愛に似た欲情  ―譲二―





最近、可愛いことばかりを言う、と譲二は息を吐いた。
今まで誰にも抱かれていたのは、本当にそれが欲しかったからかもしれない。
譲二がそれをやる、と言って、ケイタがそれを信じてからはケイタは驚くほど素直で可愛い。
曖昧はひとかけらもない。はっきりと、譲二だけを求める。
一度信用した飼い主に対する従順さで、やはり猫のようだ、と譲二は思った。譲二に嬉しいことに換わりない。
仕事で誰に傅き従おうとも、頭の中はケイタしかなかった。
素直に抱かれ求めるケイタに、譲二は飽きることなく付き合うだろう、と確信した。





二月に入り、季節は甘ったるい匂いをさせるようになる。
世間が、お菓子会社の手先のようなムードだ。譲二はもちろん、貰うほうである。しかし、これまでに貰ったものは食べ物などではない。「客」から与えられるものは、全て値の張る品物ばかりだ。サービス業の譲二はそれを「客」と会うときに必ずつける。相手の満足感を満たすのが、仕事だ。
やっぱり、譲二の部屋に住んでいるようなケイタがテレビを見ていた。その画面は、世間のイベントに浮かれていた。譲二はそれを見ているケイタの背中に、
「・・・そういえば、お前に何かをやったことはなかったな」
と呟く。
ケイタは振り向いて、
「チョコ? くれるのか?」
「どうして俺がチョコレートを・・・」
呆れながら、譲二はケイタの座るソファに腰を下ろした。
「そんなもの送るのは、日本だけだぞ・・・お前が欲しいものを、やるよ」
ケイタの目が、期待に輝く。
全く、素直で可愛いと、譲二は苦笑してしまう。
「本当に・・・?」
譲二はその顔に手を伸ばし喉を擽り、意地悪く笑って見せた。
「・・・おねだりは・・・どう言うんだった?」
素直なケイタは、譲二が望むように答えるだろう。
譲二は買い物に出る前に、そのおねだりを聞いてやるつもりだった。





街は人で溢れていたが、ケイタは譲二の傍にいるのなら全く気にならないようだった。さすがに手は繋がないけれど離れないように時折、譲二の袖を掴む。それに苦笑しながら、デパートに入ろうか、としたときだった。
その入り口の広いオープンカフェで、譲二は顔見知りを見つけた。屋内に設置されたそのカフェは、暖かくかなりの人だったがその中で目立っていたのだ。
相変わらず人目を引く、と苦笑してしまう友人だった。しかも一人ではない。一緒にいる人間も、充分に注目を浴びていた。しかしその視線に気付いているのか気にならないのか、お互いしか見ていないようだった。
それに、譲二は相手が友人にとってどんなものか解ってしまった。
立ち止まった譲二に、ケイタはその視線を追う。その先を見て、ケイタは愕然と呟いた。
「・・・・繕・・・!」
その声に、向こうも気付いたようだ。視線が、譲二とケイタに向いた。ケイタはその相手と譲二を戸惑ったように見て、その行動で譲二には解ってしまった。
あの男が、ケイタにとってどんな男か、をだ。
譲二は迷わなかった。その足を踏み出し、二人の席に近づいたのだ。慌てたようにケイタが後ろをついてくる。
「あれ・・・なにやってるんだ?」
先に口を開いたのは、譲二に気付いた友人のほうだ。譲二は営業用の笑みで答える。
「お前こそ」
それから視線を浴びることを承知で、友人、春則の髪に手を伸ばした。
「切ったのか・・・キナだな?」
「そう、無理に頼んだんだ・・・」
「いいんじゃないか? あいつは見る目がある」
柔らかな髪に指を絡めて、春則の隣りの男の視線を痛いほど感じて思わず笑みを零す。その男は譲二の隣りのケイタに視線を移し、
「・・・ケイタ、誰だ?」
説明を求める視線を受けても、ケイタは戸惑いをまだ隠せない。
今、この時点で状況を把握しているのは譲二だけだ。しかし譲二は人の悪い笑みを浮かべたままで、
「・・・知り合いか? ケイタ」
一緒にケイタに視線を移した。
「うん・・・えっと・・・あの」
ケイタは二人の視線を受けて、困惑を見せた。それもそのはずなのだが、譲二は助けてはやらず、そのまま見つめるだけである。
「あの・・・繕は、大学が一緒で」
「お前、大学出てたのか?」
譲二はケイタの顔に触れて、視線を自分に向ける。その仕草はホストのそのものだ。
「うん・・・一応、出た・・・」
「ふうん?」
譲二は男の、繕の視線も感じているが手は離さない。
「譲二・・・」
ため息を吐くような言葉は、春則のものだ。
「その子は、客か?」
譲二は春則に視線を戻し、
「いいや・・・? 金を貰ったことはない」
「客?!」
春則の言葉に反応したのは繕である。説明を求めるように春則とケイタに視線を向ける。春則が困ったように、
「あー・・・譲二は、ホストだから」
「ホスト?!」
繕はケイタを見て、
「ケイタ、お前・・・」
言葉を紡ごうとするが、その先が出てこない。何を言っていいのか纏まらないのだろう。譲二は笑って繕を見下ろし、
「お前に関係ないだろう?」
ケイタの肩に手を回した。繕の眉がピクリと動いたのを見逃さない。
春則はそんな繕には気付いていないが、譲二を見てため息を吐いた。
「譲二・・・! こんなとこで、よせ、目立ってるだろ」
その行為を諌めるが、譲二は全く気になどしない。
「それが仕事だ」
確かに、譲二は人に見られることを仕事としているのだが、今この状況では目立つのは譲二だけのせいではない。
もちろん、今まで以上にこの場所に視線を集めているのは解っているが譲二は全く気にしなかった。
「それより、春則・・・そのキナのことだが」
ちょっと、とそのテーブルから春則を立たせた。ケイタと繕をそこに残し、少し離れた。背中に視線を感じながら春則の肩を抱く。
「キナの? なに?」
耳を近づけた春則に、囁くように言った。
「あいつだろう・・・? 色気の原因は」
「・・・っ」
思わなかった言葉に、春則は一気に赤面して狼狽を隠せなくなる。
「な、なに、を! 譲二!」
「可愛い反応すんなよ・・・バレバレだぞ」
「・・・・っ!」
「お前の身体を独り占めとは、羨ましい限りだな・・・」
「譲二!」
「本当のことだろ・・・まぁ、頑張ってあの男を捕まえてろよ」
「譲二・・・お前こそ、あの子・・・どうなんだ?」
「あの子って・・・そんなに下じゃないぞ?」
先ほどの説明でも、繕と同じ大学だったと言っているのだ。しかし、そう言ってしまうのは譲二も頷ける。
表情が、幼いのだ。ケイタには春則と同じ色気は出せないが、また別の艶がある。
「遊んでいるのか・・・?」
「お前にも・・・そう見えるか?」
譲二は嬉しそうに笑った。なら、後ろで痛いほどの視線を向けてくる繕も、そう思うだろう。
「譲二・・・!」
春則はまた、呆れた声で諌める。
譲二は笑って、春則の肩を叩いた。
「まぁ、想像に任せる・・・また、飲もうぜ、お前の部屋が嫌なら、俺の部屋でもいい」
「・・・・解った」
その二人の会話は全く聞こえないケイタと繕は、ただその背中に視線を向ける。
しかし、それも仕方ないと思ったのか繕が大きく息を吐く。
「・・・ケイタ、座るか?」
立ち尽くしたケイタに空いたテーブルの席を指す。ケイタは戸惑いを隠せず、
「うん・・・」
と、その椅子を見ただけだ。
「・・・久しぶりだが、元気か?」
「うん」
苦笑するように笑ったケイタに、繕も少しほっとした。
「あの男は・・・どういう男なんだ?」
繕の眉が顰められるのを、ケイタは笑ってしまった。
「あんな男だ。地でホストが出来る」
「お前は・・・客じゃないって言ってたが」
「客じゃないけど・・・なんだろうな?」
譲二はケイタの望みを叶えてくれる男だ。
しかし、その存在を何かと言い表すなら、その言葉が見つからない。そのケイタにますます繕は顔を顰めて、
「お前な・・・、付き合う相手はよく・・・」
「考えてるよ、充分・・・譲二が、いいんだ」
ケイタの顔に、繕はため息を吐いた。
ケイタがいいなら、何も言うことはないのだ。しかし二人とも視線は聞こえない声で話している二人が気になって仕方がない。
笑いながら、肩を叩いて戻ってくる二人に、自然と顔が顰めてしまう。
譲二はケイタのもとに戻って、その顔の意味を解っているはずなのに薄い笑みを浮かべる。
「・・・どうした?」
譲二にとってみれば、その顔が嫉妬を見せれば見せるほど、心地よいものはない。ケイタは譲二を見上げて、
「・・・思いついた」
ここに来る道、ずっとケイタは買ってもらうものを考えていたのだ。何でもいいと言われて、真剣に考えていた。
「何が欲しい・・・?」
春則と繕の視線を感じながらも、譲二はホストの笑みを浮かべた。
「譲二」
「・・・ん?」
「譲二が、欲しい」
素直なケイタはどこでも自分を隠さない。
さすがに譲二も驚いたが、譲二はケイタの望みを必ず叶えてやるのだ。
ケイタの言葉に驚いたままの春則と繕に視線を向けて、
「・・・そういうこうとらしいから、帰る」
譲二はそれでも、春則の柔らかな髪に指を絡めて、
「またな、春則・・・連絡しろよ」
「お前のほうこそ・・・!」
譲二はその言葉を笑って流して、繕のきつい視線を受けながら今日の春則にかかるだろう災難を思って笑った。
そして、可愛い顔をむっつりとさせて隠さないケイタを、どうやって啼かせようかと笑みの下に隠して考えていた。





譲二はホストだった。
その仕事柄、誰にだって「客」なら傅く。
その相手一人ひとりに嫉妬していれば、ケイタの身が持たないだろう。しかし、目の前でその仕草を見れば別なのだろう。
部屋に帰るまで、ケイタはむすっとした表情を崩さなかった。
部屋に入り、ドアを閉めたとたんケイタは譲二に抱きついた。
「・・・ケイタ」
「早く、くれよ・・・!」
譲二は思わず笑ってしまいながらも、ケイタの身体を抱きかかえた。そのままベッドに運び、その上に降ろしてから自分も座る。ケイタを覗き込み、
「・・・で? どう抱いて欲しい・・・?」
ケイタは拗ねた顔を隠しもせず譲二を見て、
「・・・俺の言うとおりにしてくれるのか?」
「・・・今日は、お前に買われた身だからな・・・?」
「じゃぁ・・・焦らすな」
その言葉に、譲二は少し目を見開く。
「焦らさないのか・・・? 難しいな」
「む・・・ずかしく、ないだろ・・・?」
焦らさなければいい、と呟くケイタに、譲二は人の悪い笑みで、
「難しい、お前が・・・強請るのが、見たいんだよ」
「・・・・っ」
困惑するケイタの唇を、奪うように塞いだ。ベッドに押さえつけて、
「・・・強請れば、すぐにやってやる」
本当に? と疑問を投げる視線に、譲二は信用がないな、と笑ってその身体に手を伸ばした。
譲二の想いは満足だった。
ケイタの今日の行動で、ますます自分に余裕を身につけてしまったのだ。
全く、ますます可愛くなってしまって困る、と譲二は春則が聞いたら言ってろ、と呆れそうなことを考えて相変わらず欲望に忠実なケイタの身体に溺れた。


fin



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