愛して欲しいと言えばいい  1





最近電話がないことに、羽村ケイタは不安を覚えた。
週に一度は鳴っていた曲がかからない。携帯のメロディにしているのはその一人だけで、他は全て普通の着信音だ。
その相手だけを思って決めた曲だから、かかってくるとずっと聴いていたくなる。しかし、出なければあっさり切られてしまうからワンフレーズ以上聴いたことはない。
それでも、鳴っていた。ケイタはそれを待っていた。
その関係は「セックスフレンド」だ。特定の相手を作らなく、遊びと割り切らない人間とは一切関係を持たないと決めているその指には、女避けの指輪がはめてあった。
シンプルなリングは、かなりの効き目があるようだ。
ケイタはそれでも良かった。ケイタの相手が切れたとき、身体だけを求めて相手をしてもらっていた。
それは学生のころから続いて、いつしかケイタも特定の相手を作らなくなった。常に身体を開けておきたいからだ。
その男のために、である。
しかし、それは気付かれてはならなかった。
本気だとわかると、すぐに離れていってしまうと解っていたからだ。
いつもスーツに身を包み、スキのない男。
夜遅くに掛かってきて、相手をする。その行動は身体の欲求を満たすだけで、感情はついてない。
最近は特にケイタを抱いて違うことを考えているようだった。しかしケイタにそれを問う力は無い。
抱いてもらえるなら、何も言うことはない。
ケイタは電話帳を開いて、相手を探す。
一つ息を吐いて、通話ボタンを押した。
それだけに、二日分ほどの勇気が必要だった。





            *





鉄島譲二は客を見送った直後に胸の内ポケットで震え始めた携帯を取り出した。時間はすでに深夜に近い。その時間にかけてくるのは、ほとんど遊び仲間だった。
この時もそれだ。
「なんだ?」
譲二は客を見送った路上でそのまま電話に出た。片手だけで煙草を取り出し、銜えて火をつける。そんな仕草が様になるのは、譲二の仕事柄すでに身体が覚えてしまっているせいだ。
いつ誰から見られても見惚れるように洗練された仕草。外見とサービスだけで稼いでいる譲二は、ホストだった。
しかし身につけたブランドの仕立ての良いスーツと金がかかったアクセサリ。それだけでそのあたりのクラブの男とは各が違うと誰もが思う。
譲二は高級クラブのホストだ。
店に勤めているわけではない。エージェントから仕事を請けて、客の相手をする。その内容はパーティの同伴だったり旅行のお供であったりする。もちろん、望めば身体の相手もする。そんなホストの相手をする客のランクはもちろん低くない。誰かからの紹介を受け、そしてそれからの審査に受かった人間が、初めて「客」となる。譲二は自分の整った顔を最大に生かして、この仕事を選んだ。今も「仕事」としてそれに対する努力を惜しまない譲二は、かなりの人気だった。すでに予約に空きはない。
二日かけて相手をした客を見送った譲二は、電話の相手に気安く答える。
「これから? どこにいるんだ・・・ああ、判る。丁度終わったとこだよ」
友人の家で飲んでいると言う連絡に、譲二は頷いた。
こういう仕事をしているせいか、譲二の友人も似たようなものだった。定職に付き、決められた時間決められた仕事をする人間は少なかった。だから平日だろうと夜中であろうといつでも気軽に集まり飲み耽る。男女が入り混じってはいるが、全員気心がしれた相手ばかりだった。
だから今でも続いている。
タクシーで向かった友人の家には、すでにリビングが散乱していた。
五人しかいないのに、転がっている空き瓶の数量は明らかにおかしい。この家の主も綺麗な顔をしていたが、すでにその顔が赤い。
「遅かったなー」
自宅でデザインの仕事をしている男がここまで飲んでいるのは、仕事が上がったのだろう。他の友人を通して知り合ったのだが、譲二は気に入った人間の中に入れていた。
「もう出来上がってるのかよ」
「お前が来るのが遅いんだよ、客が離してくれなかったのか?」
笑いながら譲二にもアルコールを惜しみなく入れる男は、最近色気が増した。譲二は、
「そんなとこだ。払いがいいからな。サービスしてやった」
「言うなぁ、このクサレホスト」
周りの視線を集めながら上機嫌に飲む男を見て、
「好きなヤツでも出来たか?」
特定の相手を作らないのは知っていた。だから訊いたのだ。その醸し出す色気の理由を。相手はアルコールのせいではなく、顔をさっと赤く染めた。
それに乗らない友人達ではない。
「おいおい、お前が?!」
「男か? 女か?」
「見せろよ!」
一気に詰め寄られて、赤い顔で譲二を睨む。
「うるさいな! ほっとけ!」
睨み付けられても譲二は全く気にしない。遊んでいるのに、擦れたところがなく反応が可愛いのがこの男のいいところだったからだ。
譲二は再び、内ポケットの携帯が震えたのに気付いた。
相手を見て、すぐに立ち上がる。勝手知ったる様に隣のベッドルームに入った。
隣といっても、この部屋は間を大きなブラインドで仕切っているだけだったが。そこで譲二は電話に出る。
「・・・どうした」
かかってくることが、珍しい相手だった。だから訊いた。
背後で盛り上がる友人の声を聞きながら、携帯の声に耳を澄ませた。用件を聞いて、すぐに切る。それから友人のもとに戻って、
「悪い、先に帰る」
「もうかよ?! 来たばっかじゃん!」
「悪いな」
譲二はそう言って、引き止められても自分を止めない。
友人達は慣れているのか、
「呼び出し? 女かよ」
言われて、譲二は少し考えた。
「・・・ペット、かな」
それが一番近いような気がした。
譲二はふらりとやってきてふらりと出て行く野良猫を、飼っていた。
綺麗なのは顔だけで、全く常識と言うものも礼儀すらも持っていない、猫だった。


to be continued...



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