愛に似た欲情  ―ケイタ―





柔らかな男のベッドは、男が後ろから揺らすたびにケイタを受け止める。腰だけを高く上げられてベッドに
縋りつくように泣き声を上げてしまう。ケイタの細い腰を掴んだ大きな手が、男の腰とは違う方向に動かす。
ぐるり、と回されながらも、男の腰はケイタの中を深く抉り、そして出て行く。完全に抜けきる前に再び押し込められる。
当たるところが違うので、ケイタはそれに振り回されるように啼いた。
「あ、あぁ・・・っ、あ、そこ、やぁ・・・っ」
男はなかなか達しない。
ケイタにもそれを許されない。
男は怒っているのだ。ケイタにも、それが解った。
誰に抱かれてもケイタの勝手だと言った男とは思えない行動だった。
「譲二・・・っお願い、譲二ッ・・・も、早く・・・!」
「・・・まだ、だ」
すでに自分もかなりきついところまで来ているはずなのに、男は解放しない。ケイタは肩越しに振り返り、
「やだぁ・・・っも、会わないから・・・っ」
男が何に腹を立てているのか、分かっていた。
いつも仕事柄動揺さを一切表に出さず、余裕の男が始めてケイタに分かるほど感情を見せた。それほど、嫌悪しているのだろう。
ケイタがそう言えば楽にさせてくれるのなら、そんな約束など簡単に出来た。ケイタにとって、男より欲しいものなどない。
「も、しないからぁ・・・っお願い、譲二・・・っ」
イかせて欲しい。
ケイタは欲望に忠実だ。それが手に入るなら、なんだってした。
そしてこの男が手に入るなら、気前の良い一人の人間を切り捨てるくらい簡単だった。
「あ、ああぁ・・・っ」
男にも分かったのか、ケイタの身体を知り尽くしている男は、自分のそれでケイタの中を激しく攻めた。





仕事が終わった男が会ってくれると言うので、ケイタは待ち合わせた場所で大人しく待っていた。
男は相変わらずホストをしている。
きっと、「客」には最高のサービスをしているのだろう。
ケイタも抱きながら、「客」も気持ち良くさせているに違いない。
それでも、ケイタが望めばなんだって叶えてくれる。
一番欲しいものも、その男がくれた。
仕事で誰に傅こうとも、それが薄れることはない。
ケイタはまた愛してもらえる、と自覚なく期待しながら、男を待ち続けた。自然と、笑みが浮かぶ。しかしケイタはそれに気付かなかった。
いまだ、自分の感情には疎いのだ。
声をかけられたのは、そんなときだった。
「・・・ケイタ?」
振り向けば、身なりのいい男が立っている。
ケイタは相手を知っていた。高い時計を買ってくれて、ケイタに似合うから、と高い服を着せてくれた男だ。
メガネに隠された顔は、じっくり見てもかなり整っていた。
「久しぶりだな・・・どうしてた? 最近、連絡がないから、心配してたんだが」
「・・・・そう、だっけ」
ケイタの相手をするのは、いつもケイタから連絡を入れる。たまに、声をかけられて付いていくこともあるが、基本的にケイタは気に入った男にしか抱かれない。だから、相手も決まってしまう。この相手もその一人だ。
「どうしてた・・・? 誰かに、飼われてたのか? 満足してるのか?」
相手はケイタが貪欲なことを充分知っていた。揶揄うように笑いながら、ケイタの顔に手を伸ばす。
「・・・してるようだな、綺麗な顔だ」
「うん」
「どんな男だ・・・? 金はあるのか? 欲しいものがあるなら、何でもまた買ってやるぞ」
ケイタは首を振った。
前にものを与えられたときも、別段それが欲しかったわけではない。くれることで、ケイタを必要としてくれるなら、それを推し量るもので貰おうと思っただけだ。
「いらない」
ケイタは、すでに欲しいものを手に入れているのだ。
相手の手は、ケイタの熟れたような唇をなぞる。
「そうか・・・今日は、何をしてる・・・?」
熱のこもった指に、ケイタは相手が何を求めているかはすぐに分かる。しかし、ケイタはすでに他に興味はない。相手の手を振り払うことはしないが、
「待ってる」
「なんだ・・・もう、先約か」
「うん」
「残念だな・・・」
その指に、ケイタはこの相手も巧かったことを思い出す。
しかし、今のケイタが欲して気持ちいいと思うのは独りだけだ。その待っていた声が、後ろから聞こえた。
「・・・・何をしている?」
ケイタは待ち人来たり、で振り返ったのだが、やっと待ち合わせに来た男はケイタを見ていなかった。それどころか、最近は柔らかな笑みを向けてくれていた男の表情が厳しく、ケイタではない人間を睨んでいる。その言葉も、ケイタに言ったのではないようだ。
ケイタがその視線を追って振り返ると、今までケイタの唇に触れ残念そうに笑っていた相手に辿り着く。
ケイタが他の男といるので、やきもちをやいたのだろうか、とケイタは少し期待したが、男の視線はそれで収まるとは思えないほどの冷徹さを見せている。
「譲二?」
ケイタが首を傾げると、口を開いたのはちゃんとスーツを着た相手のほうで、
「・・・お前が、ケイタの今日の相手か・・・?」
表情はまるで固められたような笑みを浮かべたポーカーフェイスだが、その声はとても冷たい。それでようやく、男の視線がケイタに向いた。
「・・・・お前、コイツにも抱かれてたのか・・・?」
冷たい視線だった。しかし、ケイタは素直に頷く。
「時計とか、服とか買ってくれた」
「コイツから・・・?」
はっきりと憎悪を見せる男に、ケイタを挟んだ向こう側から声がかかる。
「かりにも・・・兄に向かってコイツとはなんだ、譲二。お前は全く変わらないな」
それに驚いたケイタは、
「兄?! 譲二の?」
左右に居る男を何度も見る。
言われれば、どことなく作りが似ている。しかし、纏う雰囲気が全く違うのだ。
兄と言う相手は、きっちりと髪を纏めて縁のない眼鏡に仕立てのいいスーツに身を包んでいる。エリートサラリーマンにしか見えなかった。その弟である男は、仕事上がりだと言わんばかりにブランドのスーツを着崩し、裸眼で伸びた髪を流している。モデルのようなホストだった。
「まだ、そんな仕事をしているんだな・・・いい加減、家に帰って身を落ち着けろ」
「落ち着けて? お前のように男を買うのか?」
「ケイタは買ったわけではない」
確かに、ケイタは買われたわけではない。ケイタは抱いてくれる男からお金を貰ったことなどないのだ。
「母さんも父さんも、お前のことを考えて言っているんだ。そろそろ親孝行を考えたっていいだろう」
「あんたたちが考えているのは、俺のことじゃない。世間の体裁だけだ」
冷たい声で言い合う兄弟を、ケイタはただ間に立って見ていた。
分かるのは、男が家族を嫌い家に帰らないということだ。
「育ててもらった恩も忘れて、我儘もいい加減にしないと見放されるぞ」
「恩? 恩などない。俺は育ててもらったなど思っていない。二度と家に帰るつもりはないし、縁も切ってももらって結構だ」
「それが、我儘だと言っている・・・」
「我儘? はっきり言っておくが、俺は、あんたたちなんか二度と見たくない。養育費を返せと言うなら、いくらでも請求しろ。振り込んでおいてやる」
だから、二度と会いたくない、と男は言い切る。
男の憎悪は、相手には届いていないようにケイタにも見えた。
家族だから、と甘えて嫌っているのではない。本気で、憎んでいるようだ。
ケイタは不思議そうに兄を見た。
どうして、ケイタにも分かるほどのこの憎悪が解らないのだろう、と首を傾げた。そのケイタに、
「・・・こんなヤツに抱かれて、いいことなどないだろう? また何でも買ってやろう、俺とおいで」
その手が、ケイタの顔にまた触れた。
ケイタはそのまま首を振った。
「いらない。欲しいものは、譲二がくれるから」
その言葉に、どうして自分を選ばないのか不思議そうな顔をされた。その視線から遮るように、男がケイタを引っ張る。
「二度と、ケイタに近づくな」
相手の返事を聞かないまま、もうそこにはいたくないとケイタの腕を取って歩き出した。
「譲二!」
その声も、背中で跳ね返した。





「譲二・・・!」
堪えきれないような声が、自分から出されているのだとケイタはどこかで思う。
一度はイかされたものの、男の攻めはそれだけでは終わらない。男の膝に座り、正面から深く受け入れる。自分の重みで受け入れるのは、酷くもどかしい。ケイタは自分で動けばいいだけなのだが、男の手が、唇がケイタの身体を弄ってその度にケイタは力が抜けて焦りだけが募る。
柔らかな双丘を揉まれて、受け入れているそこに指を這わされればもっときつい刺激が欲しい、と思う。しかし男はケイタの胸に口付けて、尖った突起に舌を這わせる。
「あ、あぁ・・・っ」
舌で押し上げ、柔らかく突いていたかと思うと急に歯を立てる。力を込めて引っ張られて、ケイタは意識がそっちに向いてしまう。
しかし、求めているのはもっと大きな快感なのだ。
男の頭をそのまま胸で抱きかかえるようにしながら、
「お願い・・・っもっと・・・っ」
「もっと・・・? これか・・・?」
男の手は嘗めていたのとは反対側の胸に伸ばされ、その突起を摘み上げる。
「あぁ・・・っ、ち、ちが・・・んっ」
すでに立ち上がったケイタのそれも、男の腹に擦りつけられて先端から堪えきれないように濡れている。
「譲二・・・っな、んでもするから・・・っだから、お願い・・・っ」
「なんでも・・・?」
問い返した男に、ケイタは何度も頷く。
この後どんなことでまた虐められようとも、今は目の前の快楽にしか意識がない。
「もっと、動いて・・・っ」
「動いて・・・? それから?」
「あぁ・・・っこ、すって・・・っ突いてっ、もっと、いっぱい、して・・・!」
素直なケイタは涙で潤んだ視界で男を求める。
これに落ちないはずはない。
男は取り敢えず、その望みを叶えてやることにして、ケイタの腰を持ち上げて下から何度も突き上げた。
「ああっ、あぁ・・・っ譲二・・・!」
「・・・・」
男が何かを呟いたが、欲望を満たす快楽を求めているケイタには解らなかった。





それから何度もまた攻められて、ケイタが開放されたのはすでに夜が明けるころだった。
ケイタはぐったりとした身体をベッドに預けて、隣りで煙草に火をつける男を見上げる。そんな仕草も、とても洗練されているのは、ホストだからだろうか。
吐き出された紫煙を追いながら、ケイタは口を開いた。
「・・・譲二は、家が嫌いなのか・・・?」
男の反応はとてもゆっくりだった。
もう一度煙草を吸ってから、視線を下に降ろす。
「・・・だから? なんだ? あの男のほうが、いいのか?」
ケイタは力なく首を振って、
「ううん・・・譲二がいい」
「あの男は金は持ってるぞ・・・家も、対面を気にする資産家だ。その家に、帰って欲しいのか?」
「譲二がいればいい・・・譲二がいるんなら、どっちでもいい」
だから、居て欲しい、とケイタは願う。
ケイタが望んだのはこの男なのだ。他の誰でもない。
この男が嫌いなら、別にそれは譲二の問題であってケイタには関わりはない。
ケイタのもとに居てくれることが、それだけが重要なことだった。
男が笑った。
今まで、不機嫌さを隠しもしない顔が、急にケイタを見て微笑んだ。
「・・・お前が望むなら・・・いくらでも、答えてやる」
ケイタはそれをとても綺麗だ、と思った。
「・・・ずっと」
「ん?」
「ずっと・・・がいい。ずっと、居て欲しい」
欲望に忠実なケイタには、嘘はない。
男は笑って、その耳元に囁いた。
「・・・抱き殺されても、いいのか・・・?」
それ程の愛はない、とケイタはうっとりとそれを受け入れた。


fin



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