪魔だなんて、思ったことはない」 「でもさ、俺のことに犬養さんが・・・動揺してくれたりするの、不謹慎だけど」 キナはゆっくりと顔を上げた。 犬養の顔を真っ直ぐに見つめて、 「・・・嬉しいって、思うの、って、やっぱ駄目かな」 犬養の返事は、言葉よりも早く近付いた唇だった。 体温を分け合うように唇を重ねて、割った膝の間から身体を合わせ、ソファに凭れかかる。 熱くなった息を吐き出すように離れると、犬養がキナの首に顔を埋めて、 「お前のことになると、自制が効かなくなる。相田にも何度も呆れられているし、自分でも情けないとは解かっている。行動を制限する権利なんて本当はないから・・・事務所にも来たければいつだって来たって構わない」 言いながら、支離滅裂だ、と犬養は溜息を吐く。 キナは両手でシャツを握り締めて、 「行きたいけど・・・でもやっぱ、ヤキモチってさ、気分悪くなるからあんまり妬きたくないし。ああいうの、本当は見たくないから・・・」 「あれは・・・あんな依頼人は、滅多にいないぞ。先生の紹介でなければ、きっぱりと断っている。正直扱いかねて困っていたんだ」 犬養の声が、本当に困惑していてキナは思わず吹き出してしまう。 「犬養さん、恩師だっていう先生、本当に逆らえないんだ?」 「逆らえないわけじゃないが・・・大学時代から世話になっているし、息子のように思ってもらっているからな」 「頭が上がらないんだ」 「そうだ」 優しい笑みがどちらからでもなく浮かんで、もう一度口付けを交わす。 啄ばむようなキスの合間に、犬養の手がキナの首筋からうなじへ、柔らかな髪の中に指を絡めるように撫でてもう一度首筋へ下りる、と繰り返す。 優しい仕種だというのに、キナの吐息は唇が離れるたびにあがってしまう。 「ああいう依頼人は困るが・・・たまにはいいな」 「・・・犬養さん?」 楽しそうに呟く犬養に、どういう意味だ、とキナが首を傾げれば、強い視線が真っ直ぐにキナを捉えた。 「お前が、ヤキモチを妬かれるのは困るが嬉しいと、言ってたじゃないか。それが・・・よく解かる」 「・・・・・犬養さんっ」 頬を染めた顔で睨んでも効果はないと思いつつも、キナが睨むと、視線を奪うように顔が近付く。 唇が重なって、開いた隙間から舌が絡まる。 頬や髪を撫でていた犬養の手が下へ移動して、シャツの上から胸の上を探る。体温の上がった身体が反応するのを止められずにいると、そのまま座っていた腰をずり下げるように引き寄せられた。 「ん・・・ん、」 「・・・キナ」 「い・・・犬養、さ・・・腰、押し付け、ない、で」 「・・・どうして」 「ど・・・して、って、んっあの、シャワーとか・・・」 「汗臭いのは厭か」 「汗臭くなんて、ない、けど・・・」 「それとも、そんなに俺を焦らすのが・・・好きか?」 「あ・・・っ」 耳元に直接送り込まれる声に、キナが抵抗出来るはずもない。 犬養はされるままに身体を開いてしまうキナの肌の上を滑らせていた手を止め、 「コレに餌は?」 ソファの隣でまだ起きる気配もない仔犬のことを、視線も移さず訊いた。 「あ・・・げた、さ、っき」 「じゃあ・・・朝まで、放っておいても構わないな」 「い・・・犬養、さん、」 その意味が直接過ぎて、しかし抵抗する理由も見つけられずただ睨みつけることしか出来ないキナに、犬養は欲を隠さないまま笑って見せた。 「・・・ベッドに移動しないと、呼び方は改められないようだな」 強く抱き上げられる腕に、キナはしがみついていることしか出来なかった。 「あっあっあっ・・・ん、ああぁっ」 背後から腰だけを掴まれて強く押し付けられる。 その強さだけで、引きずられるようにキナも絶頂まで昇らされた。 熱を吐き出したはずなのに、奥へと注ぎ込まれる熱のほうが熱く、キナは身体の温度が下がらないままだった。 地球の重力は、これほど強かっただろうか、と思うほどベッドにのめり込みそうになる身体は、指先までじんじんと痺れて正直一ミリも動きたくなかった。 熱くなった犬養の手に腕を掴まれて、身体を返されてもされるがままだ。 額に張り付いた髪をかき上げられてそこに口付けられ、ゆっくりと瞬いて視線を巡らせるけれど犬養の顔は追えない。 頬から顎、首筋に移る口付けの場所から重い痺れが広がって目を細める。 汗ばんだ身体をゆっくりと下降する犬養の手にも意識を奪われ、濡れた足の間から奥に滑り込んで来てもただ息が上がるだけだ。 「ん・・・は、あっあっ」 犬養の身体が重ならない方の膝を立てられ、指が抵抗もなく埋められる。内側が濡れているのを確かめるように動き、くちゅくちゅといやらしい音をわざとさせて指が増やされた。 「・・・すまない」 「あ、や、ぁん、んー・・・っ」 耳元に吐き出される声も息が荒く、いつもより低く掠れている。 その声にも腰が揺れるのだ、と涙を浮かべながら、ぬちぬちと抜き差しが止められることのない指も厭だ、とキナは微かに首を振った。 中へ吐き出されるのは、本当は困る、でも嬉しい。 そう言って泣いたキナへの謝罪の言葉なのだろうけれど、いやらしく動く指にそんな意思がないことはキナの身体が良く解かっている。 犬養の上体が下降して、胸の上で尖る突起をしゃぶる。空いた片手がもう片方の突起を弄び、引き締まった足でキナの片足を挟み込み、ゆっくりと押し付けた。 「ん、うー・・・っよ、ぉじ、それ・・・っそれ、」 抵抗出来ない手は熱くなる自分の目に押し付けて、視界を塞いでも押し付けられる感覚に首を振る。 「・・・ん?」 身体の奥をかき混ぜる指よりも音を立てて乳首に舌を絡める犬養に、やめて、と声だけで抗う。 「や・・・っヒリヒリ、する」 「・・・どれが?」 「いや――ぁ、それ、そこ・・・っ」 「うん・・・どこだ?」 全部、とキナは答えたかった。 痛いほど尖らされてぬるぬるにされた胸の上も、なぞられるだけで感じてしまう肌の上も、犬養の意思をはっきりと知らされる雄を押し付けられる足も、苦しいほど擽られる身体の内側も。 「ここは・・・?」 「あっ、あっあっあっ!」 抜き差ししていた指が激しくなって、キナは触れられていない自分の中心が我慢出来ない、と手を伸ばして犬養の身体を抱き寄せる。 「痛い? もう、無理か?」 「あー・・・っやっん、あぁっ」 キナの足を挟みこんでいた腰が、激しく揺らされる。押し付けられる犬養の雄と、肌の間で擦られる自分の雄が限界だ、と濡れてくるのに、指が反対に緩慢な動きで縁をなぞるだけになる。 「あー、あっい、やっなん、なん、で、もー・・・っ」 泣き声が荒い呼吸でしゃくりあげるほどになっているのに、犬養の動きは変わらない。 「・・・無理?」 ここで、と指を一度引き抜かれ、キナは最後の意志が崩れるのを感じた。 「い、やー・・・っ厭、ゆび、そこ、に、」 「挿れる?」 掠れた犬養の声が、からかうようで甘えたものにキナには聞こえた。ただ何度も頷いて、自由になる片足を誘うように摺り寄せた。 「い、れる、いれるー・・・っ」 「指を?」 「厭っいや、だ、も、はや、く・・・っ」 「指を、挿れる?」 キナはぐしゃぐしゃになった顔を振って、どうしてそんな意地悪を言うのだ、と泣き縋る。 「やだ、陽二の、よーじの、が、いい・・・っ」 「・・・また、中で出していいなら」 「あっあっ・・・やだ、いいっ、いい、から・・・っはやく、閉じちゃう・・・っ」 犬養の息を飲む音は、性急に押し込まれた衝動に掻き消されて、キナは自分の悲鳴だけを聞いた。 両膝を抱えられて、腰を回すように中を掻き乱され、キナは自分の上げる声より犬養の荒い呼吸の方が耳に響いた。 全神経が繋がった場所に集中して、目は開いているのにキナは視界が真っ白になって思考がそれだけに奪われる。 腰から背中に這い上がり、脳髄の中まで届く。 キナは犬養の形の全てを感じて、意味もなく首を振った。 「・・・キナ?」 「あっあー・・・っそれ、それ、が―――・・・おかされ、る」 侵食される。 キナは不安に怖くなるのと、しかし止めて欲しくない衝動に狂わされて、自分が何を言ったのか理解出来なかった。 グン、と一際大きくなった犬養が激しく腰を揺さぶって、舌打ちと一緒に白濁を吐き出せばその熱でびくん、と跳ねてキナも達した。 「くそ・・・っお前、キナ・・・!」 何を言ったのか解かっているのか、と怒りを込めた犬養の声は、半分以上キナには届かなかった。 ぱったりと両手両足はベッドに投げ出され、目はうつろになって開いたままの唇からは細く呼吸だけが繰り返される。放心している状態だった。 「キナ」 達したものの、こんな状態で治まるはずもない、と犬養は腰を使い始めた。 ぐったりとした身体を隙間もないほど強く腕に抱き、顔に何度もキスを降らせる。 荒くなる自分の呼吸に引き寄せられるように、キナの身体が硬く反応を見せた。繋がった場所がきゅう、と締まり、目を潤ませながらも犬養を視界に捕らえる。 「キナ・・・っ」 「ん・・・っは、あっあ、」 引き抜くことは決してしないまま一緒に揺す振られ、本能のままに突き上げられるその先にあるものを掴もうとして、 「キナ・・・本当に、お前だけを、」 理性のない思考に届いた声を最後に、キナは意識を手放した。 翌日目を覚ましたのはすでに日も高く、寝室のドアをかぐる仔犬の爪音と泣き声でキナは気付いた。 しかし隣に犬養の姿はなく、力ない腕で起き上がろうとすれば、腰のあたりからじん、と痺れる重さに顔を顰める。 「二郎さん?」 仔犬を呼ぶ声も、掠れていることに気付いたけれど、昨夜どれだけ乱れたのかは自覚もあっただけに気にしないことにした。 どうにかベッドの上に起き上がったけれど、すでに足に力が入らないのが解かってドアまで歩けない。ドアの向こうで自分を呼ぶ声にどうしたんだろう、と犬養が見えないことからも不安になってくる。 けれどそれを払拭するように、 「こら、ドアに爪を立てるな」 外からドアが開いて犬養が姿を見せた。 ベッドの上のキナを見て、少し安堵したように微笑んで、 「起きたのか・・・こいつが煩くて、どうしようか迷っていたんだが」 仔犬は犬養の足元をすり抜けてベッドに前足を掛けてキナを見上げてくる。抱き上げてあげたいけれど、キナは自分を支えるので精一杯で、顔を仔犬の傍に近づけるように身体を倒した。 「おはよう二郎さん、ごめんね、今だっこしてあげられないや」 朝は早くから散歩に連れて行ってくれるキナが起きてこないことに、仔犬は仔犬なりに心配していたようで、それが可愛い、とキナは笑った。 その顔を舐められて、くすぐったい、とまた笑えばそれを遮るように犬養がキナを抱き上げる。 「犬養さん?」 どうしたの、と首を傾げると、視線が重なる前に唇が重なり、 「・・・食事は?」 「お腹は・・・空いてる、かも」 でも、と言う前にもう一度唇を塞がれた。 深く、濃厚な口付けにキナが夢中になりかけたところで、床から不機嫌そうな仔犬の泣き声が響いた。 「わん!」 犬養の足に前足を掛けて、自分もキナに抱きつきたい、と強請っている視線だった。 苦笑したキナに、犬養は詰まらなさそうに息を吐いてそのままリビングへ向かう。 ソファにキナを下ろせばさっそく仔犬はキナの膝の上に飛び上がってくる。 「ふふ、二郎さんも好きだよーっ」 両腕に抱いて小さな顔にキスをすれば、仔犬も嬉しそうに舌を出してくる。 その仔犬の顔を押さえつけるようにいきなり割って入ったのはやはり犬養で、 「も、というのは他に誰にかかっているんだ?」 「・・・・・・」 キナは声もなく、ただ解かっているくせに、と赤い顔で犬養を睨みつけるだけだ。 あれだけして伝わっていないはずもない。ただ意地悪く見つめられるのに居心地も悪くしぶしぶながらキナが応えようとしたところで、来客を告げるチャイムが部屋に響いた。 いったい誰だ、と舌打ちする犬養に、キナはほっとして対応に玄関へ向かう背中を見送った。 もう一度仔犬を抱き直し、 「・・・犬養さんだよー」 聞こえない声で小さく呟いた。 言ったことに自分で赤くなるのを仔犬に舐めさせて誤魔化していると、玄関のほうから押し問答のような声が聞こえた。 「・・・って、先生! 困ります、まだ彼は寝ていて・・・」 「もう昼じゃないか。せっかくだから一緒に昼食を取ろう」 「いきなりすぎますよ!」 「いつまでたっても会わせないお前が悪い。だからこうして強硬手段を取らざるを得なくなったんじゃないか・・・」 言い合いながらも声はリビングに近づいて、ソファに仔犬を抱えたまま座るキナの視界にも入ってきた。 姿を見せたのは白くなった髪を綺麗に後ろへ撫で付けた老人だが、ぴんと伸びた背筋やネクタイはしていないものの揃えられたスーツを着こなす体系に老いを感じさせないものがあった。 強い意志を表す眉も白く、目つきも鋭いがキナを見た瞬間それが見開かれて怖いとは思えない。ただ、キナもびっくりして相手を見上げただけだ。 そのうちに相手が唸るように顔を顰め、犬養を睨みつけて、 「犯罪じゃないのか!?」 「キナは成人してます」 犬養は溜息を吐いて諦めるように呟いた。 「それにしたって幼いじゃないか! ちゃんと意思は確認しているんだろうな?!」 「監禁しているわけじゃなし・・・それよりも、先生の声に怯えていますよ」 犬養の声に、老人が真っ直ぐにキナを見つめてきて、その強さに確かにキナは怯んだ。 仔犬をしっかりと抱いたままのキナに、二歩ほど足を進めただけでソファの前に来てしゃがみ、 「こんにちは、おはよう、かな?」 にっこりと笑うと、老人の顔から固さが消えて人懐こい皺の深いものになった。キナは目をもう一度瞬かせて、 「お・・・おはようございます、どちらさま、ですか?」 いったい何事だ、と不安を見せたのは犬養をちらりと見た瞬間だ。 しかし犬養が答える前に、老人のほうが先に答えた。 「川内流星という。今は大学の非常勤をしていてな、陽二は最後の教え子になる」 「あ・・・犬養さんの、先生?」 キナも今までに何度も名前だけは聞いたことのある相手を初めて見て、思ったよりも若く見えることに驚いた。 「佐上キナです、はじめまして」 動揺が収まったわけではないものの、キナが座ったまま頭を下げると、 「可愛いじゃないか、陽二。男の子と聞いてどんな相手かと思ったら・・・」 「可愛くないなんて言ったことはないですが」 「可愛いとも聞いてない!」 犬養が悪い、と言い切る川内の強情さのほうがかわいく見えて、キナは思わず笑った。 「笑うとますます可愛いな、ずるいぞ陽二、独り占めか!」 「当然です、絶対貸し出しませんから」 先に釘を刺す犬養を無視して、川内はキナに笑いかけ、 「今度うまいしゃぶしゃぶを食いに行かないか? いくらでも食べていいぞ」 「先生!」 「若い子はイタリアンのほうがいいのかな?」 「先生、駄目ですよ!」 「私は陽二と違ってカラオケも好きだから付き合えるしな!」 「先生・・・!」 真剣に川内の相手をする犬養も珍しくてキナは笑みを深めた。 川内はキナが笑ったのに上機嫌で、 「で、どこに行くかね!」 「どこって・・・ご飯に? 先生と?」 「先生は他人行儀だな、名前で呼びなさい」 「川内さん?」 「名前は流星だ」 「りゅうせいさん?」 「ながれぼし、と書く」 「かっこいい名前ですね」 流星さん、とキナが笑えば、相好を崩す川内に対して犬養が不機嫌を隠さず、 「先生、年の差を考えてください」 「お前こそ考えろ! 私は孫のようで可愛いと言っているんだ」 「先生の孫じゃ大きすぎでしょう」 「お前は本当口煩いな、もういいから、飯でも食いに行くか」 「キナは今日は動けません」 きっぱりと拒否する犬養に、川内ははっきりとその意味を理解して渋い顔で犬養を睨み付けた。 「陽二・・・お前こんな幼い子を」 「だから、キナは子供じゃありません」 「子供じゃないにしてもだな、自分の年も考えろ」 「・・・・仕方ないでしょう」 相手を言いくるめる言葉を思いつかず、犬養も顔を顰めて睨み返すと、川内は諦めたのかキッチンへ勝手に向かい、 「仕方ない、久しぶりに作るか」 「先生、勝手に・・・」 「ん、なんだ、作りかけか、陽二。まぁいい、任せろ」 「先生!」 「いいから、お前も向こうに行ってろ」 犬養が用意していたキッチンの中に川内は慣れたように入って扱う。 追い出された犬養は深く息を吐き出しリビングのソファに戻り、キナの隣に座った。 「・・・犬養、さん?」 「・・・だから事務所に来させたくなかったんだ」 「え?」 苦々しい犬養の声に、キナはどういう意味だ、と仔犬と一緒に首を傾げる。 「相田は先生の子飼いなんだ。今までずっと忙しいから、と濁していたのに・・・」 「え? だから?」 「忙しくて事務所にも来れない、と言っておいたんだ」 誤魔化していたのに、と舌打ちをする犬養が言うには、相田の犬養を大事にしている川内の信用度は高く、聞かれたことは何でも答えてしまうらしい。 忙しくなさそうでした、と答えれば川内がこういう行動に出ることは犬養が誰よりも知っていた。 しかしキナはどうして、と目を瞬かせて、 「え、でも、なんであの先生と会っちゃ駄目なの?」 犬養は忌々しいようにじろり、とキナを睨み付けた。 解からないのか、と言う視線だ。 「え? なに?」 「・・・余計な相手に見せたくなかった、だけだ」 「・・・・・・」 キナは真っ直ぐな視線を受けて、徐々に赤くなる顔を伏せた。 「・・・なんか、俺より、犬養さんのほうがやっぱり、ヤキモチ妬きだと思う・・・」 「当然だ」 いったい何がそんな自信満々に答える理由になるのだ、とキナは益々顔が熱くなった。 キッチンの中から川内が「出来たぞ」と呼ぶ声にも、しばらく顔を上げられなかった。 注 : いまさらですけど、本当いまさらですけど、この物語は秋野妄想満載です。 内容は秋野思考で進められております。気になる箇所は読み流してください。 |
fin.